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「......」
静かな部屋の中で、リシャは後ろを面している彼を見つけると、ゆっくりした口調で報告した。
「宇宙船が現れました...」
すると、彼は振り向くことなく答えた。
「ついにか...」
既に予想していたらしく、彼の反応は淡々としていた。彼は暫く間を置いた後、口を開いた。
「何のつもりなんだ。兄貴...」
彼は握る手に力を入れた。到来してはいけない未来に、怒りがこみ上げてきた。自分の計画を邪魔しようとする彼のことは何があっても絶対に止めなければならなかった。それが彼の生きる意味だから。
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カミラーは遠くから透視能力を使って、警察署の中を覗き込んでいた。前とは違って武器を持ったAIヒューマノイド数名が、扉から彼女のいる部屋まで待機している。どうやら、戦わずに彼女だけを連れ去らないといけないようだった。
だが、問題はその後だった。比較的彼女を警察署の中から連れ出すのは容易いかもしれない。途中で攻撃を受ける可能性はあるが、少人数のAIヒューマノイドであれは、自分の行動を止めることはできないのだ。それがもし、普段のAIヒューマノイドとは違うモデルだとしても。
しかし、美口 凛をそこから救出し、再会した後、彼女と一緒にどこへ逃げれば良いのかというが一番の問題だった。今は世界各地で軍事用AIヒューマノイドが巡察を行っており、全番的にセキュリティが強化されている。ということは、世界のどこに行ってもそれほど変わらないことを意味し、檻の中で閉じ込められているネズミのようなものだった。
もちろん、それらの対策について事前に考えてくるべきだったが、そこまでじっくり考える余裕がなく、気が及ばなかった。
カミラーは、しばらくそれらについて考えてみたが、いくら時間をかけても結論が出ず、仕方なく先に彼女を助けることを優先することにした。このように時間を無駄しにしているのが勿体なく、これからのことは何とかなるだろうと思った。
カミラーはビルの頂点で一回だけ周辺を見渡すと、定めた目標に向かってゆっくりと動き出した。
その瞬間だった。
足を一歩踏み出そうとしたその瞬間に、彼女の感知センサーに何かが引っ掛かった。何のことかと秒速で確認してみると、カミラーはそれを見て驚かずにはいられなかった。
なぜなら、そこには今まで思いも寄らなかったものがあったからだ。彼女のセンサーに引っ掛かったのは、他でもなく空に浮いている「宇宙船」の姿だった。
「......」
カミラーはそれを見た瞬間、しばらく考え込んだ。まず、いきなり宇宙船が現れたことが信じられず、その衝撃が頭から消えなかった。さらに、これからどうすれば良いのか分からなくなり、体が方向を見失っていた。
足が完全に止まっていた。あれを無視して本来の計画を遂行するべきだったが、なぜか足が少しも動じなかった。実はその理由についてカミラーは本能的に分かっていた。それは自分の心の変化に気づいたからかもしれない。
なぜか、この宇宙船と会うのは初めてではないような気がした。何となくそう感じられた。そして彼女は宇宙船に近づかずにはいられない強い衝動に駆られた。言葉では説明できない何かが、彼女をそこへ突き動かしたのだ。
カミラーは迷い始めた。一旦、どの選択をするか迷ったが、悩んだ挙げ句、美口 凛を助けに行くのは暫くやめておいて、宇宙船の方に行くことにした。これは、まだ全てが明かされていないものに強く惹かれるようなものだった。彼女の中で物事の優先順位が変わった瞬間だった。
カミラーは心が決まると、見向きを変えて宇宙船のところにすぐに向かい始めた。
揺れる髪の毛が完全に落ち着く前に到着し、カミラーは影によって黒く染まっている都市の様子に気づいた。
地上は人の混乱と叫び声に満ちて騒がしいというのに、それと比べて巨大な宇宙船が浮いている青い空は物凄く静かだった。その正反対の光景は、恐怖感を呼び起こすのには十分だった。
「......」
人々の群れが彼女を背後に通りすぎていく中で、カミラーは夜行性の虫が光に誘われるように、一歩づつ前へ歩き出していった。これは、あそこに見える宇宙船に近づくためだった。今の自分の行動が、彼女自身にもよく理解できなかった。なぜか体が勝手に動いた。
真っ正面から吹いてくる強い風を遮りながら前に進んでいると、見逆の方向から近づいてくる宇宙船は何かを見つけたらしく動きを止め、しばらくそのまま静止した。
そして静かに反応を待っていると、宇宙船の中から誰かの声が聞こえた。
「久しぶりだね。プロジェクト-001」
どこかで聞いたことのある名前に、カミラーは違和感を覚えつつ、やがて二つの赤い瞳が見開かれた。いつの間にか体が強張っていた彼女は、思わずゴクリと乾いた唾を飲み込んだ。
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「.......」
