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次の日。警察署の中はヒューマノイドと刑事たちでいっぱいだった。彼らは大量の仕事を処理するために忙しくバタバタと動き回り、その様子を見守りながら、ある若い刑事が口を開いた。
「今日、皆朝から早いですね」
それを隣で聞いていた神谷 陽斗は相槌を打った。
「そう。あれだけの事件が起きて、ここの人たちがじっとしていりゃーそれは国民が許してくれないのさ。みんな夜遅くまで家に帰れず、事件解決のために頑張っているんだよ」
「なるほど...」
その若い刑事は納得したように頭を上下に頷いた。彼は強盗などを担当する部署の人で緊急事態のため、しばらくここに手伝いに来てもらったのだった。
やがて、神谷 陽斗は彼について来いという合図を送り、どこかに向かい始めた。それに合わせて、彼もその後を追った。
席に着くと、神谷 陽斗は机に置いてある書類を彼にも見せ、話を進めた。
「これが前回の事件と今回の事件の報告書なんだけど、一回読んでみてくれる?これから一緒に仕事をする上で欠かせないものなんだ」
「はい...」
彼はそう言われて書類を手に取り、ページを開いて報告書を読み始めた。なんとなく理解したようだった。報告書を読み終えると、彼はそれを丁寧に神谷 陽斗に返した。それを受け取った彼は、再び話を続けた。
「そう。これで分かったと思うが、私は最初、この事件が実は複数人によるものではないかと考えていた」
神谷 陽斗のゆっくりした言葉に、彼は頭を上下に動かした。
「なるほど...それは確かにそうですね。あれほどの人が死んで、証拠がほとんど残らないなんて...他に誰かの助力者がいない限り難しいことですよね」
「そう、その通り。たとえば、殺人を行う人と遠くから通信で周りの情報を提供してくれる人、大きな権力を持っていて全体的な指揮を取ったり、多少バレてもそれをカバーできる人物がいる見たいにね。でも...」
神谷 陽斗はそう言って、しばらくの間自分の顎に手をのせた。何かを深く考えているように見えた。彼はどこか遠くをみる眼差しで話を続ける。
「そうなってくると、色々噛み合わないところが多すぎるんだ」
「?例えば、どんなことがあるんですか?」
隣で聞いていた彼は、首をかしげながら好奇心に満ちた顔でそう尋ねた。神谷 陽斗は、そんな彼の期待に応じるようにゆっくり話を進めた。
「例えばね...まず、もし彼らの犯罪を犯す理由が臓器販売だった場合、常に発見された死体のどこかの臓器は欠けていなければならない。腎臓や肝臓みたいな臓器ね。しかし、死体解剖の結果によると、毎回臓器などが抜き取られた痕跡はなく、むしろ臓器は全部温存されている場合が多かったんだ」
「なるほど...」
「無論、ほとんどの死体はすでに数年、数ヶ月経ってから発見されることの方が多く、それらが分からない場合も多かったが、大体の場合はそうで臓器販売は殺人動機としては無理なんじゃないかと結論付けられた。そこで、私たちは今回は人の関係性に注目し、殺人の動機は実は、自分達にとって目障りな人間を消すためだったのではないかと、一つの仮説を立てた」
「へ...」
彼は驚きながらも、引き続き話に没頭した。
「しかし、問題は捜査を進めていくと、被害者たちの関係性はみんなバラバラで、そこから何かの特定の人物を導き出すことはできなかった。そもそも、彼らの住む地域、年齢、職業、関心事などが違いすぎたんだ。そこから私たちは、そういった人の関係性による犯罪の可能性は捨て、新しい視点に移ることにした」
「なるほど...」
「それからは、AIやヒューマノイドなども総動員してインターネットや監視カメラ、聞き取り調査なども全部行ったのだが、これといった証拠は出てこなかった。でも、むしろ全国に監視網が設けられているにも関わらず、犯人を特定できないのはおかしいと考え、私たち刑事は、犯人は実は人ではないんじゃないかということを念頭に入れた。そこで言及されたのがAIヒューマノイドによる犯罪だった」
「確かに...それはそうですね...人の犯罪にしては完璧すぎますし、ヒューマノイドなら何とかなるかもしれませんね。例えば、人の監視網から外されているAIヒューマノイドが存在するとか」
