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3日前、記者会見のため会場に向かっていた烏丸 健司は、隣を歩く神谷 陽斗に聞いた。
「会見の準備は済んだのか?捜査の進捗はどうだ」
すると、神谷 陽斗は手に持ってる資料を見ながら答えた。
「今のところ特に大きな進展はありません。しかし、気になることがあるとすれば、それは現在捜査中のあの女性の方ぐらいですかね」
「?誰だその人は」
「今回の事件が発見される前に、その手がかりとなった人たちの一人です」
「あ、ニュースでよく話題になってたあの人か。殺人現場の近くで人を背負って走っていたみたいな。そう、それでその件は今どうなっているんだ?」
烏丸 健司が好奇心溢れた顔でそう聞くと、神谷 陽斗声は声のトーンを変えないまま答え始めた。
「実は昨日、直接その女性の家まで行って聞き取り調査を行ったのですが、やはり何らかの形で今回の事件と関係があるらしいです。具体的な理由は分かりませんが、その女性が犯人逮捕のための鍵であることは、ほぼ間違いないかと」
「おお、それはいい知らせだ。やっとこの長い闘いにも晴れが来るのか...最近署長がむきになってとても大変だったんだよ。何であの事件が今報道されてるのかとか、お前は何でこんなこともちゃんと解決できないんだとかね。そんなの俺の問題じゃないっていうのに、あの人も全くどうしようもない人だ」
烏丸 健司はどこか寂しそうな顔で、今までの悔しさを全部吐き出すように言った。神谷 陽斗は、そんな彼の横顔をチラッと見ながら話を続ける。
「それはお気の毒です。しかし、問題は現在捜査中の彼女が捜査に協力的ではないということですかね」
「はぁ?それは一体何のことだ」
「昨日の調査で今回の事件に関する情報を聞き出そうとしたところ、どこか不自然な回答をよく受けました。もし、事件に何の関係もない人であれば、そんなことをする必要もないと思うのですが...何か隠したいことがあったのかもしれませんね。そこが今、私が犯罪に関わっていると確信を持つ理由でもあるのですが...」
「なるほど、やっぱりか...俺も何かおかしいなとは思っていたけど、予想通りだった訳か」
「はい」
烏丸 健司は、しばらくの間、無精ヒゲの生えた顎に手を当て、考え込んだ。
「まぁ、一応その話は後で詳しく聞かせてもらう。今はそのタイミングじゃないからね」
彼はそう言って、前にあるドアノブを手で掴んみ、ドアを開けて前に進んでいった。すると、カメラシャッター音とフラッシュが押し寄せられ、彼らは人々の注目を浴びながら、指定された席へ着席していった。
席に着くと、彼は一度咳払いをし、話し始めた。
「本日はお忙しい中、お集まりいただきありがとうございます。それでは、今回の殺人事件についてご説明いたします」
烏丸 健司は、手元にある資料を見ながら演説を続けていった。しばらくすると、ある記者が手を上げ、舞台にいる彼に向かって質問し始めた。
「昨日の殺人事件は、人が引き裂かれたと聞きますが、それは本当なんでしょうか?」
すると、それに続いて横にいた記者たちも自分たちの意見を述べ始めた。
「そう、犯人は今どこにいますか?住民たちは事件発生以来、ずっと怯えながら生きていますよ。それについてはどうお考えなんですか?」
「捜査はどこまで進んでいるのですか?殺人犯に関する情報は現時点でどれぐらい集まっていますか?公開する予定は?」
「実はこのような殺人事件は、初めてではないとの噂がありますが、それは事実ですか?それについてお答えいただけますでしょうか」
殺到する質問に烏丸 健司は、マイクに口を近づけると言った。
「記者の皆さんには申し訳ありませんが、今は質疑応答の時間ではありませんので、お答えすることはできません。ご静粛にお願いいたします」
すると、今までざわめいていた会場は、ゆっくりと静まり返っていった。彼はもう一度喉を整え、会見を再開した。
