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「何でこんなところにいるの...?これって夢?」



美口 凛は、自分の目の前に立ち尽くしている彼女を見ながら言った。



「夢じゃない。現実だよ」


「でも...あなたは実在する人物では...」


「この世の中には常識では解明できないことがたくさんある。驚くのは仕方ないと思うけど、私はお前に用事がある」



美口 凛は、まだこの状況が理解できないという表情だったが、勇気を出して目の前の彼女に言った。



「何が目的なの...?」


「うん...それを今説明するのは少し難しいかもしれない」



カミラーはその後、しばらく考え込んだ。目的は何だと言われても、自分自身にもよく分からなかった。確かなのは自分の心がそう動いただけ。



「とにかく、これから私と同行してもらう」


「その理由は何...?私を殺す気なの?」


「違う」


「じゃ、何?いったい私と何がしたいの...?」


「......」



沈黙が続いた。二人の間で妙な神経戦が生まれた。



「だから、余計なこと言わずについて来いって」


「いやだよ。そもそも、誰かも知らん人に付いていく訳ないでしょう。一度は騙されても二度は騙されないよ」


「......」



彼女の頑固な態度に、カミラーは手こずった。無論、力ずくで連れていく方法もあったが、それだと意味がない。大事なのは、彼女が自力で動いて、選んでくれることだった。



「じゃ、こうしよう」


「今度は何のつもり...?」


「今から、私から一つ提案をする」


「......?」


「お前って、もうこのままだと刑務所に入るのは、ほぼ確定でしょう?」


「それは...多分、悪いことをしたあなたのせいでしょう...?それがどうしたのよ。その罰を受けるのは私ではなく、あなたはずなのに」



美口 凛はその後、今の状況が気に入らないらしく、腕組をした。それに続いてカミラーは話を続ける。



「だから、私が手伝ってあげる」


「な...何を...?」


「脱出。今からお前をここから出してやる。そして、私と一緒に逃げよう」


「嫌だよ。絶対にいや。行くわけないでしょう」


「何で?私はとてもいい提案だと思うけど」


「何度も言わせるのよ。何回言われて嫌なのは嫌なの」



断り続ける美口 凛の態度に、カミラーは納得がいかないという表情で目の前の彼女を眺めた。ずいぶん、信頼されていないようだった。



「でも、このままだとけっこう長い間苦労することになるよ?もうこれ以上普通の生活に戻るのは難しくなるし、人間関係や信用だってめちゃくちゃになる」


「そ...それは...しょうがない。これから何とかする...」


「本当に...?」


「うん......そもそも何で私が苦労する前提なのよ。あんたが自首すれば、私がそんな目に逢う必要もないでしょう?」


「まぁ、それはそうだけどね」



そこまで気づくと、美口 凛は一度周りに目をやり、自分に残っているエネルギーを全部振り絞って叫び出した。



「お巡りさん!今どこにいますか!助けてください!!ここに侵入者がいますよ!!」



だが、喉の痛みに耐えながら叫んでも警察が来ることはなく、建物の中に自分の大きな声が響くだけだった。なぜか、叫んだ後の部屋の空気がより静かになったような気がした。



「無駄だよ。もう既に周りの警察は全部気絶させておいたし、AIヒューマノイドだってボロボロ。まぁ、しばらくすると誰かが異変に気づいて来てくれるかもしれないけど、それまでは、いくら叫んでも誰も来ないよ」


「そ...そんな...」



カミラーの言葉に、美口 凛は絶望した顔で頭を下に垂らした。かなり衝撃を受けたようだった。



「だから、そんな無駄なことはせず、私の言うことを聞いてくれればいいのに」


「.......」


「警察じゃ私を止められないよ。もし、警察が来たとしても、私はまた逃げればいい。結局、損するのはそっちだけ」


「.......」



美口 凛は、言葉を発さなかった。その様子は、まるで今までの希望を全部失ったかのように見えた。



「これが、夢ならいいのに...」


「残念だけど、これは夢ではない」


「ずっと目を背けてきたんだけど、何で現実は変わらないんだろう...もう...本当この世界嫌だ」


「......」



その後、美口 凛はもう耐えられなくなったのか、両手を目に当て涙を流し始めた。それは長い間続いた。カミラーは、その様子をすぐそこで見守っていた。悲しみを感じることはなかったが、以前、このように心が弱くなっている時を狙えばいい、という情報を見たことがあった。



「じゃ、これは私のお前に対する恩返しだと思ったら?そうすれば、その罪というやらも消えるはずし、お互いウィンウィンだと思うけど」



カミラーはそう言い、まだ泣いている彼女の方に近づいていった。そして、手を差し伸べた。



「もう知らん...話しかけないで」


「......」



何かこれ以上話そうと思ったが、やめることにした。今は放って置くのが一番だと考えたのだ。


しばらくすると、泣いていた彼女は涙が止んだのか、俯いていた頭を上げ、カミラーの方に目を向けてきた。彼女の目は少し赤色を帯びていたが、何か言いたいことがあるようにも見えた。



