18
男は自分のことを無視すると思ったのか、彼女の方に近づき、肩をつかんで少し怒った声で言った。
「おい、聞こえてるのか?」
すると、カミラーは仕方ないらしくやっていたことを止め、半分だけ後ろを向いて愛想笑いを浮かべた。
「えっと、何のことでしょうか」
男は無愛想なカミラーの反応に本能的に恐怖を感じながらも、本来言うべきことを言った。
「こ..この付近は、不審者は立ち入り禁止だ。今ここで何をしている」
どうやら、ここの警察のようだった。全くことが面倒に転がっていくんだと、カミラーは心の中で考えた。
「すみません。実はこのホテルで泊まってて、外出の後に部屋に戻ろうと思ったんですけど、近くまで来てみたら警察車両が連なっているものでして...」
まず、場凌ぎで言い訳をすることにした。後々面倒なことになってほしくないからだ。
「......」
警察の男は、うんーと唸り声を出しながら顎に手を当てた。カミラー(男)の言うことが本当なのかどうかを確かめているようだった。
しばらくして、眉間にシワを寄せている警察は話を続けた。
「こんな日光もちゃんと届かないところで、それを信じろというのか?」
「......」
的確な彼の言葉に、カミラーは納得せざるを得なかった。正に彼の言う通り、ここは普通の人が通らない「裏道」だったからだ。おそらく、話が合わないということで怪しまれているのだろう。
カミラーは顔色一つも変えずに言った。
「えっと...ちょうど外出するときにこの道を見つけてですね。この道に沿っていけば目的地まで最短で行けるんですよ。ほんとう、偶然ですよね...はは」
「......」
その後、警察はカミラーの後ろ姿をじっと睨み付けた。その男は彼の言い分を疑っているように見えたが、カミラーにとってこの短い数秒はまるで数時間のように思えた。
しばらくすると、警察は納得したのか、ほっとしながら言葉を放った。
「なるほど。そうだったんですね。思わず疑ってしまい、本当に申し訳ありませんでした」
腰を下げてまで丁寧に謝る警察に、カミラーはいえいえと、片手を左右に振りながら小さく答えた。想像以上に、この警察が鈍感なのが救いだった。怖い顔をしてた割には、処置があまいような気がした。心の中で思わずため息をついた。
その警察は下げていた腰を再び上げると、まだ後ろを面している彼女に優しく言った。
「気をつけてください。つい最近、同じホテルで拉致事件が起きたようなので」
「あ..はい、ありがとうございます」
カミラーは、何事もなかったかのような淡々とした声で言い返した。当事者にそれを言うのは、彼女には少し妙な気分だった。
「あと、ホテルの中に入る時は必ずロビーの受付で身分確認をもらってから部屋の荷物を取りに行ってください」
「はい...」
「また、このようなことは再びしないようにお願いします。犯罪に巻き込まれる可能性があるので」
「......はい」
最初とは違う優しい態度に、カミラーは少し違和感を覚えた。見た目とマッチしない優しさが逆に不快感を感じさせるぐらいだった。
これ以上用はないだろうと判断し、カミラーはそのまま歩いてその場から離れようとした。一歩、二歩、三歩、足を踏み入れたその瞬間だった。
「すみません、最後にお名前だけお伺いしてもよろしいですか?」
後ろから声がし、カミラーは今度は何かと振り向いて足の動きを止めた。実はいきなりの質問に少し驚いていた。
「カミラーです」
彼女は偽りの名前ではなく、自分の本名を出すことにした。最初は、どの名前を名乗るか迷ったが、どうせ本当の名前を言ったところで彼には何もできないと思ったのだった。これはある一種の自信の表れでもあった。
「カミラーですよね。カミーラではなく、カミラー」
「ええ」
カミラーは何気なく答えた。
「珍しいお名前ですね。男性の名前にしてはの意味ですけど」
「そうかもですね...」
それは当たり前だった。この外見の本当の名前は別にあったからだ。おそらく、「伊藤 駿佑」そのあたりだった。
「あくまで捜査の確認のためです。個人情報は他に漏らさないので安心してください。ご協力頂きありがとうございました」
「......」
その後、警察は一度腰を下げて挨拶をし、どこかに向かって去っていった。カミラーは彼の去り際を最後まで見守りながら、再び前へ進んでいった。
警察から解放されたカミラーが向かったのは、人影のない静かなところだった。
都市の雑音がほとんど聞こえない場所に到着すると、彼女は少しイラついた表情をしながら舌打ちをした。
「......」
時間を無駄にしたことと、余計に気を使ったのが気に入らなかった。本来ならすぐに殺しても問題なかったが、体力の少ない今では余計なことをしてまで体力を消耗したくはなかった。まだまだ、これから先やるべきことが山ほどあるのだ。
カミラーは愚痴をこぼすのはそれまでにして、早速手の内から両刃の斧を出して、全世界のインターネット情報網にすべて接続し始めた。これは通常より検索するスピードを限界まで上げるためだった。
