天文20(1551)年4月30日-3
「(長門廣益)もう一つの強兵の方は如何なりましょうか?」
「(秀明)既に出て来ているように、移動手段、就中、大型船の建造は商船であれ軍船であれ必須になる。操船と併せて行わねばならないので、最短でも後2年が必要だろう。先に述べた水主や水夫だけでなく、船大工等の匠を集める処から始めねばならない。柔軟な頭を持った者達、最低でも20名、出来れば50名は欲しい。--さて、軍の強さはというのは何によって決まるか分かるか?」
「(南條廣継)種々ありますが、数と質でしょうか?」
「(秀明)その通りだ。では、質とは具体的に何だ?」
「(南條廣継)兵の熟練度でしょうか?」
「(秀明)間違いでは無いが、少し違うな。棒切れで武装した100人の練達の兵と、弓矢で武装した30人の新人兵が一町(約110m)離れて対峙している。戦いを始めたら何方が勝つ?」
「(南條廣継)弓兵です--そうか、武器の質も重要という事か。」
「(優也)そうだ。奇襲等に依って寡兵が勝つ場合もあるが、それは偶々上手くいったに過ぎない。相手が油断していなければ寡兵が負ける。しかし、武器の質で十二分に勝っていれば、怪我勝ち(けがかち、偶然に勝つこと)ではなく当たり前に勝てる。兵力とは、武器の質と数をかけ合わせた結果で決まり、更に其処に熟練とかの要素が少し入る。しかし是を見よ -と言ってコンパウンドボウを出すー ちょっと其処を空けろ。良いか、あの立木を狙う。」
ズヒュッ、バシッ。見事立木に当たって、金属製の矢が7cm程食い込む。優也と長門、南條は庭に降りて行って、当たった矢を観察している。
「(優也)如何だ、何方か、この矢を抜いてみよ。」
南條がかなり苦労して、反動でひっくり返りそうになりながら矢を抜いた。
「(南條廣継)すごいですな。生きた立ち木に此れだけの深さで食い込むとは。どの位飛びましょうか?」
「(優也)5町(約550m)位は余裕で飛ぶが、確実な殺傷力という事であれば3町(約330m)迄であろう。狙いを付けてという事だと2町(約220m)位か。しかし、この弓の特徴はそれだけではない。長門殿、この弓を引いてみなされ。」
「(長門廣益)むっ、軽々引けるのと、静止して狙うときに保持する力が大幅に減じられている様に感じられ申す。」
「(優也)その通り。したがって、狙いを付けて放つのが容易になる。また矢の作りの問題でもあるのだが、狙った通り真っ直ぐ飛ぶようになっている。遠くだと、下に垂れるのは致し方無いがな。しかしそれだけではないぞ。引く力が小さくても良いので、鍛えている兵士でなくても使える。極論すれば、昨日今日徴兵された新人とか女子供でも使える。いざという時、兵士の役割を果たせる人数が増えるという事でもある。」
「(南條廣継)成程分かりました。これが武器の質の違いということですか。誰もが弓兵になれるというのは凄いですな。」
「(秀明)然様さ、しかし、一生懸命考えねばこのような武器は開発出来ぬし、また、作るには其れ成りに腕の良い匠も必要だ。また其れ以前に、鉄を始めとする金属等の材料を整えるための匠も必要だ。この蠣崎の領地に良き者が要れば結構な事だが、そうでないなら、他国から連れてくるか、あるいは若人に学問を授けて人材を育成せねばならぬ。」
「(長門廣益)それは凄く時間のかかることではありませぬか?」
「(秀明)その通りだが、始めねば一歩も進まない。最前、金の話をしたが、モ・ルエラニには砂鉄が山ほどある。しかし、其方等には製鉄の技術が無い。手っ取り早い金儲けは金だが、武器や様々な用具・工具・農具などを作るには鉄が要る。我等はなるべく早期に、再びモ・ルエラニに戻って鉄を作り出すつもりでいる。」
「(長門廣益)それら種々の学問・知識・技術を我等自身が身に付けなければ成り申さん。如何すれば良いとお考えで?」