「先ほどはご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありませんでした。記者の皆さんからのご質問には、後ほど個別に回答していきますので、それまでお待ちいただければと思います。それでは、再び記者会見を始めます」
その後、記者会見は無事に終わりに向かっていった。大変だった記者会見がようやく終わると、烏丸 健司は一人で自分の部屋に戻っていき、扉を開けた。すると、彼のAIヒューマノイドであるロッピーが彼を迎え、語りかけ始めた
「今日もお疲れのご様子ですね。何かお茶でも淹れましょうか。それとも、今はお休みになられますか?」
烏丸 健司は疲れた顔をし、力のない声で返事した。
「今はもういい。ただほったらかしてくれ」
「かしこまりました。では、何かご用事があれば、いつでもお呼びくださいませ」
「うん...」
烏丸 健司はその後机の椅子に座り、うつ伏せになった状態で静まりきった部屋の空気を満喫した。
目蓋が重くなり始める頃、廊下の方から足音がし、隣で立ち尽くしていたロッピーは寝落ちしようとする彼に声をかけた。
「烏丸様、誰かが来ます」
「うん...?」
足音はますます大きくなり、やがて音は扉の前で止まった。しばらくすると、ノックの音が聞こえ、うつ伏せになっていた彼は、机から身を起こした。
「今の時間帯に誰だ」
「建物内の監視カメラ映像から推定するに、世界政府所属の人のようですね」
「何だと...」
ロッピーの予想外の答えに、烏丸 健司は驚きながらも、落ち付いた声で言った。
「どうぞお入りください」
すると、ドアノブが回され、黒いスーツを着た男の人が部屋の中に入ってきた。烏丸 健司は緊張で唾を飲み込んだ。
「初めまして、どなた様でしょうか」
「世界政府の人です。石井樹と申します。今からあなた様に世界政府からの伝言をお伝えします。これからの内容は秘密厳守となりますので、どうぞご協力お願いします」
黒いスーツの男はそう言って、椅子に座っている烏丸 健司に白い封筒を渡した。彼はそれを受け取り、紙をちぎってその中身を確認した。しばらくすると、内容を全部読み終えた烏丸 健司は驚き半分の声で口を開いた。
「これは、一体...」
「そこに書いている通りです。これからは世界政府が今回の殺人事件に関与または協力する形になりますので、ご了承お願いします」
「......はい、分かりました。一応頭に入れておきます。遠いところまでお越しいただき、ありがとうございました」
「では、失礼します」
用事が終わると、石井樹は足を引き返し、静かに戻っていった。部屋で一人になった烏丸 健司は、受け取った書類をもう一回確認した。そこで気になるところは次の通りだった。
『~~で発生した殺人事件に対して世界政府(Global Government)は捜査の援助と増員を約束する。その際、事件に関する情報と指揮権は一部または全てが世界政府に委託される場合がある』
それを見て烏丸 健司は小さな声で呟いた。
「委託か......」
何故か、ただならぬ出来事が動き出したかのような気がした。
「世界政府はまったく何を考えているんだ...都合が良すぎるじゃねぇか。手伝ってあげる代わりに、全部任せろってことか...日本の警察署をバカにしてるのかよ。おい」
彼は思わず、自分の拳に力を入れた。無論、この事件が世界政府などの援助なしでは、解決が難しいことは知っていたが、それでもこの悔しさは消せなかった。
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捜査以来、美口 凛は留置場の中でしゃがみこんでいた。何もしたくなかった。いや、そもそもなぜこの羽目になったのかさえ、彼女はよく覚えていなかった。全てが夢のようだった。
平和だった日常は、あの時の安易な自分の行動によって瞬時にどん底に落ちてしまった。人生とは、そういうものなのかもしれない。一つの選択が人生をひっくり返すのは、実はそれほど難しくないのだ。