「そう。それで私たちもそれらの件に関して一生懸命調べてみたが、まだ解決すべき問題は山ほどあった。まず、死体から検出されたある特定不可のDNAが説明できない。次にもし、他国でそういったAI兵器が開発されていたとしても、死体発見の場所がそれぞれ離れすぎていたり、監視カメラやインターネット網などに痕跡が何も残っていなかったりするところが説明できないんだ。最後に、犯罪の目撃者が一人もなく、被害者のほとんどは夜に急にいなくなって失踪の判定を受けた人ばかりだった」
「へぇ...ってことは、犯人はヒューマノイドでもないってことですかね...こんなことヒューマノイドにも無理そうですし...」
「そう、そこで私たちは、人でも、ヒューマノイドでもない、優れている何かが存在しているのではないかという仮説を立てた。しかし、それはあくまでただの仮説に過ぎず、それを具体的に説明してくれる何かが必要だった。そして昨日、あの事件が起きた。昨日の事件も、死体の特徴からして、あの犯人による事件だとすぐ分かった。だが、昨日のだけは違った」
神谷 陽斗は、その後少し深みのある表情をし、しばらく間を置いた。隣にいた彼は、唾をごくっと飲み込み、聞いた。
「何が違ったんですか?」
「それは、いつも完璧に殺人を行い、死体を山の奥や土、海の中に処理していた犯人がそれをしなかったことだ。昨日のは特に、事件が起きてからすぐ死体が発見されており、これは異常そのものだった。なぜなら、すべての死体はいつも事件が起きてからある程度時間が経過し、発見されていたからだ。昨日、犯人の心境に何が起きたのかは分からないが、これは犯人に絶対に何かがあったとしか考えられない」
「確かに...」
「で、私が何かの変化に気づいたのは、昨日、死体が発見される前に、殺人現場の近くでひとを背負っていた女の人に聞き取り調査をしに行った時だった。最初は、そこまで気を引き締めるまでもないと考え、一応軽い気持ちで調査を行っていたのだが、質問を重ねるにつれ、私はこの人がウソをついていることに気づき、犯罪に絡まっているのではないかと考えた」
「え...」
「実際に色々質問責めをすると、彼女は自分がなぜあの時あんな行動を取っていたのかさえちゃんと説明できなかったし、言ってることが全部噛み合わなかった。私のAIヒューマノイドの結果も嘘をついている可能性大を示したし、私は彼女が家に連れ込んだ人が犯人ではないかという仮説を立てた。無論、まだはっきりとした証拠はなく、ただの憶測に過ぎないけど、私の直感からしてこれはほぼあってるように思う」
「なるほど...」
神谷 陽斗の説明が終わった後、彼は感激した顔でそのまま立ち尽くしていた。彼の説明に格好よさを覚えたからかもしれない。
「つまり、今までのことを整理すると犯人は人ではない可能性が高く、完璧だった犯行は今回の事件にだけきちんとした注意が払えず、すぐに発覚され、それがある若い女性と関係していて、理由はよく分からないけれど彼女は犯人のことを庇っているということですね。そして、その理由というのは多分、犯人の正体に関わっている、これで合ってますか」
「そうそう!やっぱり今まで刑事をやってただけのことはあるね。正にその通りだよ。話が早くて助かる。でもね...問題はここまで気づいても、これらのことを国民に納得させられる形に変えなければならないということなんだよね。そのためには、確固たる証拠が必要になるけど、それは今日の午後の捜査にかかっていると私は思ってる」
「今日もあの人にまた会いに行くんですか?」
彼が気になるような口調で聞くと、神谷 陽斗はうなずき答えた。
「そう、昨日もらった令状を元に家宅捜査と尋問をしてもらう。そこで、彼女の証言と家から出てくる証拠を組み合わせて、すぐ後ろまで追ってきていることを犯人に知らせる。そうすれば、犯人も圧迫感を感じるはずだし、捕まりやすくなるはずだ。こうなった以上、すべての手段を使ってみるしかない」
神谷 陽斗はその後自分の拳に力を入れた。彼の今回の事件に対する思いの熱量がよく伝わってきた。隣にいた派遣された彼は、最後の彼の言葉の意味に少し疑問を抱きながらも、ゆっくりと頷いた。
