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この作品は、カクヨムとnoteで連載している自作を転載したものです。よろしくお願いします!
「おい、一体どういうことだ。なぜ犯人が見つからない!!!」
警察署の中に大きな声が響き渡った。一瞬、建物が揺れたかのようだった。声の主は副署長・ 烏丸 健司。つい先ほど、若手刑事から緊急報告を受けたばかりだった。
「本当に申し訳ありません……。ただいま総員が全力で捜査中なのですが……証拠がまったく見つかりません……」
「はぁ? それを言い訳だと言ってるのか? 今は23世紀だぞ。そんな時代に犯人が見つからないなど、あり得ると思ってるのか?」
副署長の言葉に、報告していた若手刑事・ 神谷 陽斗の口は再び閉ざされた。その通りだった。
今はAIが普及しており、殺人事件のような重大な捜査にもAIが導入されている。しかも、今のAIは超人工知能――つまり「あらゆる分野で人間を上回る知能を持つ存在」が誕生してから、すでに長い年月が経っていた。その影響は、かつて人間にしかできないと思われていた政治や刑事分野にまで及んでいる。
そんな状況で犯人が見つからないなど、本来はあり得ない。ましてや殺人事件であればなおさらだ。
AIを用いれば、監視カメラやネットワーク網を駆使し、人間なら数日から数週間かかる作業も、ほんの数分で終わらせられる。それでも犯人が特定できないというのは、異常以外の何ものでもなく、まさにパニックそのものだった。
そうして神谷 陽斗が首を下げ、一人で考え込んでいると、再び副署長が問いかけた。
「監視カメラはどうなった。AIの解析結果はどうなってる?」
彼の口調はさっきより落ち着いていたが、やはり怒りはまだ残っていた。
「それについてですが……現在問題となっているのは、監視カメラには犯人の姿がまったく映っていないということです。」
「はぁ?何だと。」
「AIの解析結果によりますと、犯人が現れたと思われる場所付近の監視カメラは、作動を止めるんだそうです。 毎回、殺人事件が起こったその時間帯の映像だけが監視カメラのメモリーに残っていないことから、そのような結果を出しているんだと考えられています。犯人は何らかの技術を使い、自分の存在を知らせる可能性のある監視カメラを止めているのでしょう。なお、人間による結果も同じなのですが.....」
「はぁ?そんなこと、今の23世紀にできることなのか? EMPの可能性は?」
話している烏丸 健司の目は赤みを帯びていた。彼の熱のこもった感情が、報告をしている陽斗にもはっきりと伝わってくる。
「無論、その可能性も考えましたが、 EMPは通常、一度使用すると電子機器や機械を損傷させ、二度と動かなくなる場合が多いので、その線は低いと考えられています。さらに、これまでの調査で監視カメラなどに目立った損傷は確認されておらず、その可能性はもっと低いと見られます」
「なるほど……それは確かにそうだ。」
烏丸 健司はそう言うと、自分の顎に手を当て、唸り声を漏らした。まるで何かを深く考え込んでいるようだった。そして、口を開いた。
「……じゃあ、ハッキングの可能性は ? 」
「それについてもですが……サイバー犯罪対策関連の専門家に依頼して調べてみたところ、ハッキングの痕跡はなかったようです。無論、AIにも色々追跡 させてみたのですが、作動を止めたと考えられる証拠は見つからなかったそうです。そこが今、私たちが一番苦労しているところでもありますがね。」
「はぁ...? そんなバカなことが、今現代に起こり得ることなのか...? 」
烏丸 健司は呆れた表情を浮かべながら、前に立っている神谷 陽斗を見つめた。
「......今のところは私も断言できませんが、多分AI による攻撃の可能性が高いのではないかと考えています。もしかすれば、現在存在しているAIよりも優れた何かしらが存在しているのではないかと。それがAIによって産み出された新たなAIなのか、それとも海外で秘密に開発されていたAI兵器なのかはまだ分かりませんが……それについては、海外の研究者たちとも協力して調べているところです。」
