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「ありえない...」
烏丸 健司はテレビの画面に視線を固定したまま小さく呟いた。
神谷 陽斗も同じくテレビの画面から目を離せず、口を開けっ放しにしていた。今起きている全ての出来事が幻のようだった。
「......」
ただいま画面の中から爆発音が聞こえ、都市が完全に煙で覆われた。どうやら、交通事故が起きた時の様子を再び再生しているようだった。監視カメラで撮ったらしく、爆発がした後の画面が煙によって真っ暗になった。
テレビのアナウンサーは暴力事件の原因がある身元不明の人物によるものであり、現在犯人は逃走中で当局は全力で捜査していると伝えた。さらに、AIヒューマノイドが残したメッセージが誤作動によるものなのか、それとも今回の事件と関係があるのか取り調べ中とも述べた。
3人はニュースの内容に耳を傾け、渋い顔をしていた。神谷 陽斗は横に目を向けると、まだ余韻が残っている彼に自信ありげに言った。
「これでお分かりですか。私の推測はどうやら、ただの妄想ではないようですね」
しかし、烏丸 健司はそれが気に入らないらしく、認めたくないという顔をして答えた。
「まだ分からないじゃないか。確かに、これが衝撃的なニュースなのは事実だが、今回の殺人事件と関係があるかどうかは分からないし、確実な証拠があるわけでもない。ったく...最近のニュースは頼りにならんな」
「......」
変わりそうにない彼に、神谷 陽斗は首を左右に振った。なかなか手強い相手だった。
「これを見ても、まだそんなことを言うんですか。場所と事件の類似さが一致していると言うのに...」
「俺はそんなことは知らん。俺の目で直接見ない限り、何があっても絶対に信じない」
「......」
意地を張って意見を屈しようとしない姿に、なぜか少し子供のように思えた。自ずとため息が出た。
「最近は偽りのニュースが多すぎる。もちろん、フェイクニュースに対する規制は強くなったけど、まだそれらが残っているのも事実」
「でも、これは公式のニュースですよ。そんなところでフェイクニュースを放送するとは思えないのですが...」
「そいつらも結局のところ人間だ。何かの間違いで真実究明されていない情報を放送したのかもしれないし、例えば今回のように何かしらのバグったAIヒューマノイドのメッセージを、そのままニュースに出してしまったのかもしれない。まぁ、よくあることだ」
「......」
神谷 陽斗は口をつぐんだ。これ以上話しても何も変わらないということに気づいたからだ。
今度は話題を変えて少し皮肉が込められた言葉で神谷 陽斗は言った。
「でも、意外ですね。あれほどAIを信用する烏丸さんがAIの言うことを否定するなんて」
「......」
烏丸 健司は、これ以上何か言おうとしたが、それが矛盾していることに気づいたのか、言うのをやめて言葉を飲み込んだ。考えてみれば、彼の言うことは正しかった。
しばらくして、何かを思いついたらしく再び口を開いた。
「こ..これは例外だ。AIヒューマノイドだって万能ではないし、たまに壊れたやつもいるからな」
「......」
少し声が震えるのを見ると、ある程度心が変わったようにも見えた。これ以上説得しなくても後で自然と変わるだろうと、神谷 陽斗は静かに彼を見守ることにした。
隣で話を聞いていたもう一人の彼は二人の会話に興味ができたらしく、恐る恐る聞いた。
「えっと、すみません。何の話でしょうか...僕には関係ないですよね」
すると、部屋の中にはしばらく静寂が続き、烏丸 陽斗は八つ当たりも兼ねて不満そうに言った。
「お前は知らなくていい。もう、これでいいだろう。さっさと部署に帰れ」
「......」
いきなりの叱責に彼は首を下に垂らしたまま、ドアの方へとぼとぼ歩いていった。
神谷 陽斗は、その後ろ姿を可哀想に眺めながらも仕方ないと思い、気まずそうな顔をした。
彼が部屋から消えた後、二人きりになった彼らの周辺は再度真剣な雰囲気になり、そこで神谷 陽斗は最後の言葉を発した。
「まぁ、ともかく。信じてもらえるかどうかは別として。もし、私の言うことが本当だった場合。彼女の疑いは晴れることになります。そうなると、彼女は無罪になり、これ以上尋問を続ける必要もないでしょう」
「......」
「その時は、何もかもが大きく変わっているでしょうね...あ、今のことは先に覚えておいてください。後で証明して見せますから。では、お先に失礼します」