「じゃ、私が捜査をしに行く間、君にはここでAIと一緒に今回の件と過去の件について調べてもらうよ。私が話したことも踏まえてどうすれば、犯人を捕まえられるか考えてみてほしい」
神谷 陽斗はそう言った後、席から立ち上がり、部屋のドアに向かって歩き出していった。彼のその後ろ姿を見ながら、取り残された彼は一人で呟いた。
「犯人捜しか...今回の事件もそうだし、捜査一課人たちってとんでもない事件を扱っているんだな...まったく...犯人が人ではない可能性があるって一体どういうことなんだよ。まぁ、とにかく今日はここに支援しに来たし頑張ってみるか」
彼は、自分のヒューマノイドを呼び、先程の席で捜査を続けていった。
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一方、カミラーは以前拠点として使っていた洞窟は捨て、戦後まだ残っていたある大きな寺の中に身を潜めていた。昨日あれだけニュースが流れたせいか近くに人はほぼいなかった。
今日は雨が降っており、周りの照明は暗かった。今のこの天気は、彼女の心を代弁しているようでもあった。カミラーは、周辺感知能力を使って周りの状況を確認した。すると、まだ色んなところに警察が配置され、警備体制が強化されていた。昨日からずっとこんな感じだった。
カミラーは昔みたいに変装をして町の中に入るのは諦めていた。多分気づかれないとは思うが、もし、途中警察などに捕まって身元検査でもされてしまうと厄介なことになるからだ。
この事から、最近カミラーは他国に移動することも考えていた。しかし、昨日の殺人事件に関するニュースは全世界に広がっており、状況は今の日本とそれほど変わらなかったため、渡海は一旦保留した。
今の時代は、昔の時代と違って国間の協力姿勢がより強まっており、隣国で大きな殺人事件が起きたとなれば、その周辺にあるすべての国はセキュリティを強めた。今は世界のどこに行っても特にビザは要らなかったため、国境が曖昧で、そのような傾向はより強くなっていた。
だからこそ、今の状況はカミラーにとってとても辛かった。彼女が今までこの世の中に自分の痕跡を残そうとしなかったのは、このためだったが、あの時の出来事せいで全てが台無しになってしまったのだ。これからは、ずっとこの生活を続けなければならない。それ自体が彼女に大きな負担を与えていた。
カミラーはふと美口 凛という女性を思い浮かべ、視点を移して彼女の家を観察した。すると、そこはすでに捜査が始まって立ち入り禁止テープが貼られ、手袋を嵌めた刑事何人かが部屋の中で、周りにあるものを綿棒などで触れながら何かを採取していた。カミラーはおそらく、DNAなどを取っているんだと気づいたが、彼女を驚かせたのは、あの美口 凛という子の不在だった。
どこに行ったのかは、すぐには分からなかったが、確かなのは今回の件に関わっているということで、高い確率でどこかで事情聴取等を受けている可能性が高かった。
そこまで気づくと、カミラーはすぐに視点を変え、彼女がどこにいるのかを探した。しばらく経つと、カミラーは警察署のある狭い空間の中で取り調べをしている刑事と彼女を発見した。その時、カミラーの頭の中を過ったのは、やっぱりあのときちゃんと仕留めておくべきだったのかもしれないという残念な思いだった。
カミラーは、一応込み上げてくる怒りを抑えながら、遠くでその光景を覗き込んだ。すると、彼らの会話の内容は次の通りだった。
「今から話す内容は全部録音されるので、真実をそのまま述べてください。途中で外に出ることはできませんので、ご了承ください」
「はい...」
「では、今から事情聴取を始めます」
彼女の向こう座った人は、手元にあるボタンを押し、会話を始めた。カミラーは、その場面をずっと眺めていた。質問を受けていた彼女は何やらと答えているようだったが、彼の意図された質問にもかかわらず、彼女の答えには何らかの優しさが込められていた。正確にいえば、彼女はすでに彼の言葉の意味を把握し、そこから切りはなそうとしていた。つまり、彼女は誰かを庇おうとしていた。そして、それはカミラー自分自信のことだった。なぜ、彼女がそこまでするのか、その理由はよく分からなかったが、それはカミラーにとってとてもありがたいことだった。