「あのさ......」


「うん?」



予期せぬ彼女の質問に、カミラーは少し驚いた表情を見せた。



「だから...あれって本気なの...?」


「何が?」



大体何が言いたいのかは分かっていたが、わざと知らない振りをした。



「さっき言ったやつ」


「具体的に言ってくれないと分からないよ?」


「......」



美口 凛は、言うのが恥ずかしいのかそれとも悔しいのか、体をくねらせた。カミラーはそんな彼女の姿を目の前にしながら、思わず小さく鼻で笑った。



「だから...私のこと助けてくれるって言ったでしょう?」


「うん。確かにそう言ったよ。前の恩返しとしてね」


「じゃ、私のこと助けてくれない?もう、怖くなってきたお願い...」


「......」



突然の懇願に少し驚いたものの、カミラーは物事が自分の思いどおりに動いていることに、心の中で笑みを浮かべていた。



「分かった。その願い承るよ。私がお前をここから救ってやる」


「でも...どうやって助けてくれるの?何か方法とかはある?」



彼女の心配そうな顔に、カミラーはしばらく考え込み、答えた。



「方法は簡単だよ。ずっと逃げるだけ。いくら警察やひとに追われても逃げ続けるの」


「そんなこと、本当にできるの...?」


「無論、できるよ。今までずっとそうやって生きてきたから」



美口 凛はそのあと、少し疑うような顔で彼女のことを見ていたが、カミラーはそんな彼女に気付き、自信ありげに言った。



「もちろん、信じたくなければ信じなくていいけど、今までのことを見てきたお前なら分かると思うよ」


「......」



カミラーの言葉を聞いて、美口 凛は頭の中で思考し始めた。確かに、今の目の前に立っている彼女がただ者ではないことぐらいは知っていた。警察署のセキュリティを容易に突破し、今まで捕まっていないのを見れば、ただの人間でないのは間違いないだろう。少しすると、美口 凛は自分の心を決めたのか、カミラーに言った。



「分かった。信じるよ。だから、私を助けてほしい...あなたがやったことの責任取ってよね」


「うん。これからよろしく」



カミラーの即答に、美口 凛は少し驚いたらしく頬が赤くなったまま答えた。



「うん...よろしく」


「私たちはこれからお互いパートナーだ」



カミラーはそう言って、手を差し伸べた。美口 凛は最初はためらったが、悩んだ挙げ句その手をつかんだ。しばらく静寂が続いた。



「あ...あの...名前聞いてもいい?」


「...?」



一瞬、カミラーはどういうことかと頭を傾げたが、すぐその言葉の意味に気づいた。考えてみれば、最初に会ってから一度も名前を名乗ったことがないのだ。



「カミラーだよ。森下 カミラー」


「へぇ、その格好に意外と日本人の名前してるんだね。テッキリ外国の人だと思ったけど…」



確かに、今の彼女の姿はアジアの人にしては程遠かった。近いとしたら、むしろヨーロッパの人に近いかもしれない。無論、約200年ぐらい生きてきた中で数多くの名前を持つ彼女だったが、そこで「カミラー」という名前を名乗ったのは、一番気に入ってる名前がその名前だったからだった。


ちなみに、今の彼女は、美口 凛という子と最初に会った時と同じ格好をしていた。もちろん、変身をする手もあったが、それだと誰だか分かりにくく、そもそもこれ以上姿を変える必要もなかったため、オリジナルの姿で現れたのだった。


カミラーは、彼女と一緒にこの留置場から抜け出そうとした。



「じゃ、行こう」


「……」



そこで美口 凛は一瞬、今日面会に来てくれたアリサのことを思い出したが、仕方なくそこから生まれる罪悪感を無視することにした。友達は大切だが、友達は自分が受ける罰の責任までは取ってくれないからだ。約束は守れないかもしれない。


二人は瞬く間に留置場の中から姿を消した。



---



「完全にやられましたね」



神谷 陽斗は、荒らされた警察署の中を見ながら言った。



「そうですね...」



隣にいたもう一人の中年の警官も同じものを見て呟いた。下には、勤務中だったはずの警察官やヒューマノイドたちが倒れており、周りのものは触らなかったのか、全部そのままだった。



「誰がこんなことを...」



神谷 陽斗の頭の中には、一人の容疑者だけが思い浮かんでいた。彼は思わず拳に力を入れた。



「すみません、捜査一課の神谷 陽斗と申します。一度監視カメラを確認したいのですが、そうしていただいてもよろしいでしょうか」


「はい、ご自由にどうぞ」



その後、神谷 陽斗は監視室で監視カメラを確認しようとした。無論、扉を開けると部屋の中の人たちは既にやられており、その人たちを避けて映像を実際に確認すると、予想通り事件が発生したと考えられる時間帯の記録だけは残っていなかった。そこで、神谷 陽斗は確信を持った。



