第二話 バカと私は使いよう
五時間目の国語は、教師の諸事情の都合により急遽自習となった。
土木科において自習とは無法地帯のことである。それぞれが漫画を読んだり、ゲームを持ち込んで通信対戦をやったりとそれぞれの思い思いの時間を過ごしている。
私もまた例に漏れず、学校の図書室から借りてきた小説を読んでいた。
「麻井、何読んでんの」
飯島が大して興味なさそうに話しかけてきた。はて、さっきまでヤンキーグループと一緒に携帯麻雀セットを教室に持ち込んで遊んでたはずだが。
「ビリになったら交代なんだよ」
「つまり負けたと」
「紙一重でな」
今日は運が悪かった、次は三倍返しだとか何とかブツブツ文句を言いながら腕組みをしている。
「あーあ、毎日が自習なら楽なのによー」
今日で入学して約二ヶ月。飯島大介はクラスの中でそれなりにバカとして名を馳せている。
飯島が高校初めてのテストで『きしょう予報士』を『起床予報士』と書いた、なんてのはもはやクラスの鉄板ネタになっている。
ただの間違いならともかく、携帯の変換機能でカンニングしていてそれである。
こいつは誰を起こす気だったのだろう。
しかし、バカではあるものの「勉強ができない」という意味でバカなのであり、決して愚か者というわけではない。余計なお節介この上ないことだが、我が家の貧乏具合を何かと気にしてくれたりもする。つまり、不良にありがちな「バカだが根は良いやつ」なのだと私は飯島のことを解釈している。
「で、何読んでるんだよ」
「ん? これ」
さっきまで読んでいた小説を見せてやる。
「読んでる途中だから貸さないよ」
「借りねーよ。読まねーよ」
だろうな。飯島が読むとしたらせいぜいアダルト雑誌くらいかもしれない。
「大体、内容が面白くねえ本が多いんだよ。俺が作ったほうがよっぽど面白れー小説作れるっつーの」
「……ふーん、ねえ例えば?」
私は飯島の言い方に興味を覚えた。バカの「発想」というのは結構バカに出来なかったりする。
いい暇つぶしができるかもしれない。
飯島も予想以上に私が興味を示したのに気を良くしたのか
「麻井、何か言ってみろ、なんでも設定考えてやるよ」
何その自信。飯島は少し改まったように
「ま、ここで少しは麻井に頭の良いところ見せてやらないと。俺がバカだと思われるからな」
もう手遅れだと思う、という言葉が喉まで出てきそうになったが頑張ってスルーした。
しかし、それからしばらくの間私は考え込んでしまった。
即興でお題を出してそれに答えるって、答える側も大変だけど、お題を出す私も結構キツかったりする。
決めた、困った時は王道に限る。
「面白いファンタジー小説の設定なんてどうかなあ」
これは我ながら無茶振りだと思う。ファンタジー、SF、つまり架空世界の小説は設定次第でいくらでも変わる。確かに深く考えなくても、設定自体は出来るかもしれないがそれは決して面白い小説にはならない。何事も王道ほど難しい。設定が全てを左右するのだ。
ちょっと考えたあと飯島が尋ねてきた。
「つまり不思議な話ってことか。」
「…………うん、まあ」
「世にも奇妙な物語的な?」
え?あれはファンタジーではないだろう、多分。確かに不思議な話だし話によっては時々異世界に行ったりするけど。
「現実味が無いのをファンタジーって言うんじゃねーの?」
まあそう言われればそういう気もする。
「なら世界のニートが世界中の企業に就職戦争を挑むってのは」
「飯島、ファンタジーはどうした」
現実味が無ければいいってもんじゃないぞ。
しかし飯島は止まらない。
「じゃあよ、世界中のリストラされた派遣社員が力を結集して悪の大企業に戦いを挑むってのは」
「だからファンタジーだって」
「もちろん、主人公の必殺技はハケン切り」
「それ、主人公が主人公になった理由だと思う」
むしろ企業側の奥義ではなかろうか。まあ確かに色んな意味で主人公側にとっては必殺の技なのかもしれない。
失職した主人公が、仲間とは名ばかりの犠牲者を『ハケン切り』で増やしていく物語――
味方がエルフとかならファンタジーっぽくなるかなあ……。
私は前向きに善処しようと試みたが、迷いの森で失職したゴブリンたちが首を吊っているのを想像して考えるのをやめることにした。
「な、面白そうだろ」
確かにある意味面白そうではある。実写化、アニメ化は絶望的だが。
「もう少し直すべきポイントがあるんじゃない」
私はやんわりとシナリオの修正を促す。
そして飯島は決断を下した。
「よし……必殺技の名前を覇権斬りにしよう」
いや、そこじゃない。誰かこのバカの取り扱い説明書は持ってないのだろうか。
軽く頭痛を覚えつつ、でも少しだけ飯島の発想力を見直した。そんな自習時間。