それらの取り調べは、何日間続いた。最初は、両方とも表情がよかったように思えたが、数日がたった今では、ことが長引くせいか疲れているように見えた。そして、3日も同じことが続いていると、刑事の神谷 陽斗はテーブルを挟んで座っている美口 凛にこう聞いた。
「美口さん、今回の件で衝撃を受けておられることは、十分承知しています。しかし、これほどまでに調査に非積極的だと、こっち側にもあなたご自身にも被害が出るんです。どうか、あなたがご存じのことを私たちにも共有して頂けないでしょうか。お願いします」
「......」
彼女は無言だった。そんな彼女の表情は何かに怯えているようにも見えた。彼は、そんな彼女の状態に気づいたのか、一応自分の態度を改め再び口を開いた。
「美口さん、何度も同じことを繰り返して言うことになりますが、実は、あなたが家につれてきたあの人は犯人である可能性が高いんです。それは、あなたご自身もすでにご存知かと思います。あの時の出来事について偽りなく教えていただけないでしょうか」
だが、彼のそういう言葉にも、彼女の態度はいつも同然だった。
「だから、何回も言ってるじゃないですか。私は、本当のことを言ってるんです。嘘はついてないし、これが真実なんです」
「いや、それにしてはあなたの態度は不自然すぎますよ。あなたは何かを隠している、それが私の結論なんです。そもそも、AIヒューマノイドもあなたご自身が100%真実のことを言ってるとは言ってませんし、あなたが証言だと言っていることも、辻褄が合わないところが多すぎる。もし、あなたが連れてきたあの人が今回の殺人事件の犯人ではなかったとしても、あなたの携帯は盗まれてますし、あなたは犯罪に関わっている人を家に連れ込んだことになりますよ。ということは...」
「そうですよ。私は犯罪に逢いましたし、その被害者なんです。それだけのことです」
彼女の頑固な態度に彼は言葉を失い、軽いため息をついた。
「美口さんが心配していることは知ってますよ。もし、相手が犯人だった場合、自分に不利益が生じるのが嫌なんでしょう。殺人事件に関わるとなると、あなたの罪は重くなりますし、家族や友達を心配させることになりますから」
「......」
言葉をつぐむ彼女の様子に、神谷 陽斗は自分の予測がある程度合っていることに気づいた。
「無論、もしそうなった場合はあなたの罪がなくなることはありませんが、美口さんよく聞いてください。今人が死んでるんです。これはただの殺人事件ではありません。遥か昔から始まった連続殺人事件なんです。そして、その犯人はおそらく美口さんと関わりがあって、人ではないんです。美口さんこれについて何か心当たりはありませんか?」
「......?」
神谷 陽斗の言葉に彼女は相当驚いているようだった。人ではないという言葉は、彼女の心を動かすのに十分だった。実は、彼女はあの時の出来事を幻覚だと思っていた。どう考えてもあのような事件が現実で起こるとは、思えないからだ。さらに、自分の頭の悪さも大きく関与していた。頭が悪いから、きっと幻を本当だと勘違いしたんだと彼女はそう考えていた。無論、撮った動画もあったが、半分頭がイカれた彼女にとっては、そのような証拠も力を失っていた。
しばらくすると、黙っていた美口 凛は口を開いた。
「そんなの知りません。私が言えるのは、自分自身にもよく分からないということです...」
彼女の発言に彼は呆れた表情をし、深いため息とともに最後の言葉を発した。
「では、仕方ありませんね。法に基づきこれからあなたを逮捕し、しばらくの間留置場で過ごしてもらいます。これは、あなたの今までの不誠実な行動によるものです。録音はしてますし、おそらく私の意見は通るでしょう。では、今日の取り調べはここまでにします。今日もありがとうございました」
彼は一度彼女に向かって腰を下げて挨拶し、ゆっくりとドアに向かって歩き出していった。一方、美口 凛は絶望的な顔で俯いて椅子に座っていた。おそらく、今の処置が受け入れられなかったのかもしれない。
そんな彼女の様子をカミラーは、遠いところで見守っていた。なぜか心がモヤモヤしたが、今は何もせず放置することにした。思わず拳に力を入るカミラーだった。