ただ、人を助けたかった。人生の意味についてよく考えていた彼女にとって、あの出来事は十分その意味を与えてくれた。人を助ければ、この虚しさから解放されるのでは?と無意識の中でそう思っていたのかもしれない。そして、その思いが行動として現れたのだ。
しかし、人生はそう甘くない。人生は思い通りにはいかないし、いくら多くのものを持っていても、心が満たされることはない。そこで、問題が発生する。世界はそのバランスを保つために人々に試練を下すのだ。
それが、今のこの結果として現れたのかもしれない。あまりにも平坦な人生を生きてきた彼女に、世界は試練を与えた。そして、それは今の彼女の精神を疲弊させるほど大きいものだったのだ。
「はぁ...」
美口 凛は、ため息を一つついた。頭痛がし、誰かに追いかけられているような胸の苦しさがあったからだ。これからの後先が見えなかった。このままだと、社会で生きていくのは難しいだろうと彼女は考えた。何故か、自分だけが苦しい目に遭っているような気がした。この世の中に一人で取り残されたような。
そうやって鬱の時間を過ごしていると、遠くから小さく馴染んだ人の声と足音が聞こえた。それは留置場にいる彼女の方に近づき、気づけば、誰かが大きな声で留置場の鉄格子を揺らした。
「凛ちゃん!!」
耳を貫く大きな音に、美口 凛はうつむいていた頭を上げ、音がするところに目を向けた。すると、そこには見慣れた格好の橋本 亜理砂が、こっちを見ながら涙を流していた。思わず涙が出た。
「アリサちゃん...?」
「そうだよ...!君のベストフレンド亜理砂だよ...?一体どうしたの?凛ちゃん。なんで...こんなところにいるの...?いったい何があったの?」
「......」
言葉が出なかった。何か言うべきだったが、頭にある言葉が何かに遮られたように出てこなかった。美口 凛は一度深呼吸し、閉じた口を開いた。
「実は......」
そのまま口が止まっていると、橋本 亜理砂は心配そうな顔で声をかけた。
「凛ちゃん。無理して話さなくてもいいよ...!きっと辛いんだね。今は少し休んでもいいから、ゆっくり話そうね」
「うん...」
そのあとは、警察によって鉄の門が開かれ、しばらく接見室に行くことになった。そこには、ガラス越しでアリサちゃんの顔が見え、二人で会話できる空間が用意されていた。
橋本 亜理砂は一度自分の髪の毛を整理してから、向こうの美口 凛の顔を伺い、静かな声で言った。
「今はどう?気分はよくなった?」
「......」
美口 凛は言葉は話さなかったが、上下に頭を頷いて見せた。
「それは良かった。あんなに元気だった子が急に静かになって本当にビックリしたよ」
「ごめん...今はちょっと話す気力も残ってないから...ごめんね」
「うーうん。大丈夫。謝る必要はないから」
親友である橋本 亜理砂の暖かい言葉に、目元に涙が溜まりそうだったが、美口 凛はそれをぐっとこらえた。しばらくして感情が整うと、美口 凛は向こうの彼女に声かけた。
「あの...亜理砂ちゃん。どうやって知ったの?私がここにいるの」
聞いた質問が少し以外だったのか、橋本 亜理砂は目が半分ぐらい大きくなって答えた。
「だって、全然連絡が届かないもん。何回連絡しても出ないし...心配だったから家に行くと、刑事さんが入るのはダメだって言って、凛ちゃんの居場所を教えてくれたんだよ?」
「そうか...そうだったんだね。色々心配させてごめんね」
「うーうん、大丈夫だよ。こうして顔を見れただけでほっとする。もう永遠に会えないのかと思ってたけど、こうして再び会えて本当に良かったー」
彼女の嬉しそうな顔に、美口 凛は思わず微笑む自分がいることに気づいた。少し恥ずかしい気分だったが、今はそんなに気にならなかった。
話が途切れる前、今度は橋本 亜理砂が美口 凛に質問した。
「で、凛ちゃん。結局なんで警察に捕まることになったの?それについてちょっと説明してくれる?もちろん、話したくなかったら全然話さなくていいよ。私は凛ちゃんの意見を尊重するから」
「......」