しばらくの間沈黙が続いた。その後、烏丸 健司は 再び机の上の報告書に目を落とした。そこには犯人によって死亡した被害者57人の名簿と情報が載っており、死因は全員鈍器によるものとされていた。さらに、その横の備考欄には、「目撃者全員を殺している可能性あり」と書いてあった。それを見て 烏丸 健司は深いため息をついた。
「じゃあ、DNAの検査はどうなった」
「それらに関してもですが、まだ決定的なものは出てきておらず、AIの結果によると、条件に全て当てはまるような人物はこの世の中には存在していない、という結果を出していたらしいです。これはAI が誤りを犯しているのか、それとも本当に証拠が足りないのか 、あるいは誰かが邪魔を入れているのかはまだ分かりませんが、それらについては今後とも調査を続けていくつもりです……あと、今はもう 犯人の特徴などを特定したうえで、その人の生活様式から犯人を特定する方法やインターネットの痕跡などを調べる調査も行っているのですが、そちらもまだ進展はありません。」
「バカな、刑事たちは本当にちゃんと働いてるのか ?なぜ証拠が何も出てこない」
「本当に申し訳ありません。できる限り早く犯人を捕まえられるよう、皆精一杯努めておりますのでどうかご理解ください。」
神谷 陽斗はそう言って深く頭を下げた。それを見て、烏丸 健司はもう一度大きなため息をついた。
「 とはいえ、これ以上時間を引き延ばすわけにもいかない。今こうして話している間も、国民は死んでいくんだぞ。まだマスコミに取り上げられていないのが救いだね。もしこのようなことが世間にばらされれば、私たち警察署はもう終わりだ。」
「それは承知しています。」
「.......」
「.......」
空間には気まずさが広がっていった。事件が解決せず、この状態が続けば自分たちの命綱がなくなることは目に見えていたからだろう。そんな中、烏丸 健司は、問いを重ねることにした。
「それでなんだが……この報告書には、死因は全員鈍器による殺害と書かれているが、これはいったいどういうことだ?」
「それについてですが、実は報告に参ったのも、それを伝えるためだったんです。まずはその被害者名簿の次のページをご覧ください」
そう言われた後、烏丸 健司は指示通りに報告書のページをめくった。そこには被害者たちの無惨な血まみれの写真集が並んでおり、烏丸 健司は思わず 顔をしかめた。
「 うっ、なんて酷い死に様だ」
「 その写真集をよく見てください。その写真は57番目の被害者の死体が写っているものなのですが、実はその死体を除き、他の被害者の死体はほとんどが司法解剖ができないぐらいあまりにもひどい状態だったんです。ですが、今そこに載っている死体は比較的損傷が少なく、人の形が残っていることが分かります。」
烏丸 健司は再び報告書に目を向けた。確かに写真の中の遺体はひどい状態ではあったが、それが人間であることは一目でわかった。よく見ると顔の部分は誰かわからないぐらいめちゃくちゃになっていたが、それ以外を除くと比較的損傷は少なかった。しかし、これが損傷が少ない方だというのであれば、以前の被害者たちの死体はどれぐらいのものだったのだろうかと、烏丸健司はしばらくの間、そのことを考え続けた。
「で、それがどうした」
「実はこれが、私たちが持っている唯一の確かな証拠であり、犯人の特徴でもあるのですが……もし犯人が本当に斧やハンマといった鈍器で被害者を攻撃していたとすれば……その筋肉量を考えると、実はとんでもないことになるんです。」
「それはどうなるんだ?」
烏丸 健司が片眉を上げて聞くと、神谷 陽斗は話を続けた。
「 普通、人間が重い鈍器で、この写真通りの傷を相手に与えるためには、ボディビルダー並みの体格でない限り、2メートル以上の身長を持つ必要があります。となると、男女あわせて平均身長が164~165センチである日本人は、ごく少数を除いて全部対象外になるんです。となれば、犯人は外国人に限られるのですが、実は最近入国した人や在住外国人の中にも、そういった人は全く見つからなかったのです。」
「それは、天地がひっくり返るようなことだ」
烏丸 健司は両目を大きく見開いた。その表情は、思いもよらぬ事実を突きつけられたかのようだった。さらに、神谷 陽斗は話を続けた。
