プロローグ3
全員がまた眩い白に包まれたと思ったら、何処かの室内に居た。ちゃぶ台を立派にしたような大きな円卓があり、周りに煌びやかな造りの座椅子が5つ。
『座りやれ。今、茶を用意させているで、寛ぐがよい。』
向こうの入り口から、二十歳前後の美人さんが入ってきて(裾が長いのでよく分からないが、この人歩いて無い。足を動かさず、滑るように移動している)、お盆から茶碗とお茶請を配っていく。お茶請はあんぽ柿か、大好物だわ。
『遠慮せずに喉を湿し、食するが良いぞ。』
香りも、爽やかな味も素晴らしい、飲んだ事の無い緑茶だ。あんぽ柿は――なにこれ!おいしい。口の中でとろけていく甘さが心地よい。暑い中、歩いて登って農作業し、だったので、水分とカロリーを欲しているのだろう。暫く黙ってお茶を楽しむ。
『さて、落ち着いたようなので話を続ける。皆は日本史・世界史を選択して知っておると思うが、吾が倭の国は、大東亜戦争、世に言う第二次世界大戦に負けて今の状況になっておる。馬鹿な事に、戦後は平和主義やら武力戦争をしないとやらで、交戦権を放棄した事になっている。しかし、理不尽な者はいつの世にも現れる。キリストではないが “右の頬を殴られたら左の頬を差し出せ” なぞはお笑い種でしかない。吾はご免こうむる。少なくとも殴り返さねばいい様にやられる。防衛だけでは足りぬ--今の日本は防衛にしか力を入れておらんの。一気に大規模な火力で襲いかかられたら如何する? 全て防衛しきれるのか? 無理であろうが。元凶に向かって攻撃し返し、あちら側の攻撃力を削がねば一方的に此方が滅びる。そうならない為に攻撃力も磨き、準備して置かねばならぬ。』
それはその通りだ。外交や貿易だって「ルールのある戦争」だ。二方あるいは三方全て宜しなんて云うのはめったに、いや殆ど無くて、何方かが損するのが普通だ。いわばボクシングのように、ルールの範囲で国同士が殴り合っているとも云える。時々KOされる国もあるけどね。問題は、近くのどっかの国のように、国際条約やルールを破って平然と居直る国があることだ。
『全ては第二次世界大戦に負けた事が遠因じゃが、なぜ負けたのかや?』
「(優也)自己紹介しそびれていましたが、木下優也と言います。オレ、いや私は ー普通の言葉遣いで良いぞえ-助かります。俺はミッドウェー海戦で負けたのが切っ掛けで、それは、陸・海軍の意見不一致と、海軍の戦艦至上主義に依ると思います。」
「(咲耶)斎藤咲耶です。それを言うなら、物量不足が最大の原因と思います。物量の中には “人” も入ります。当時の人口は日本が7千万人ほど、米国は1億3千万強で約2倍です。戦士としての成人男子の他に、戦争を続ける為の後方支援・生産活動の為にインテリゲンチュアが多く居なければ無理です。また、鉄鋼生産高も米国の1/20程度で、原油生産高はもっと分が悪い。こんな状況で戦争を続けようとした当時の日本の上層部は、精神論だけの馬鹿ばっかりだったという事でしょうね。」
「(美香)そのことは同感だけど、要するに、第一次世界大戦で勝った勢いそのままの精神論で、科学力が今一つ遅れていたことが遠因と思います。レーダー然り、ジュラルミン生産、ジェット機開発、核爆弾、等々。」
「(秀明)桜井秀明です。資源の不足も大きいけど、結局科学力の不足に尽きると思う。それが無きゃ生産力も上がらんし。日本は徳川時代の比較的平和な300年の間に、食糧危機はまずまず回避出来ていたから、商業が発達した。その結果、前々から素地はあったが、和算のような学問は発達して世界的に見ても当時は一流だったと思う。しかしながら、物質や人間と密接にかかわる化学や医学は全くダメ。海洋国であるにもかかわらず徳川幕府が大型船舶の建造を禁止したから、機械工学や遠洋航海に必要な学問は著しく遅れた。医学については朝廷やら宗教やらの禁忌の考え方も影響していると思いますが。先ほど指摘した事の大部分は、いずれも外部即ち外国からの刺激を無くしてしまった鎖国政策が最大の原因だと思う。ヨーロッパの近代科学の発展は、ほぼイスラムからの知識・技術の導入あるいは簒奪に依るものだし。ニュートンの成果とされている結構な部分は、原典はイスラムですからね。」
