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一方、留置場から逃げ出した彼女たちは、カフェでテーブルを挟み、向き合って座っていた。無論、カミラーは現在指名手配中であり、身元がバレるの恐れがあったため、別の姿に変えた状態だった。そこで、美口 凛は向こうの彼女に聞いた。
「ね、そんなこともできるんだね!すごい!その能力ってどこから手に入れたの?」
少し大きい声に、カミラーは慌てながらも落ちづいた声で答えた。
「...生まれつきのものだよ。詳しいことは自分自身にもよく分からないけど...」
「へぇ...そうなんだ」
美口 凛は興味深い表情で切り替わった彼女の顔を眺めた。その一方、カミラーはチラッと見てくる周りの人たちが気になっていた。ほんの数秒ではあったが、たったの1秒で約5人の人がこっちを見てきたのだ。カミラーは思わず小さなため息をついた。
「......」
「ね、結局カミラーって何で私のこと助けようと思ったの?」
「...?」
「どう考えても私を助けてくれる理由がよく分からなくてさ...だって、あの時、急に家から消えたんでしょう?」
彼女の言葉に、カミラーは頭を上下に頷いた。確かに、そうだった。あのときは気づけば見知らぬ人の家の中にいたし、刑事が家に近づいてきてたから本能的に逃げただけだった。無論、彼女はもともと人間にやさしい方ではなかった。この女の子に会うまでは。今のこの状況はカミラーにとっても初めてで、異常そのものだったのだ。
カミラーは、テーブルの上に置いてあるコーヒーを一綴りすると、美口 凛に言った。
「だから、言ったでしょう?前の恩返しとして来ただけだって」
「でも、やっぱおかしいよ。だって、もしそうだとしても、私を助ける理由にはならないもん」
「なんで?」
「うん...何て言うか、割に合わないというかな。もし、私がカミラーだったら、私は絶対に後ろに振り向かず全力で逃げると思う」
「......」
「無論、私があの時カミラーを助けたのは事実だけど、そんなすごい能力を持ってたんなら、私の助けってただの邪魔だったんじゃないかなって...だってあの時のカミラーの表情ってすごく怖かったし...」
「......」
美口 凛の言葉を聞いて、カミラーはしばらくの間考え込んだ。彼女の言い分は分かっていた。つまり、彼女は自分が彼女を助けるのは何かの特別な目的がない限りあり得ないというのが言いたいのだ。まだ、自分のことを疑っているのか、それともテストしているのかは分からなかったが、彼女のその気持ちは十分理解できた。今はこうしてニコニコと笑みを浮かべながら話しているが、心の中では不安と疑心でいっぱいなのかもしれない。
しばらくすると、カミラーは向こうに座っている彼女に言った。
「それがそんなに知りたいの?」
「やっぱ、何かあるの...?」
「いや、何かがあるわけではないんだけど...」
その後、カミラーは一人で考え始めた。実は、完全に何かがないわけではなかった。正確にいえば、美口 凛を助けた理由というのは、恩返しのためでもあるけれど、その本当の理由というのは別のところにあった。
路地裏で最初に彼女と会ったとき、カミラーは何か特別な感覚を受けた。それは今まで感じたことのない不思議な感覚だった。少なくとも、あの時の出会いが初めてではないような気がしたのだ。
それをきっかけに、カミラーは無意識の中で親近感を抱き始めた。無論、人間というのは、彼女にとってただの下の異種にすぎず、色々と迷惑をかけてくる面倒な存在以外何者でもなかった。しかし、彼女との出会いを機にそれが少しずつ変わっていった。これが運命だったかどうかは分からない。だけど、確かなのは彼女がカミラーにとって特別な存在であることだった。
怒りの不在。カミラーが人間と距離を置き、人と仲良くしようとしなかったのは、そのためだった。しかし、彼女は違った。長い間何度も克服しようとした怒りの呪いが、彼女には発現しなかったのだ。
さらに、カミラーの心を動かした決定的な原因は、彼女の行動にあった。彼女も同じことを感じたかどうか知る術はなかったが、偶然にも彼女はカミラーのことを庇うような行動をとってくれていた。それはやがて知らず知らずのうちに、信頼へと変わっていき、カミラーが心を開くきっかけになった。
要するに、カミラーが再び彼女に会いに行ったのは、彼女と「友達」になりたいという気持ちが芽生えたからだった。怒りを感じない彼女となら、それが実現するのではないかと、カミラーは考えたのだ。
少しぎこちなくなったカミラーは、ゆっくり口を開けると言った。
「私が本当のことを言ったら信じてくれる?」
「な...何...?」
「だから、今から少し変なことを言っても、それを受け入れる準備ができたのかどうか聞いてるんだよ」
「いったい何が言いたいのかは分からないけど、いいと思う...言ってくれる...?」