実は、先ほど宇宙船から聞いたあの言葉に聞き覚えがあった。
『プロジェクト-001』
なぜかその言葉を聞いた瞬間、体のどこかがゾクッとした。刹那の瞬間ではあるが、脳裏に深く刻まれた過去の記憶が、ほんの短い間だけ再生されたのだ。今は殆ど思い出すことができないが、確かに記憶はあった。
カミラーは混乱していた。瞳孔は揺れ、手足は冷たくなり、息は荒れていた。実は、今のこの反応は絶対に解放されてはいけない真実が、すぐ目の前まで来たという恐怖によるものだった。これを知ってしまうと、精神的に壊れると分かっている体が、先に危険信号を出しているのだ。
しばらくすると、上から見下ろしていた宇宙船はまだ話したいことがあるらしく、ぼーっと立ち尽くしているカミラーに引き続き言った。
「確か、お前は遥か昔、地球占領計画の下準備のためここに送ったはずなんだが、なぜまだ平気なのだ?うん? なぜ何もしないのだ。これを見ろ。人間がまだウジャウジャしているじゃないか。お前の役目は、見るに足らないコイツらのお掃除だったはずだ。お前のせいで、この余が直接手を下さないといけなくなったじゃないか...全く...」
「.......」
「役立たずやろうが...」
その後、宇宙船の中で不満を溢していた彼は、気に入らない顔で舌打ちをした。かなり怒りが溜まっていたようだった。
その一方、話を聞いていたカミラーは、もうこれ以上耐えられなくなったらしく、そのまま跪いて両手で頭を抱えた。
彼女は先程の言葉を聞いて、全てのことに気づいたのだった。つまり、彼女は自分の予想通り、以前は元人間であり、いきなり現れたこの宇宙船が今まで自分を苦労させ、このようにさせた元凶だったことを意味した。
それが分かってから、どうしても耐えられなかった。今まで自分がどれほど苦しみ、悩み、彷徨ってきたのが全部この宇宙船のせいだと思うと、心の奥底から怒りが込み上げ、止まなかった。
「......」
カミラーは髪の毛を握る手に力を入れた。今にも頭が狂って理性を失いそうだったが、そうならないために必死に耐えた。冷や汗が全身を覆い始めた。
やがて、踞ったまま呼吸が乱れていたカミラーは、いきなり息が止まったのか胸辺りを強く握り締めた。そして、彼女の潤った瞳から血混じりの涙一滴が地面へポロリと落ちた。
その時、彼女のすべての時間は止まった。
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「そこの航空法違反飛行体は、よく聞け!」
情報を受け取って現場に到着したAIヒューマノイドの代表は、空に浮かんでいる宇宙船に向かって宣告した。
「今のそなたは、飛ぶのが禁止されている区域で飛行を続けている。今すぐ他の場所に着陸したり、身元を明かさない限り、身の保証はない」
その後、どこから持ってきたバズーカ砲○挺をその飛行体に向けてチャージした。これは威嚇寸前のサインだった。
しかし、いくら時間が経っても宇宙船からの反応や返事が返ってくることはなかった。相変わらず物静かに空に浮いているだけだった。
宇宙船の中では、透明スクリーン越しに今の状況を見守っていた。宇宙船の真ん中に座っていた彼らの王は、肘掛けにおいてあった拳に力を入れると言った。
「人間はこの世の中で必要のない存在。雑魚ども全員消してやる」
その後、宇宙船を中心に一度だけ波動が起こり、円型を描きながら音波が広がっていった。
異様な現象に、AIヒューマノイドはおかしいと思いながら、キョロキョロと周りに目を配っていった。
落ち着かない様子で途方にくれていると、やがて近くにいた人々は一人ずつ倒れていき、そこにいる全ての人が身体中から蒸気を吹き出しながら倒れていった。
その光景を目撃したAIヒューマノイドたちは、戸惑いながらも、直ぐに倒れた人々のもとへ駆け寄った。
すると、人々は既にこの世を去ったらしく、何の反応を見せなかった。体の特徴としては、干からびた干し物のように乾燥しており、皮膚や髪の毛などがカサカサになって即座に崩れ落ちた。
これは範囲内にいる生命体の水分を全部蒸発させて死に至らせる方法だった。素早く目標を達成できるだけでなく、環境にも優しいということから選ばれたのだった。
AIヒューマノイドは、これでやっと自分たちの状況が分かったらしく、警戒の体制を崩さずに宇宙船の方に目を向けた。
「お前らには効かないのか...全く...面倒なやつらねぇ」
まだ動いているAIヒューマノイドを見て、宇宙船の中にいる彼は言った。実は、EMPとほぼ同じ類いの電波攻撃も同時に行ったのだが、彼らには効かないらしく、変化は見当たらなかった。そこは彼にとって、とても興味深いところだった。人間の技術がここまで発展したことに驚いていた。
「仕方ない、力勝負でやるしかないか」
彼の指の動きだけで、一斉に黒い点が一ヶ所に集まった。
「全員退避!」
その瞬間、違和感に気づいたAIヒューマノイドの一人が近くにいる全員にシグナルを送った。同時に、AIヒューマノイドたちは四方に散開し始めた。
「射て!」
宇宙船から数えきれないほどの光線が同時に放たれた。大きな光の奔流が空を埋め尽くした。




