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事件が起こる前、実はバイクを避けることもできたが、カミラーはそうはしなかった。むしろ、瞬間移動をせず、直面で突っ込んでくるバイクを手でぶち壊した。理由は簡単だった。
それは、周辺にいるAIヒューマノイドたちと人の目が気になっていたからだ。いきなり目の前の人が消えてしまうと、ここに自分がいると疑われる可能性がある。無論、当時の人々の注目は暴走族たちに向けられており、位置がバレることを心配する必要はなかったのかもしれない。人の目なら簡単に騙せるからだ。しかし、問題は機械の目は騙せないということだった。いくら人の視線が暴走族に集まっていたとはいえ、AIヒューマノイドや人の顔をすべて覚えているぐらいの監視カメラから逃れることは、ほぼ不可能に近かった。絶対に引っ掛かる。だからこそ、わざとぶつかり、ただの事故であると見せかけた。しかし、問題は今の彼女の体が思うようには動かないということだった。
疾走するバイクを真っ正面から受け止めたせいか、身体の一部が損傷を受け、移動能力を使って逃げ出すことができなかった。今は黒い煙が周囲を覆っているため、誰にも見つからず一人静に回復しているものの、どうも回復速度が全身を纏っている炎の火傷速度を追い付けることができなかった。いつまでこの状況が続くかは分からないが、おそらく、何分後には消防士などが来て燃え上がる炎を鎮圧してくるかもしれない。それまで、彼女は早くここから逃げ出す方法を見つけなければならなかった。
「......」
カミラーは体の回復に全力を尽くし、ここから脱出することを試み続けた。
彼女がそうしている間。事故現場の近くにいたAIヒューマノイドは火災のところに目を向け、その中をスキャンし始めた。しばらくして、何かを見つけたらしく、すぐ今の状況が撮られている動画をどこかに送信した。すべてのAIヒューマノイドは一つの大きなデーターメモリーを共有しているが、そこに送ったのだった。
「Upload complete」
それから約3分後、空から数十人のAIヒューマノイドたちが、ロケットブースターを噴射しながら降りてきた。カミラーは、やっと回復を済ませることができ、直ちにその場から離れた。
連絡を受けて現場に到着したAIヒューマノイドたちは、受け取った情報を元に未だに活発に燃え上がる炎の中をスキャンした。しかし、そこには予想とは違い、誰も見つからなかった。見えるのは黒く焼け焦げたバイクと既に命を絶って路上に倒れている人たちだけ。AIヒューマノイドは、うーんと唸り声を出した。
「No target detected. The data does not match (ターゲットを検出できません。データが一致しません。)」
既にカミラーは立ち去った後だった。AIヒューマノイドたちは仕方なくリーダーの命令に従い、近くにあった消火栓から水を引き上げて、火災のところへ水を噴射し始めた。そして、残りのAIヒューマノイドは怪我した人たちの救出を助けた。
一方、カミラーは高層ビルの屋上で、そのAIヒューマノイドたちが救援する光景を見下ろしていた。間違いなく、下に見えるAIヒューマノイドたちは、あのとき遊園地で見た軍事用のヒューマノイドだった。もうここまで突き止めたのかと、カミラーは歯がゆい気持ちになった。まだ1日も過ぎてないというのに、すぐ近くにいるのだ。無論、彼女がここまで心配する必要は一ミリもなかった。たとえ自分の位置が発覚されたとしても、彼女自身が捕まる確率は極めて低いからだ。しかし、彼女は今一人ではなかった。少し離れてはいるが、近くのホテルに美口 凛が泊まっている。彼女が今部屋の中で何をしているのか、カミラーには大体分かっていたが、どんな時も一緒に動かざるを得なかった。無論、カミラーも知っていた。そんなことをせず、一人で逃げればもっと楽だということを。だが、もし一人で逃げたとしても、自分の人生が少しも変わらないということを、彼女は誰よりもよく知っていた。むしろ、もっと空しくなるだけだ。そもそも、今までこのような選択をしてきたのも全部理由があるはずだった。おそらく、この終わらない人生を意味づける何かを求めてきたからなのだろう。