神谷 陽斗はその後ゆっくりと振り返り、ドアの方へ歩き出していった。烏丸 健司は気に食わない表情で去っていく彼の後ろを眺め、唇を軽く噛み締めた。
ドアが閉まり、何の音も聞こえない部屋の中で一人になっていると、烏丸 健司は今まであったことを整理し始めた。
「化け物か...」
認めたくはないが、今までのことを考えるとその可能性を排除することはできなかった。長い間に渡って捜査を続けても捕まらない犯人。実は、ある程度気づいていた。犯人が普通の人間ではないということに。しかし、もしそうだとしても、それは彼にとってそれほど重要ではなかった。それより大事なのは、犯人の正体が判明し、逮捕された後、自分の立ち位置が維持できるかどうかだった。おそらく情報隠蔽や賄賂の履歴がある彼は、今の状況を維持するのは難しいだろう。あれほど長い間多くの人が死んでいったにもかかわらず、それを数年間も世間に隠してきたのだ。真実が明らかになればなるほど彼の将来は不安定になり、今の生活から遠ざかっていくのだった。同時に、事件の詳細があやふやになればなるほど、彼は今の自分を守ることができた。
「......あのやろうっ..」
烏丸 健司は、最後に言葉を放った神谷 陽斗のことを思い浮かべた。相当生意気になったものだった。彼もまた真実が近づくにつれ不利になるはずなのに、若いからなのか、それとも正義を貫いたい気持ちが勝っているのか、事件に対するその熱い思いがどうも理解できなかった。多分、彼の性格からして後者の方なのだろう。初めて会った時から知っていた。彼は真っ直ぐで、素直で、芯が強い。そこは羨ましいところだが、彼はたまに誰にも理解されないような無茶なことをする。今みたいに破綻の結果が見えているにもかかわらず、まるで自滅する兵士のように前だけを見て突っ走ることだ。それが今までの彼を支えてきたやり方ではあるものの、誰にもおすすめできないほど、あまりにも滅茶苦茶なやり方でもあった。もしかすると、彼は既にそれらのことに気づいていて、覚悟の上で今の捜査に取り組んでいるのかもしれない。なぜなのかは分からないが、若さを捨ててまで、そこまでやらなければならない何があるのかもしれないと、烏丸 健司はその時そう思った。
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狂いそうに脈打っていた心臓が静まり、まるで今まで何もなかったのように、カミラーは元の状態に戻っていた。
長い間生きてきたの老練さのお陰か、普段と違う自分に気づき、これ以上暴れずに落ち着きを取り戻すことができたのだった。
「......」
正直なところ、彼女は今に至るまで何が起きてたのかよく覚えていなかった。今は人目につかない静かな下水口で休んでいるものの、それまで自分が何をして、ここに来ることになったのか全く思い出すことが出来なかった。覚えているのは、高層ビルから落ちて気づけば都市の真ん中を走っていたことぐらいだった。
血だらけの自分の様子からして、どうやら一人で暴れていたようだが、自分がどれぐらいの人を殺し、人の目についたのかは覚えていなかった。なぜか、昔も同じようなことがあった気がしたが、今はただその違和感に身を委ねるしかなかった。また、この大きな都市で暴れたとなると、多分自分の存在が全世界に知らされている可能性が高かった。現時点でどこまで広がっていて、それからどれぐらいの時間が経過したのかは分からなかったが、できる限り早く何らかの対策を練らなければならなかった。
カミラーはもう時間がないと思い、休んでいた体を無理やり動かして、どこかに向かい始めた。
「......」
体を動かしてみると、なぜか体の負担が尋常ではなかった。体的には問題なかったが、精神的に少しきついような気がした。命を削ってまで何かに莫大なエネルギを費やしたかのような感覚。頭は重く、長い間眠りについてたような気分だった。
「...頭痛っ」
カミラーは、おでこに手を当てて下水道の上を歩いていった。前よりは少し楽になった気がした。
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水滴がぽたぽた落ちる下水道を何も考えず歩いていると、カミラーは何か重要なことを忘れていることに気づいた。考えてみれば、自分だけでなくもう一人がいたような気がしたのだ。頭の中に霧がかかったようで思い出すことができずにいたが、確かにもう一人がいた。
しばらく散歩をして頭が軽くなったお陰か、カミラーはその人が誰なのか思い出すことができた。
「凛...」