『四人の意見はそれぞれに正しい。その上で、一つ足りないが、最後に桜井の言った内容がほぼ吾の思うところに合致する。徳川幕府の政策は、どれもこれも徳川の世を維持する為のもので、民の生活とか世の発展などは鑑みていない。公卿らの思惑に引きずられた戦国から徳川の時代にかけての朝廷の方針も情けなかったがの。まあ極論すれば、戦国時代の最後のどさくさで猿(豊臣秀吉のことだろう)が政権を取って大陸制覇などに色気を出し、そのせいで大名等が弱ったところで狸(これは徳川家康だわ)が日本を掠め取ったのが間違いの元であった。』
「(咲耶)ずいぶん辛辣ですね。」
『当たり前じゃ。政権を取った者はそれなりに良い思いをするのだからの。したがって、時の執権者は統べている国に繁栄を齎す責務がある。しかし、徳川幕府は民の辛抱と世の発展の阻害の基に成り立ったもの。これを300年も続けさせては為らなかったのじゃ。』
「(秀明)あのう、それで我等4人を戦国時代に送り込む事と如何繋がるのでしょう?」
『うむ。神と謂うのはの、それを信じる民の思いが結晶化したようなものじゃ。倭の国の成立時から、この国の民は八百万神を信じ、大和朝廷の天皇家は一貫して吾らを祀ってきた。祭祀を継ぐ者であるから、今でも倭の民の平穏を願うのが天皇家の任であるの。さて、吾は倭の国の主神であるが、ユダヤ、イスラム、キリスト教の主神を知っておるかの?』
「(美香)ヤハウェ、アッラー、イエス・キリストだと思います。」
『まあ、それが普通の認識じゃろう。どれも “唯一神” を信じる宗教だが、根っこは一つで、全てユダヤ教から分派しておる。イエス・キリストは唯一神の教えを伝え、数々の奇跡を起こした聖人と言われているの。その聖人を信じて祈るのがキリスト教であり、あまりにキリスト教徒の数が多いもので、イエス・キリストが神格を得たと思えばよい。神格、要するに神の力は、信じる民の数と信心の深さで決まる。吾は、今の力で謂えば上の中という処かの。それで、世の平穏を願って100年に1度この地球の神々が集う催しがある。ある事で言い争いになった--神は人間界の出来事に直接的な手出しをしてはならぬ決りなのじゃが、その禁忌を破って戦争に干渉した神がいての、ヤハウェじゃ。ナチスドイツが多くのユダヤ人を迫害・虐殺した事に我慢できなくなったようでの、ナチスドイツ、イタリアと日本の三国同盟を指嗾して成立させ、目論見通り日和見していた米国を戦争に引き入れた。三国同盟を危険視した米国が日本に対し禁油措置を取り、この影響が真珠湾攻撃に繋がって、後は日本の敗戦へまっしぐらじゃ。吾は、杉原千畝、樋口季一郎等の功績をヤハウェに言い立てて責めた。そこで、会議の合意の下、吾は一つの権利を得た。数百年を巻き戻して、異なる方向へ日本を向かわせてみて良い、という試みじゃ。それが4人に650年程時を遡って欲しいという話に繋がる。』
〔杉原千畝: 当時リトアニアのカウナス領事、逃げてきたユダヤ人に外務省の訓令に反してまでビザを発給し続け、海外避難を助けた。国からの訓令でビザの許可書式の印判を取り上げられて猶、手書きでビザを発給し続けたという。今なら間違いなくノーベル平和賞。〕
〔樋口季一郎: 帝国陸軍中将。杉原千畝に先立つ事2年、ナチスドイツの迫害を逃れて満州国に来たユダヤ人を、ドイツの抗議を跳ね返して満州鉄道を経て逃した。約2~3万人に上るとも謂われる。後年、ユダヤに貢献した人々の名前が刻まれているゴールデンブックの4番目に、General Higuchiが記された。〕