今、彼女がやるべきことは二つ。ひとつは早く美口 凛のことを助けて一緒に逃げること。二つはこの世の中にバレてしまった自分の存在を消すために、全力を尽くしてどうにか踠いてみることだった。
もちろん、それが実現可能かどうかは保証はできなかったが、とにかく両方とも成し遂げなければならなかった。それが「異質」として生まれた彼女の運命だったからだ。これに失敗すると200年以上続いた彼女の人生は終止符を打つことになった。
約30秒後、地球にある全ての情報にアクセスしたカミラーは、すぐ動き出す準備をした。調べてみたところ、現在美口 凛が飛行機に乗ってアフリカから日本へ運ばれているという報道を見た。ということは、再び日本に行けば良いということになった。無論、その後、どの地域のどこへ運ばれるのか知る術はなかったが、高い確率で京都にある警察署に移送される可能性が高かった。彼女の家がそこにあり、以前そこで取り調べなどを受けたことがあるからだ。もし、彼女がそこにおらず、どこにも見つからない場合は1秒に一県を移動しながら、半径1km内のセンサーを全部ひっくり返していちいち探すしかなかった。
カミラーは血が滲むほど拳に力を入れ、覚悟の志を心に刻んだ後、何音もなくその場から消えた。
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ざわめく飛行機のエンジンの音が彼女の耳を掠めた。
「......」
横に目を向けてみると、窓越しで白い雲の平野が無限に広がっているのが見えた。どうも、世界は平和のように思えた。心の中は、独白と不安で騒がしいと言うのに、それと正反対の現実は、その世界から切り離してくれるのに十分だった。
機内は鳥肌が立つほど静かで、無言の空気で完全に埋め尽くされていた。少しでも音を出せば、ここにいる全員に聞こえるくらいだった。
美口 凛は、現在警察とともに母国の日本へと運送されていた。逃げる恐れはないとのことで手の動きは自由で、二人の席を一人で独り占めして使っていたものの、トイレなどに行くときは必ず警察官一人と同行しなければならなかった。それが彼女に設けられた一つのルールだった。
また、いきなり立ち上がったり、激しい動きをするのも禁止されていた。今の彼女に許されているのは、着陸するまでただ口を封じて、まるでその場にいないかのように沈黙を維持することだけだった。
無論、彼女もなぜ自分がこのような制限を受けているのかはよく理解していた。それは、彼女自身が何らかの手法で許可をもらうこともなく留置場を抜け出し、殺人事件の犯人の手助けをした疑いを受けているからだった。
当然ながら、彼女もそれらが完全に自分によるものではないということは知っていた。大きな原因はカミラーにある。しかし、同時に責任が自分にあることも理解していた。それらを受け入れたのが自分だからだ。
だが、もし、このような説明不可能な出来事が自分に起こったのを警察に証明すれば、多少自分の罪は軽くなるかもしれない。たとえば、実はある超能力者によって大陸の間を一瞬で飛び渡され、また、殺人犯人を故意的に助けたのではなく、勘違いして家に連れ込んでしまっただけだと証明するのだ。実際これは嘘ではなく、作り話でもない真実だった。
しかし、それらには大きな盲点があった。それは、この主張が普通の人からすれば、とんでもなく信じがたい話だったことだった。まず、この話が本当かどうかは別として、話を最後まできちんと聞いてもらえるかどうかさえ不明だった。常識的に考えれば、そのような話を真面目に聞く人はいないし、もし、それらを立証できる証拠が目の前にあったとしても、それを直接経験してない人からすれば、ただの妄想家もしくは異常者の話として扱われる可能性が高かった。
それを知っているからこそ、彼女はそれを公表せずに黙っていた。つまり、彼女はこの世界が自分の話を信じてくれるまで待つしかなかった。それが彼女にできる唯一のことだった。
「......」
美口 凛は、ふと襲ってくる寂しさによって再び窓の方に目を向け、カミラーのことを思い出した。今のところ彼女がいなくなっている自分に気付いているかどうか分からなかった。多分、あれから数時間経った今だと既に気づいている可能性が高い。
だが、彼女がまた自分を助けに来てくれるかどうかは不確かだった。あの時は、何やらと助けてくれるとか言ってたけど、その言葉を信じていいかは自信がなかった。実は心の奥では、まだ完全に信頼し切っていないのかもしれない。
「......」
美口 凛はガラスに映る自分の姿をぼーっと眺め、太陽の光によってチラッと光り出した自分の瞳に気づいた。その瞳からは湿った水分が下へぽろりと流れ落ちていた。
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「ここは27組。今から全滅した26組の支援に向かう。ターゲットの位置は確認されておらず、79組、80組、81組と合流して目標殲滅の任務と市民保護の任務に取りかかる。以上」