その時だった。後ろから重たい音がし、ビルの柵に腰をかけていたカミラーの体は前に倒れ始めた。カミラーは一瞬、今何が起きてるのか理解できずにいたが、しばらくして、おでこに手を当ててみて初めて何が起きたのか気づいた。
「は...?」
彼女の頭部に大きな穴が空いていた。カミラーは倒れながらチラッと後ろに振り向き、誰の仕業なのかを確認してみた。すると、そこには以前会った軍事用AIヒューマノイドが、銃をこっちに向けて同じビルの上に立っていた。
どうして、あいつがここにいるのか、そして、なぜ気がつかなかったのか、彼女には納得がいかなかったが、もしかすれば、さっき傷を負ったせいで気が緩んでいたのかもしれない。それとも、事前にどこかで潜伏していたとか、ステルス能力でも備わっているのかも。
カミラーは、予期せぬ事態に悔しさと怒りを覚えながら、力なく地面へと墜落し始めた。何とか体を動かそうとしたが、スタンでもかかったかのように全く動いてくれなかった。彼女の身体は重力によって加速していき、やがて時速百キロを越えるスピードで地面に叩きつけられた。
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その一方、部屋の中で一人の時間を楽しんでいた美口 凛は、ただいま外で何が起きているのかも分からず、ベッドの上でうつ伏せになって携帯をいじっていた。
もちろん、彼女も今こうしているのが少し不安ではあったものの、ご飯を食べた後の飽満感のためか気分は最高潮に達し、誰にも邪魔されない今の瞬間がとても幸せだった。
それから約30分後、そろそろ携帯と遊ぶことに飽きてきた美口 凛は、携帯の電源を切って仰向けになり、ぼーっとした顔で白い天井を眺めた。
やはり、どうしても頭の奥にある不安が消えなかった。考えてみれば、ここは母国の日本ではなかったし、なにより、彼女自身はカミラー無しでは何もできなかった。もし、カミラーが戻って来なかったら、これからどうすればいいんだろうと、彼女はしばらく妄想にふけてみた。
無論、貨幣は世界共通なので、お金の心配をする必要はなく、言語もスマホがあるので何とかなるかもしれない。しかし、問題はここが何処かも分からない異国で、自分一人でそんな見知らぬところにいるというのは、それだけでとても心細かった。また、今は警察などに追われている状況であり、自由に外を動き回ることもできない。
考え込んでいた彼女は、ふと家族のことを思いつき、悲しい想いに駆られた。こんなことをしてしまった自分が情けなく、早く家族の元へ帰りたい気分だった。両親が自分のことを両腕を広げて歓迎してくれるかどうかは分からないが、たとえ叩かれることがあるとしても、許しを乞って元の生活に戻りたかった。
美口 凛は、左手に握られているスマホに再び電源を入れ、アルバムのアイコンをタップした。すると、多くの写真集が表示され、彼女はその中からひとつの写真を選択した。
「......」
この写真は、確か今から約2年前に撮ったものだった。久しぶりに帰省したときにお母さんと一緒に撮ったもの。当時のお母さんの調子はよく、高校卒業以来、二人で初めてカフェに行ったのだった。そのときの思い出を彼女はすごく懐かしんでいた。あの頃は、あれほど楽しかったのに、今はどうしてこうなってしまったんだろうと、彼女は対比する現状に大きなため息をついた。
画面をスクロールしながら昔の思い出に浸っていると、彼女の目は、ある動画の方に向けられた。この動画は、確かカミラーと初めて会った時に撮ったものだった。覚えている限りでは、この動画の中に殺人現場が写っており、後で犯人と再会した時に犯人を脅かす切り札として使うつもりだった。無論、その犯人というのはカミラーのことで、当時はそこまで頭が回らず忘れていたのだが、考えてみればそうだった。
当たり前ながら、今は友達、そして協力関係にある彼女を裏切るつもりはなく、この動画をこれから使うこともないはずだった。美口 凛は、この動画を消そうかどうか迷い始めた。もう必要ではなかったし、ずっとアルバムに保存していても不要なメモリを占めるだけだった。彼女は、ゴミ箱アイコンをタップし、削除ボタンの方に指を近づけた。そして、ボタンを押すために指に力を入れた。その瞬間だった。
玄関の方からチャイムが鳴り、美口 凛は心臓がバクバクするのを感じながら音がした方向へ首を回した。今のこのタイミングに誰がインターホンを鳴らしたのかは分からないが、ともかく、驚きすぎて体全身から冷や汗が止まらなかった。