「で、そこからですね。私たちは、ヒューマノイドによる犯罪の可能性も考えましたが、被害者から検出された特定不明のDNAや、どこから入手したのかもわからない巨大な鈍器、さらにはAIが搭載された ヒューマノイドの場合は、すべて体内にGPSが組み込まれていることから、その可能性は低いのではないかと現時点では結論付けられております。」
「……なるほど」
若手刑事である神谷 陽斗の話が終わったあと、烏丸 健司の頭の中はさらに複雑になっていた。まるで化け物みたいに鈍器で人間が引き裂かれているだけでなく、DNA の面では当てはまる人が存在しない。さらに、監視カメラは役割を果たすどころか、犯罪を手助けするように作動を止める。そして、犯人はまだ捕まらず、殺人を続けている。そんなことがこの世の中でありえるのかと彼は思わず心の中でつぶやいた。
「まるで化け物みたいだ」
「まさにその通りだと思います。このような事件は今まで一度もなかったのですから。これは私の個人的な意見ですが、多分、人類の歴史の中で最も残酷な殺人事件ではないかと考えています」
烏丸 健司は、理由のわからない怒りに駆られ、おのずと拳に力を込めた。
「まぁ、たとえこれがそういうな歴代の事件であろうが、俺たち警察署は任務を果たさねばならない。絶対に犯人を捕まえる。分かったな」
「はい、承知いたしました!」
その後、烏丸健司の指示にしたがい、神谷 陽斗は部屋を後にし、自分の部署へ戻っていった。部屋の中で一人になった彼は、 大きくため息をし、机の上に頭を軽くぶつけた。頭が熱くなっていたからだった。
「この世の中は一体どうなっているんだ。殺人が遊びか」
烏丸 健司はいまだ捕まっていない犯人の顔を思い浮かべた。まだ会ったこともなく、どんな人物かも分からなかったが、世の中をまるでバカにしているかのような犯人の姿を思うだけで腹が立った。今頃も、ここで何が起こっているのかもわからず、殺人を続けていることだろう。これまで自分が大事に支えてきたこの職も正義も、これからあの犯人によって台無しになるかもしれなかった。
「くっそ——!!」
烏丸 健司は机を拳で力強く叩いた。そして、思わず視線が隣にいたAIロボットに向いた。確かそれはAIが搭載されたヒューマノイドのロッピーだった。
「ロッピーもう疲れた。ストレス解消のためにできることを教えてくれる?」
烏丸 健司が少し元気のない声でそう言うと、その AIは機械音と共に答えし始めた。
「お疲れのご様子ですね。今すぐ温かいハーブティーを淹れましょうか?心を落ち着ける効果がありますよ。」
「じゃ、お願いしよう」
「かしこまりました。只今ハーブティ—をご用意します」
ロッピ—はその後、ロボットの足でゆっくり動き出し、そのまま扉を開けて部屋を出ていった。
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月明かりがささやかに照らしているある都市の中。
その静けさを破るように、二人の逃走劇は始まっていた。
彼は息を切らしながら、 小道の中を駆け抜けていた。すぐ後ろには、化け物が追ってきている。
走っていた彼は一瞬後ろを振り返り、それが追ってきているかどうかを確認した。
するとその瞬間、 暁のような赤い目を持つそのものと目が合い、急いで方向を変えて違う道へ進んで行った。
だが間もなく彼は、先ほど自分が選んだ選択が間違っていることに気づいた。その理由は、自分が行き進んだ道の果てが行き止まりだったからだ。
彼は急いで後ろに振り返る。
すると、そのものはすぐ彼を見つけ、恐ろしいスピードで近づき始めた。
その姿に怯えた彼は、震えながらそのまま気絶しそうに地面に尻餅をついた。
そのものは彼の元へ近寄るとともに、どこから瞬時に両刃の斧を取り出し、怯える彼のすぐ前で止まった。そして彼を鋭い眼光で睨みつける。
「お、お願い......どうか命だけは助けてくれ」
だが、そんな彼の切ない懇願にもかかわらず、そのものはただ黙っているだけだった。
「私の本当の姿を見てしまった以上、見逃すわけにはいかない」
そのものは自分の片手に握られていた両刃の斧を空高く持ち上げた。それと同時に、地面に倒れていた 彼の顔は青ざめた。
「さらばだ」
その瞬間、斧は力強く振り下ろされ、 彼の意識は 命の源が切れるように、闇の奥へと沈んでいった。