「あいつか...」



神谷 陽斗は再び拳を握りしめた。なぜまた戻ってきたのかその理由は分からなかったが、怒りが込み上げてきた。これはやはり警察のことをなめているとしか考えられなかった。


その時だった。犯人のことで頭がいっぱいだった神谷 陽斗の頭の中には一つの不安な予感がよぎった。それは、今現在絶対に起こってはならないことだった。そこまで気が及ぶと、彼はすぐどこかに向かい始めた。



「まさか...」



息切れして彼が到着した場所は、警察署の中の留置場があるところだった。神谷 陽斗は、押さえきれない鼓動を胸に、彼女がいるところに向かって走り出した。


しばらくすると、目標の場所に到着した彼は目の前の光景を見て力なく跪いた。自分の予想が外れていなかったからだ。



「彼女が拐われた...」



唯一の生存者であり、証人である彼女が消えた。現在あの犯人によって殺害されたのか、それとも、ただ誘拐されただけなのかは不明だった。しかし、死体がここに残っていないのを見れば、何かしらの原因で拐われた可能性が高かった。そして、その原因というのは、おそらく証拠隠滅のためだろう。


神谷 陽斗は思わず、鉄格子に向かって力強く拳を投げた。鉄の共鳴の音が空間に広がっていく。苦痛は感じられなかったが、ぶつけた部分より心の奥の方が響くような気がした。なぜ、自分がこんなにも怒っているのかはよく分からなかったが、確かなのは早くこの事件を解決せねばならないということだった。


彼は暴れる心を落ちつかせた後、一旦状況の確認をすることにした。まず、拐われた彼女以外の留置場にいた人たちは全員気絶しており、犯人を目撃した人はいないようだった。さらに、数人の警備を倒してまで侵入できる能力から、神谷 陽斗は自分の今までの仮説が正しいということに気づいた。つまり、犯人は人ではないということだった。


このようなことは、どうしても一人では不可能だ。もし、集団で人を拐うために事件を起こしたとしても、留置場は警察署の中にあり、すぐ逮捕される。何より、このように完璧にやりこなすことのできる人物は、あの犯人しかいなかった。



「一体何者なんだ...あの化け物は...」



彼は思わず歯を食いしばった。ますます、近づいてくる真実に不安を感じざるを得なかった。そもそも、このような事件を警察の人が対応できるのか疑問に思えた。人を相手にする仕事に、化け物は該当してないからだ。


さらに、まだ解消されていない疑問が一つ残っていた。それは、なぜそこまでして彼女を拐う必要があったのかということだった。もし、証拠隠滅のためならば、わざわざ人攫いするまでもなく現場で殺せばいい。だが、犯人はそうしなかった。何か別の理由でもあったのだろうか。


また、納得がいかないところは、犯人に対する彼女の価値だった。主に、犯人は人攫いをする時、それが自分自身に利益をもたらさない限りそのようなことはしない。ましてや、警察署まで侵入し、周辺の人たちを全部気絶させるぐらいならなおさらだ。つまり、彼女はそのようなことをしてまで、誘拐する価値のある人だった訳だ。では、その価値とはどこにあるのだろうか。


そもそも神谷 陽斗には、犯人がどうして彼女の居場所を突き止めたのか理解できなかった。ということは、犯人は犯罪を起こした後、すぐに逃げずに近くで彼女の動向を見守っていたということになる。しかし、事件発生以来、彼女の家付近とその都市は完全に封鎖され、警察が24時間パトロールを行っていた。それにもかかわらず見つからず、彼女の居場所が分かった。というのは、比較的遠いところでも人を観察できる能力もしくは、変装の能力があるのかもしれない。そこまで考えが及ぶと、神谷 陽斗は小さい声で呟いた。



「何って自信だ...なんで遠くまで逃げずに、人を観察する余裕というものがまだ残ってるんだよ。一体そんなのはどこから生まれてくるんだ。これだと、まるで自分は絶対捕まらないと確信を持ってるみたいじゃないか...」



警察のことを軽視しているような犯人の態度と、逃げるつもりは最初からなかったような自信満々の行動に、神谷 陽斗は怒りを隠せなかった。なぜか、この事件に対する思いがより熱くなった気がした。これはただの連続殺人事件ではなかった。これは、彼自身と犯人個人との戦いでもあったのだ。


神谷 陽斗は今いるところから立ち上がり、何かを覚悟した顔でどこかに向かい始めた。それは、今日起こったこの事件とそれに対する自分の考えを上の人に報告するためだった。彼は、ここに入る前とは違う変わった雰囲気のまま静かに廊下を通り抜けていった。

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