凄まじい勢いで空を飛びながら、あるヒューマノイドが連絡ツールを使って報告をした。その後ろを数人のAIヒューマノイドたちがロケットブーストを吹かしながら追って来ている。
しばらくすると、返答を待っていた無線機から人の声が聞こえた。
「了解。許可する。相手は人間ではないので、くれぐれも身の安全には注意するように。以上」
「......」
話を聞いていたAIヒューマノイドは答えず、電子信号で簡略に返信をした。その話は既に知っていたからだった。何より今はエネルギーを無駄に使う余裕はなかった。
彼らは、ひたすら目標遂行のために目的地へと速やかに移動した。
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「AI兵器26組が全滅したそうです...」
彼女が申し訳なさそうに頭を下げて言うと、スクリーンに目を向けていたジョン • ロックは既に予想していたらしく、平気な声で言い返した。
「そうか...それは残念だ。まぁ、あいつがたったAIヒューマノイド数人で死ぬわけがないのだが...」
その後、彼は再びスクリーンをじっと見つめ、深刻な顔をした。その様子は、まるで何かについて深く考えているように見えた。それに釣られて、彼女も思わず光が放たれる方向に目を向けた。
しばらくすると、スクリーンの世界に夢中になっていた彼は横にいる彼女にふと聞いた。
「リシャ。あれはいったいどういうことだ?」
彼はスクリーンの方を指差した。そこには、本日中央アフリカで起きた交通事故と暴力事件について扱うニュースが流れていた。特に、軍事用AIヒューマノイドがいきなり都心で現れた原因と、破壊されたAIヒューマノイドが最後に残したメッセージについて、アナウンサは重点的に報道を行っていた。その場面を彼は目を凝らしながら見ていた。
「あれは...ですね...」
秘書のリシャは彼の言葉が何を意味するのか気づき、一瞬これについて話すかどうか迷い始めた。これを話してしまうと、主の機嫌を損なわせる可能性があったからだ。しかし、短い間悩んだ挙げ句、彼女は仕方なく正直に話すことにした。
「実は...」
だが、彼女が話す前にジョン・ロックは途中で言葉を切り、少々怒鳴りながら言葉を投げた。
「俺が言ったじゃないか!AIヒューマノイドの管理はしっかりしろと。特に、情報流出に関しては厳格にし、絶対に漏らさないようにと。違うか?」
「......」
部屋全体に響き渡る声に、彼女は口を結んだ。正に、彼の言うことは正しかった。つまり、彼が気にしているのは、本来なら逆らわないべきのAIヒューマノイドがそれを破って、全人類に秘密裏の計画を公表したことだった。ターゲットの情報が漏れたのはともかく、計画がずれてしまったのが気に入らないのだろう。
当時、どんな出来事があったのかは分からないが、何かによって一瞬だけ仕組みが変わり、システムから外れた可能性が高かった。それしか考えられなかった。
リシャはジョン・ロックの顔を慎重に伺いながら、自分の非を謝罪した。
「本当に申し訳ございません。それについて早く申し出るべきだったのですが、どうも遅れてしまい誠に申し訳ありません」
「......」
彼は彼女の謝りにも暫く黙り込み、荒い息を鼻から出していた。相当怒りが収まらないようだった。リシャはそんな彼を横に、再び口を開いた。
「今後は、このようなことは二度と起こさないと、お約束いたします」
「......」
「おそらく、今回の件は自我システムのエラーだと考えられますので、次からは同じことが起きないよう、AIプログラム専門家に依頼して片っ端から直すようにします。それと...」
「......」
リシャは彼の容赦を求めてもっと何か言おうとしたが、話を聞いていたジョン・ロックは、自分のために必死な彼女を見て少し落ち着いたらしく、一ため息をしてから閉じていた口を開けた。
「まぁ、いい。この話はここまでにしよう。既に起きたことだし、これ以上話しても無駄に疲れるだけだ」
「......」
リシャは再び穏やかになった彼の声に安心し、崩れた姿勢を正した。勘弁していただいて何よりだった。
「こうなった以上、次の手に移るしかない」
「.....?」
彼の予想外の言葉に、リシャは首を横にかしげた。彼の考えが全く見えて来なかった。
「リシャ、今からお願いがある」
「..はい」
「現在稼動可能な軍事用AIヒューマノイドを全て出動させてアイツを殺せ。人の反発なんか関係ない。とにかくやれ」
衝撃な彼の発言にリシャは驚かずにはいられなかった。でも、それをグッと押さえて平気を装いながら答えた。
「はい、かしこまりました」
「今回の件が全世界に広がってしまった以上、俺たちの仕業だとバレるのは時間の問題だ。なら、事がより大きくなる前に手を打つしかない」
「おっしゃる通りです」
ジョン・ロックはその後、野望に満ちた顔で微かに口元を上げた。