彼女は手で握っていた携帯をベッドの上に置き、静かにドアがあるところに体を少しだけ横に出した。カミラーの伝言によると、絶対に外には出るなとのことだった。一人で予約しているので、今部屋の中に誰がいると疑われてしまうというのが、カミラーの言い分だった。これは、先ほどの発信元不明のメッセージから分かったことだった。
「ホテルのフロントでございます。只今、お部屋の中にいらっしゃいますでしょうか」
ドア越しで、ある女性の声が聞こえた。どうして、この中に人がいると分かるのか疑問に思えたが、気をしっかりして絶対に答えないことにした。ただの留守確認かもしれないので、答えなければ分からないはずだった。彼女は、静かに後ろに後ずさりし、ベッドの上に座ろうとした。
しかし、その途端、足元から変な音が聞こえた。背中から伝わる寒気とともに、下に頭を下げると、そこには、先ほど食べた出前の容器が入ったビニール袋があった。プラスチック製でできているためか音が大きく、クシャッとした音が部屋全体に広がった。
「?えっと今、なんか音がしたような。佐藤様、お部屋の中にいらっしゃいますか?」
ほぼメンタルが崩れる寸前の顔で、美口 凛は呆然とドアの方を眺めていた。今の状況が信じられなかった。食事を終えた後、ビニール袋をしばらくベッドの下に置いたのを全く忘れていた。なぜ、このタイミングに、こんなことをしてしまうのかと、自己嫌悪に陥りそうだった。
しばらくして、廊下の方でバタバタと複数人の足音と人声が聞こえるようになり、やがて静かになった。事態が終わったの思いきや、向こうから声がした。先程の女性だった。
「警察官さん!こっちです!」
その後、ドアノブが激しく揺られ、何度も同じ行動が繰り返された。彼女はその様子を遠くから眺めながら、言葉にならない恐怖に飲み込まれた。もうドアが完全に閉まっていると気づいたのか、ドア越しに金属類を取り出す音が聞こえ、どこかに差し込んだらしく重たい音がした。そして、ドアノブがカチャッと回され、ドアが開かれた。
廊下から黄色い系の蛍光灯が差し込むと同時に、背高い男性二人が押し入ってきた。彼らは黒い服装に武装しており、直ちに部屋の中の彼女に近づきながら、大きな声で叫び出した。
「Don't move! Don't move!」
美口 凛は彼らによって押し倒せれ、圧倒的な力で両手を完全に封印された。彼らは、下に拘束されている彼女に英語で何やらと話しているようだったが、彼女には全く分からなかった。おそらく、黙秘権等について語っているようだった。
「Suspect secured, One individual, All clear (容疑者を確保、一人、異常無し)」
「Others clear, Returning now (他も異常無し、帰還する)」
彼女はそのまま彼らと一緒に連行され、心配そうな顔の職員女性を最後に、部屋の外へと連れ去られた。彼女は、連行されていく中で一言も話さなかった。理由は、すでにこうなることをある程度予測していたからだった。彼女は今の結果を否定してみたかったが、心の中で伝わらないはずの助けを求めるだけだった。
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美口 凛が部屋から消えたあと、部屋の中には少数の人だけが残っていた。担当の刑事とAIヒューマノイド、あわせて4人ぐらいだった。
彼らは捜査を進めていき、その中の一人は、後ろ向きでベッドの上に置いてある携帯を発見すると、それを手にとって確認してみた。電源は切られておらず、画面がついたままだった。おそらく、先程逮捕された人のものだろう。よくみると、画面はアルバムのある動画を表示しており、刑事は一度止まっている動画を再び再生してみた。しばらくして、眉間にシワを寄せて動画を視聴していた刑事は、ある時点で動画を止めて、驚いた顔で隣の刑事に聞いた。
「こ..これは...」
隣にいた刑事も動画を見てから同じ顔をし、深刻な声で彼に答えた。
「まだ、はっきりと断言はできないが、これはきっと重要な証拠になる」
「......」
「今、何が起こっているのかは知らんが、おそらく、これは普通の事件ではないな...」
「そうだな...」
止まっている動画の中には、路地裏で人が倒れている殺人現場の様子が丸ごと写っていた。




