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平安時代叢書

平安時代叢書 第二十集 承久之乱

作者:德薙零己
最終エピソード掲載日:2026/03/16
鎌倉幕府は内紛と外部圧力に晒されながら、全国的権力へと成長し、最終的に朝廷を圧倒して日本史の転換点を迎え、平安時代は終わりを迎える。
幼き源実朝が鎌倉幕府第三代将軍に就任し、源頼朝の血統を継ぐ正統性を武器に、和歌や文化に傾倒しつつ、幕府の司法と行政を強化する。一方、北条時政追放後、北条義時と政子の二人が鎌倉幕府の実権を握り、合議制を基盤に政所を整備する。
この流れに反旗を示す和田義盛が反乱を起こし、鎌倉で激戦となる。戦いは北条義時側の勝利で和田一族は滅亡。三浦義村の離反も功を奏し、北条義時の執権体制が確立。幕府は内部分裂を克服し、安定へ向かう。
さらに源実朝の成長が鎌倉幕府の安定を生み出す。朝は朝廷との関係を深め、官位を急速に昇進させ金槐和歌集の編纂、茶の導入、寺社紛争対応、災害対策などで陣頭指揮を発揮し、京都文化を鎌倉に取り入れて御家人統制を進め、公卿・諸大夫・侍の階層を意識した位階授与で、武士を貴族化し、後鳥羽上皇との微妙な緊張の中、実朝は上洛を避け、使者や文書で連携を図る。この安定は永続すると思われた。
だが、その源実朝が暗殺された。源実朝には子がなく、鎌倉幕府の後継問題が浮上。北条政子を中心に、九条道家の子で、のちに藤原頼経と呼ばれることとなる三寅を将軍に迎え、鎌倉幕府は存続に成功するが、この流れの中で後鳥羽上皇が鎌倉打倒を決意。大内裏再建を機に院政復権を図り、地頭解職を要求をスタートとして、北条義時追討の院宣を発し、ここに鎌倉場幕府との全面対決である承久の乱が勃発する。
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