「......」
しばらく沈黙が続いた。頭の中にはひとつの単語だけが思い浮かんでいたが、それを口に出すのは思ったより難しかった。決しておかしい言葉ではないはずなのに、中々口が動かなかった。やがてカミラーは、自分の顔を覗き込んでいる彼女に言った。
「と.も.だ.ちが欲しかった」
「......?」
「だから...」
「...ごめん、よく聞こえなかった...」
美口 凛は耳を傾けて、カミラーの方に少し体を近づけた。なぜ、このタイミングに聞き逃すのか少し腹が立つ気持ちだったが、仕方なくもう一回言うことにした。
「友達...」
「...?」
「ともだちが欲しかったの」
「あ、なるほど!つまり、友達が欲しかったということね!」
「......」
自分が言ったことを大きな声でもう一回言う美口 凛のことが、カミラーは気に入らなかった。思わずため息をついた。
「でも、本当にそれが私に再び会いに来た理由だったの?」
「......」
言葉を発することはなかったが、カミラーは一目では分からないぐらい小さく頷いて見せた。それを見て、美口 凛は細やかな笑みを浮かべた。
「へぇ、なんか意外だね。とっくにどこかに連れ去るために私に会いに来たのかと思ってたけど」
「......」
「なるほど...そうだったんだ...私は最初は殺しに来たのかと思って、すごく緊張してたけどそうでもなかったんだね」
「......」
さっきより少し明るくなった彼女の雰囲気に、カミラーはそれを静かに観察しながらも、彼女に質問した。
「あのさ...」
「うん?」
「私が言ったこと疑わないの?」
「疑う?なんで?私はカミラーがウソをついてるとは思ってないよ?」
「でも、お前と私は、こうやって話し合って間もないぐらいの仲なんだよ?そんな短い関係の人のいうことをそう簡単に信じるの?」
カミラーの言葉を聞いて、美口 凛は少し考え込む仕草を見せると、しばらくたってカミラーにこう答えた。
「そりゃー信じるよ」
「...?」
「もちろん、100パーセント信じると言ったらそれは嘘になるけど、でも、私はさっきカミラーが言ってくれたことは信じてみたい」
「.....」
「うん...これは、私の直感的なものなんだけど、私はカミラーがそれほど悪い人だとは思ってないし、結構いい人だと思ってる。だから信じてみたいんだ」
「......」
そこでカミラーは、「いや、そんなはずがない。自分はそんないい人じゃないんだ」と叫びたい気持ちだったが、それがそのままイメージ通りに出てくることはなく、ある一種の感情の表現として現れた。
「いや...」
「うーうん。知ってるよ?多分、人を殺したのが気になってるんでしょう?そんなの既に知ってるし...今はその話をしてるんじゃないんだ」
「......」
「無論、カミラーがあの時殺人を行ったのは事実かもしれない。けど、その行動はカミラー自身がそれを好きだからする行動ではないと私は思うんだ。だってあの時、私の首を締め付けるときのカミラーの表情って全然楽しそうには見えなかったんだもん」
「.......」
「だから、私が言いたいのは...カミラーは悪い人ではなくて、ただ他の人より過ちを犯しやすい人だと思う。この世界は人の行動の結果を見てその人を判断しがちだけど、さぁ、私はどうだろう...私はやはり中身の方が大事だと思う。人は誰だって過ちを犯すものだし、完璧ではないから。何より、本当に悪い人だったらわざわざこんなことはしないと思うよ?」
「......」
美口 凛の言葉を聞いて、カミラーはしばらくの間じっとしていた。これは、今の彼女が言ったことがカミラーにとってあまりにも新鮮で衝撃的だったからだった。
今までこの子はバカだと思っていたけど、それはどうやら、ただの自分の思い込みだったのかもしれない。この子は頭が悪いのではなく、ものの見方が他の人と違うだけだったのだ。
その後、カミラーは色々考えさせられた。本当に自分は悪い人ではないのだろうか。もしかすると、ただ普通の人とは違う形で生まれただけではないだろうか。そのまま人の社会に紛れ込まれ、異なる運命を果たしているだけではないだろうか。それが、今の状況を作り出したのではないだろうかと。
なぜか、今までの自分の存在へ疑問が少しづつ溶けていくような気がした。やはり自分がこの子を選んだのも実は全部理由があったからなんだと、カミラーは思った。思わず、心の距離が音もなく近づくような気がするカミラーだった。
しばらくすると、口元が少し上がっているカミラーはテーブルを挟んでいる彼女に言った。
「なるほど...お前はそう思っているんだね。まぁ、それが本当かどうかは自分にはよく分からないけど、他人のことはちゃんと疑った方がいいわよ」
その後のカミラーの言葉は、より美口 凛を驚かせた。
「りん」