完全に忘れていた。ずっと前から何か変だとは思っていたが、案の定、彼女のことを忘れていたのだ。
カミラーは、今すぐ彼女を探しに行くかどうか迷い始めた。ここだとセンサーの範囲外で彼女の位置が分からず、どこで何をしているのかも見えなかった。もし、彼女があれからずっと動かずにじっとしていたなら、今もあのホテルにいるはずだが、それはあくまで自分の想定であって、その保証はなかった。
そもそも、今の体が過負荷している状態では、外に出ることすら困難だった。仮に、外に出だとしても誰かに追われたりもすれば逃げ切れるかどうかは不確かだった。
「......」
いや、でも考えてみると、彼女がこれ以上美口 凛のことを助ける理由はなかった。これで縁を切って知らなかったことにすれば、もっと楽なはずだった。体力の消耗が大きい今では彼女の世話をするほどの余力はなく、一人で逃げ切った方がエネルギー保存のためには良い。
しかし、カミラーはそのとき思い出した。あの時自分が彼女に言った言葉だ。
ー前の恩返しとしてねー
ー...私がお前をここから救ってやるー
考えてみれば、あんなことを言っていた。無論、そんな言葉なんか全部忘れて昔みたいに生きればいいはずだったが、なぜか、なかなかその選択肢には心が動かなかった。
しばらく忘れてはいたものの、彼女との新しい人生を選んだのは、この退屈極まりない生活から逃れるため、また、より意味のある人生を送るためだった。いくら自分のためとはいえ、約束を簡単に破って何もなかったことにする訳にはいかなかった。もし、そのようなことをしてしまうと、今まで生物として大事にしていた何かを失うような気がした。
「......」
カミラーは首を左右に振った。どう考えても、それはあり得なかった。もともと感情なんか感じない彼女だったが、今回だけは理性を捨てて感情に任せることにした。これが縁かもしれないと、カミラーは心の中でそう思った。
今の位置を確認するため、彼女は頭の中でマップを開いた。そして、ズームインをして場所を確認した。すると、彼女は美口 凛がいるホテルから約50km以上離れているところのいた。一体何があってここまで来たのかは分からないが、相当暴れていたようだった。道理で体力が残っていない。
カミラーは、いつ危険が襲って来ても大丈夫のように気を鋭くして警戒しながら、少ししか残っていない体力を使って目的地へと移動した。
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再びホテルに着くと、カミラーは何かが大きく変わっていることに気づいた。今はホテルの外側にいるが、周辺の雰囲気がホテルを出たときとは全然違っていた。
まず、警察の車両が出口のところに多く集まっていた。何があったのかは分からないが、直感的に自分にとって良くないことが起きているような気がした。何となくそんな気がした。
警察が話しているのを盗み聞きしていると、彼女はホテルで拉致事件が起きてたのを知った。さらに、より耳を傾けると、警察は誰かが逮捕されたようなことを言っていた。
カミラーは自分に関することかもしれないと不安を感じ、すぐに透視能力を使ってホテル内を覗き込んで部屋の中を確認した。すると、しばらくして彼女は何かが間違っていることに気づいた。
なぜなら、いるべき存在の美口 凛が部屋の中にいなかったからだ。部屋の中には、たくましい体の警察官しかおらず、どこに目を向けても彼女の姿は見当たらなかった。
カミラーは絶望した。予想通りこれは自分と関係のある出来事だったのだ。ということは、警察が言った逮捕された人っというのは恐らく美口 凛のことである可能性が高かった。
しかし、カミラーには理解できなかった。その理由は、あの時部屋の外には絶対に出るなと彼女に言ったからだ。それにもかかわらず、約束を破ったのか、それとも、仕方なく外に出てしまったのか、いつの間にか逮捕されていた。
カミラーはこれからどうするか戸惑い始めた。もう約束を守ると決めた以上、事を果たさなければならなかったが、どうすればそれが達成できるのか全く方法が思いつかなかった。
まず、カミラーは先に彼女の位置を把握することにした。探しに行くといっても、位置が分からなければ何もできないからだ。そのために、彼女はインターネットに接続し、空中に手を回しながら彼女に関するすべての情報をさぐりだした。その時だった。
「おい、そこの君」
後ろから男の低い声が聞こえた。カミラーは、呼びにも体を向けずに、調べることを続けた。呼ばれたことは知っていたが、今はそれよりもっと大事なことがあった。




