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再び生まれ変わった彼女は、前の記憶を完全に失っていた。その時の彼女は、もはやあの頃の彼女ではなかった。体の構造が再編成され、全く違う生物として覚醒したのだ。
そんな彼女は新しい自分としての新たな人生を歩んでいき、間もなく、ある一人の女性と出会っていた。
狭い裏路地で彼女と初めて会った瞬間。彼女は今まで感じたことのない不思議な感覚を覚えた。それは決して気のせいではなかった。
彼女も知っていた。その子の顔に見覚えがあることを。体全身がシグナルを送っていた。どこかで見慣れた雰囲気。顔の形。記憶の欠片。
しかし、当時の彼女には分からなかった。
『彼女の顔が昔の自分の顔に似ていたこと』
これは正確に分かるものではなかった。何となく、そんな気がしたのだった。言葉で説明できる訳ではなかったが、体に染み着いていたDNAの粒子が本来の自分の場所を求めて動き出したかのようなものだった。
だが、彼女が真実に近づくのに、それほど時間は掛からなかった。その子をどこかで見守り、観察していく中で、彼女は無意識的に気づき始めた。
これは、ただの勘違いではないのかもしれない。この子に何らかの繋がりを感じるのは、外見によるものではなく、別にあるのかもしれない。彼女がそう思った決定的な要因は、その子に対する「本能の抑制」にあった。
本来なら人間の目を見るだけで激怒するべき自分が、彼女にだけそうしなかったのは何かの理由があるのではないか、と考えたのがそのきっかけだった。そこで彼女は気づいた。
『この子が自分と同じだからでは?』
そこから彼女は過去の自分が元人間だったのではないかという仮説を立て、今まで不可解だった出来事が「自己防衛反応」によるものだと悟った。ということは、かつての自分が普通の人間であり、彼女と同質もしくは酷似した見た目をしていたことを示唆した。
これは、今まで自分の正体について常に考えていた彼女にとって、大きな収穫だった。ベールに隠されていた真実に、もう一歩踏み出したかのようだった。
それ以降、彼女は人生で初めて何かに対して愛着を感じ始めた。これを愛着と呼んでもいいのかは分からない。だが、少なくともその子の存在が心の中で大きな部分を占めていった。
まだ、全てのことが確かではないものの、彼女はその子のことを守るべき存在、もしくは価値のある存在として無意識に考え始めた。これは小説で見た内容でもあった。彼女が一番好きな小説の主人公を守る猫と自分が置かれている状況が似ていた。彼女は無意識的に小説の内容と現実を重ね合わせていった。
だが、一時の感情を味わう暇もなく、彼女は別れを痛感した。自分の分け身とも言える彼女が、人間たちによって拘束され、離れ離れになってしまったのだ。
無論、彼女もそれが正しいと分かっていた。彼女は人間だし、だからこそ人間社会に紛れながら生きていた方が正しい。むしろ、このように無理やり自分に付き合って生活する方が不思議だった。しかし、それでも彼女のことをどうしても手放すことはできなかった。彼女は唯一の希望であり、理解者になれる唯一無二の存在だったからだ。
いつ終わるか分からない長い人生において、彼女の存在はかけがえのないものだった。彼女がその子に執着してしまう理由は、そのためだった。
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日本に着くと、カミラーは直ちに美口 凛の居場所を探し始めた。
時間がないと焦りながら素早く地域を移動し、捜索を続けた。次々と背後の風景が変わっていく中で、カミラーはいつの間にか自動運転車が行き交う交差点に到着し、暫くそこに足を止めた。
胸がいっぱいになるような広々とした都市の風景と共に、周辺に目を配ってみると、カミラーは聞き慣れた騒音の中で、一つの異質な音に気づき、思わずそこに目を向けた。
すると、交差点の角に建てられたビルの外側に大型ビジョンが設置されており、そこから人の声が聞こえた。よく見ると、そこにはアナウンサーが何やら真剣な雰囲気で速報を伝えており、その内容は次の通りだった。
「只今、全世界各地で目的不明の軍事用AIヒューマノイドが続出しています。彼らの目的は不明で、今まで発見された数は凡そ3万に至るとのことですが、特に目立つような行動はなく、ただ待機しているとのことです。いきなり姿を現した軍事用AIヒューマノイドによって、人々は戦争勃発などの恐れを懸念しており、それらについて世界各国は世界政府にその詳細を求める公文を出し、現在返事を待っている状態です...」
「......」
ニュースの内容に耳を傾けていたカミラーは、思いがけない情報にゾクッとした。こんなにも早く動き出したことが信じられず、その衝撃が直接肌に感じられるぐらいだった。
これ以上、この世界に自分が安住して過ごせる場所はないのかもしれなかった。彼らが求めているのは、おそらく今回の事件を長期戦に持ち込み、自分の体力を消耗させることだろう。犯人が捕まえられないのであれば、獲物を罠に追い込むようにゆっくりと全ての包囲網を狭めるというのが、彼らの戦略である可能性が高かった。カミラーは思わず唇を軽く噛み締めた。
さらに、彼らが何を企んでいるのかは分からないが、なぜこれほどの大人数が必要だったのか、カミラーはとても気になっていた。それは向こうが既に彼女の正体に気づいたからなのか、それとも他に理由があったのかは分からない。おそらく、彼女のことを一気に捕まえるためだろう。
「3万か...」