最初は、話さないでおこうかなと思ったが、自分のためにこんなにも頑張ってくれるわけだし、結局話すことにした。美口 凛は今まで起きたことを、橋本 亜理砂に簡単に説明した。
「なるほどね...つまり、人を助けたい凛ちゃんが、この事態を引き起こしたわけね。まったく、凛ちゃんは人が良すぎるから気を付けないと。前からよくそう言われたんでしょう。よく騙されやすそうなタイプですねとか。」
「......」
この言葉はほぼ合っていた。いや、事実かもしれない。こんな自分が少し悔しいというのもあったが、認めざるを得なかった。
「今回は、ちょっと運が悪すぎただけだから...」
「だから、それがそれでしょう。まったくあの時から少しも変わってないんだから」
橋本 亜理砂は、首を横に振った。まだ、反省してない彼女のことが本気で心配だった。
しばらくすると、先ほどの美口 凛の言葉を少し疑問に思った橋本 亜理砂は、再び口を開いた。
「でもね。私質問していい?ちょっとおかしくない?うん...凛ちゃんはさっき、自分が助けた人が凛ちゃんの携帯を盗んで逃げたって言ってたけど、結局その人の目的って何だったんだろうね。せっかく助けてあげたのに、恩人の携帯を盗むなんて恩知らずの人ね」
「さぁね...」
美口 凛は、自分にもよくわからないという動きを見せた。そして、今頃あの人は何をやってるんだろうかと彼女は考えた。そもそも、その人は実在する人物なのだろうか。
もうそろそろ時間となり、近くにいた警察の一人があと5分ぐらい残っていることを口頭で伝えてくれた。
時間がそれほど残っていないことに気づくと、橋本 亜里沙は接見室から出る準備をした。
「ねぇ、時間って早いね」
「うん、そうかも」
「あの...凛ちゃん、あの時私がバイトお願いしたの覚えてる?私が奢るって言ったやつ」
彼女の言葉に、美口 凛は頷いた。
「うん、覚えてるよ。ごめん、実はバイト行けなくて、迷惑かけちゃったのかも」
「大丈夫。そんなの気にしないで。むしろ、直前にお願いした私の方が悪いし、そもそもバイトに行けるような状況でもなかったんでしょう?」
「......」
美口 凛は沈黙した。自分のことをこんなにも心配してくれるアリサちゃんがとてもありがたかった。
「またあの頃みたいに、凛ちゃんと一緒にご飯食べたいなー」
「うん...私も」
「ことが落ち付いたら、一緒にご飯食べよう」
「うん、分かった」
それを最後に、橋本 亜理砂は席から立ち上がり、ドアの方へ歩いていった。そして、完全に出る前に彼女は一度振り返り、美口 凛の方に目を向けた。
「私は凛ちゃんのこと知ってるよ。凛ちゃんは悪いことなんかしてないってね!いつかまた普通の生活に戻るのを待ってる。その時は私に連絡してね!」
「ありがとう。お陰様でちょっと落ち付いた気がする。分かったよ!」
「その時は、一緒にチーズケーキとオムライス食べようね!」
「うん!」
二人はお互いに手を振って別れの挨拶をし、やがて扉が閉じた。美口 凛は、しばらくその光景をぼーっと眺めていた。さっきまで友達と会話をしたのが信じられなかった。静かになった今と、そのギャップがあまりにも大きいからかもしれない。
彼女は再び警察官に連行され、留置場に送り出された。また、一人になった彼女は体を丸くし、少し鬱な気分で孤独な時間を過ごした。
ちょうど路上に人がいなくなり、月明かりに照らされた都市に静けさが訪れた頃。眠気に襲われ、頭が前に落ちそうになった美口 凛は、そろそろ目を閉じて眠りにつこうとした。その瞬間だった。彼女の周りから何かが倒れる音がし、やがて、その音はある時点で聞こえなくなっていた。そして、近くからある人の声が聞こえた。
「おい、起きて」
どこかで聞いたことのあるような声に、美口 凛は、ゆっくりと目を覚ました。すると、彼女の目の前には見慣れた姿があった。ずっと心のどこかで繰り返し現れ、彼女を苦しめた存在。それを見た彼女の目は、次第に大きくなっていった。
「あなたは...」
「また、会ったね。美口 凛」
その存在の正体は、現在指名手配中の「カミラー」だった。