その言葉を聞いて、しばらくぼーっとしていた美口 凛の両目は、ますます大きくなっていった。
「ねえ!今、名前で呼んでくれたよね!嬉しい!なんか、本当に友達になったみたいじゃない!」
「......」
そこでカミラーは何か言い返そうと思ったが、やめることにした。なぜか、言葉にならない変な気分になりそうだったからだ。
「おい、声を下げろよ。今私たちが逃走中なのもう忘れたの?」
「あ、ごめん。ごめん。ちょっと気上りすぎちゃった。ひっ」
美口 凛は拳を頭に当て、うっかりしたことを体で表現した。なぜ、そんなことをするのかはカミラーには理解できなかったが、まぁ、許すことにした。
それから、もう少し話そうとカミラーが美口 凛に声をかけようとする、その瞬間だった。カミラーはすぐ隣から感知された異変な気配に気づき、直ちに警戒体制に突入した。そして、美口 凛に向かって伸ばされた手を掴み、狂う寸前の顔で聞いた。
「今、何してるんですか...?」
「.......」
カミラーのルビーに似た電灯に照らされ輝く瞳が、ある一点に止まった。今、カミラーが手を掴んでいる主の正体は、この店の受付をしていたあるAIヒューマノイドだった。なぜ、このヒューマノイドがここにいるのかは、カミラーには理解できなかったが、一旦話を聞くことにした。
「あ、はは、誠に申し訳ございません。お客様。実は、ただいま何か変なことをしようとしたわけではなく、確認して置かねばならないことが一つだけありまして...」
「はぁ...?それは一体どういうことだ。私たちはこれ以上、何か注文した覚えはないのだが」
「だから、それがですね。お客様...」
なぜか、不安な予感がするカミラーだった。彼女は、本能的にこれ以上ここには留まれないことを悟り、すぐ動けるように準備し始めた。
「お二人の大切なお時間に、ご迷惑をおかけしてしまうのは十分承知していますが、一瞬だけその帽子を外していただけますでしょうか。最近のAI方針変更によるものですので、どうぞご協力お願い致します」
「......」
しばらく沈黙が続いた。今、美口 凛は帽子を被っていた。それは、当たり前ながら周りからの目から逃れるためだった。彼女は現在逃走中であり、顔が知られてしまうと色々と面倒なことになるからだ。
おそらく、今は帽子によって顔が完全に特定されずに、最後に一回だけ確認を貰おうとしているのかもしれない。そこまで気づくと、カミラーは向こうに座っている美口 凛に目でサインを送った。彼女もそれに気づいたらしく、少しだけ首を上下に動かした。
「逃げよう」
その瞬間、カミラーは、目では追えないぐらい素早いスピードで、AIヒューマノイドの頭をぶっ殴った。すると、鉄が歪む音とともに殴ったヒューマノイドの頭部が床に転がり、そこにいた人々は悲鳴をあげ始めた。
「キャー」
「な...何だあれは」
「ここにバ...バケモノがいる!」
面倒臭くなった状況に、カミラーは一つ嘆息を漏らした。
「あ、やらかした」
その後、カミラーは同じく驚いた顔をしている美口 凛の手をつかみ、瞬時にそのカフェから姿を消した。
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彼女たちが一緒に逃げたところは、人が多く、なぜか甘い匂いが漂う場所だった。特に若者が多かった。
「えっとここは?」
「テーマパークだよ」
「何で遊園地なん?」
「......」
納得がいかないという表情の美口 凛の質問に、カミラーはうまく答えることができなかった。ただ、行きたかったからだろうか。それとも、人が多いこの場所がむしろ逃げ場所にはいいと思ったのかもしれない。
「......だって、もうこれからこんなところには来れないかもしれないだろう?」
カミラーの意外な言葉に、美口 凛はしばらく考え込んだ。確かにその通りだった。
「それは、確かに...」
「これから同じ仲間、そして友達として最後の遊戯を楽しんでみたいだけさ」
「.....なるほどね...これからずっと逃げるだけだと、こんなことももうできなくなるってことね」
「そう、その通り」
しばらく、静寂が二人を包み込んだ。これから自分たちに襲ってくる未来が見えてきたのかもしれない。
「でも、テーマパークって贅沢すぎない?」
「......」
美口 凛は、やはり罪悪感を感じたのか、少し不安そうな顔で聞いた。すると、カミラーは少しも表情を変えないまま答える。
「じゃ、もう遊ぶもはやめて、今から逃げる準備しようか。私は別にいいよ。いつでも準備はできてるから」
カミラーの冷静な言葉に、美口 凛は考えを改めたのか、首を横に振った。
「い、いや。今がいい。分かった。カミラーの言う通り最後の遊戯を楽しもうー!じゃ、行こう!」
美口 凛はそう言って、楽しそうに前に進み始めた。カミラーはその後ろ姿を見ながら、滑稽さを覚えたが、仕方なくその後ろについていった。