カミラーは小さく呟き、ため息をついた。夢で見ていた出来事が手前まで近づいた現実に、少なからず不安にならざるを得なかった。
AIヒューマノイド数万と相手すると考えるだけで息が詰まった。起こり得る色んなシチュエーションが頭の中を支配し、思わず拳に力が入った。
カミラーは、今後これらに関する情報を優先的にモニタリングすることにし、本来の目的である美口 凛を探しに再び動き出した。
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一方、彼女より先に日本に到着していた美口 凛は、着陸の後すぐに警察署に送られ、引き続き尋問を受けていた。
そこで彼女は当時の出来事や、どのように留置場から脱出したのか等について詳しく聞かれ、それに対して回答を行った。
その時の彼女の答えは、とてもシンプルだった。
「自分にも良く分からない」
これは完全な嘘ではなかった。実際に間違ってはいないし、とはいえ真実でもない。本当は、カミラーのよる仕業だと分かっているし、彼女が超能力を持つ変人だということも知っている。しかし、それをそのまま言うことはできなかった。
その理由は、どうせ本当のことを言ったところで信じてもらえないと思ったことと、少し混乱して頭が回らなかったのが、その原因だった。いや、実はただ話す気力を失くしていただけかもしれない。ずっとそれについて考えていて同じ質問を聞いた瞬間に、嫌気が差してしまったのだ。
無論、そのような回答をした後、警察からは何かを隠しているんじゃないかと疑われたりもした。科学的にかつ現実的に説明できない出来事をただの「良く分からない」で済ませられる訳がないからだ。
当然ながら、嘘をつくと監視室にいるAIヒューマノイドにバレてしまう。だが、神の戯れなのか、そのようなことはなく、AIヒューマノイドも異常無しを示していた。そこが警察を手こずらせた一番の理由だった。
その後、何度か警察の聞き込みが続いたが、彼女の意見が変わることはなかった。心の奥では協調的でありたかったが、中々それが現実になることはなかった。これは孤独の戦いだった。
無論、分かっていた。少しでも早く本当のことを言って、自由になれればいい。その方が楽だし、自分のためのように思える。
だが、彼女がそうしないのは、これから起きる現実を既に知っているからだった。もし、今すぐ本当のことを言ったとしても、彼女の供述が証明されない限り、現状が変わることはない。要するに、事件の詳細が明るみになるまで、ずっとそのままでい続けなければならないのだ。
そのため、それにエネルギーを費やすより諦めていた方が良いと、彼女は無意識的に決断を下したのだった。そもそも、彼女は今回の件が警察には無理だと分かっていた。それはカミラーがどういう存在なのかを既に知っているからかもしれない。
結果として、彼女は再び留置場で監禁されることと決まった。今回は二度と逃げられないよう警備が強まり、特殊監視用AIヒューマノイド数人が近くで配置されることになった。
再度目に入る慣れた光景に、彼女は何も感じない様子だった。このような生活にもう慣れてしまったのかもしれない。今は、ここが家だと感じられるぐらい居心地が悪くなかった。
手を握ったり、広げたりしてみると確かに感覚があった。やはり現実のようだった。試しにやってみたが、意味がなかった。
部屋の中で一人になっていた彼女は、ぼーっと空中を眺め、ゆっくりと床に腰を掛けた。服の擦れる音がすると共に、寂しさが襲ってくるような気がしたが、今はただ時間がが進むまで待つしかなかった。
不安と虚無の嵐の中で、彼女は意識の遠くに見える一本の希望の綱だけを見つめながら、しばらく目を閉じた。
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高速で移動しながら情報を収集していたカミラーは、ついに美口 凛の居場所を突き止めた。
予想通り、彼女は京都にある警察署に再び戻されたのだ。彼女の探知システムが京都の特定の場所を示していた。
その瞬間、カミラーはすぐに周辺を警戒しながら目的地へと動き出した。
その一方で、同じ地域の空では小さな変化が現れ始めた。最初は、空間が少し揺れるぐらいだったが、やがて天下を貫く轟音とともに、巨大なアイスクリームコーンのようなものが現れ、ゆっくりと地面に向かって近づき始めた。
今まで見たことのない現象に、人々の注目はそこに集まった。
「あ..あれはなんだ...?」
「何かイベントでも始まってるのか...?」
「お母さん!アレナニ?」
だが、物体の大きさが大きくなるにつれ、好奇心に満ちていた人々の顔は青く染まり始めた。
「お...おい!」
「あれは...」
「みんな、逃げるぞ!」
「U...U.F.Oだ!」
一人が逃げ出すと、それに沿って近くにいた人たちも逃げ始め、その波はますます広がっていった。
それにもかかわらず、異様な造形物は止まることを知らなかった。小さな黒い点に過ぎなかったそれは、いつの間にか空全体を埋めつくし、地面に黒い影を落とした。
「地球の元住民である人間はよく聞け」
その瞬間、浮いてるその物体から声が響き渡った。実は、これは音声ではなかった。個人にしか聞こえないテレパシーのようなものだった。
「これより、この地球から消えてもらう。今までお疲れ様」
その後、宇宙人からのメッセージを受け取った人々の中には、そのまま挫折する人もいれば、泣いたり、叫んだり、気絶するなど様々だった。
その光景を宇宙船の中で見守っていた彼らの王は、満足する表情を浮かべると彼らに命令した。
「宴の始まりだ」