「(咲耶)成人に達している者には手っ取り早く知識と技術を授けて直ぐに実地に生産活動をして貰います。7~11歳位の子供からはじっくり学問を教え、その後に知識と技術を植え付けます。後者の方がはるかに高い完成度になり、蠣崎の次代を担う人材が出てくるでしょう。したがって武士/百姓/商人/町民、更に男/女の別などの出自に左右されずに、優秀な者を選出する必要があります。人材育成の場、成人用と子供用に、2か所適当な大きさの建物を用意して下さい。」
「(南條廣継)分かり申した。これもお館様に相談致し申す事にて。」
「(秀明)あと一つ重要な話がある。言ったように、蝦夷地の必要部分を平定した後、陸奥へ、南へと攻め下っていく。その結果、我等の版図は広がって行く事になる。しかし、それを以って蠣崎あるいは各々の領地が広がると思わないで貰いたい。版図が広がっても、それは全て天照坐皇大御神様に捧奉る日本国だ。皆は、その日本国から得られる租税を分配される。勿論、より重要な働きをした者には分配が増えていく。何故そのようにするか分かるか?」
「(長門廣益)何となく分かるような気も致し申すが、釈然とはし申さん。確と(しかと)働いていれば、今より実入りが減らされるということは無いのですな?」
「(秀明)それは勿論だ。各個人の家屋敷を取り上げることも無い。要するに、活躍した事への分配が土地ではなく年貢として上納された穀物や金銭になるという事だ。たとえば、戦で相手を破って活躍した武将が居たとしよう。その者に恩賞として土地を与えても、上手く政を行い、領地を豊かに出来るとは限らない。要するに、将兵として優れていても政まで優秀とは限らない。その逆もある。したがって、戦で活躍した武将には分配する穀物や金銭を増やして行き、その代わり土地は与えない。内政が上手な者は、代官として一定面積の差配を任せ、その手腕に見合う穀物や金銭を分配する。戦に出る将兵、内政を行う代官やその下の官僚、いずれも穀物や金銭を対価として日本国に雇われているという考え方だ。そして蠣崎殿や其方等家老職などの者は、武将や代官からの意見具申等を聞きながら合議し、向かう方向を決めていく。この知行では無く禄を与えるやり方、簡単に言うために便宜的に給与制度と言っておくが、その利点は、たとえば治水等において、“流域の土地が複数の領主に分けられているので互いの利益を主張して意見が纏まらず何時まで経っても工事が始まらない” というような弊害が無くなる。治水等の全般的に対処すべき事は、合議によって決めれば良く、其の合議に従って内政官が差配する。如何だ、理解できたか?」
「(長門廣益)成程、某は納得出来申した。ただ、土地にしがみ付く者が出てくるだろうと懸念致し申す。」
「(南條廣継)某も理解出来申したが、長門殿と同じ懸念を持つ次第にて。」
「(秀明)直ぐには分からない者も出て来るだろうな。しかしやってみれば、この給与制度の方が楽だということに気づく筈だ。そうそう、仮に長門殿に1000石の土地が与えられていたとしよう。祖税率を5公5民とすると長門殿の実入りは500石、そこから傘下の家人に分け与える分が350石、下男下女への給金が50石とすると、実際には100石になる。それに対し、給与制度だと家人はそれぞれ日本国に直接雇われる事になるから、長門殿が分け与える必要はない。下男下女に穀物か銭で給金を渡すだけでよい。長門殿が150石で日本国に雇われれば先ほどと同じだが、蠣崎家の家老職手当としてたとえば別途100石を出す。要するに家格に見合う額と、役職給が別途出されるというような制度になる。実は其方等の主家である蠣崎殿も同じように日本国に雇われて給金を貰い、更には其方等を纏めて合議を為す主家としての役職給が別途出る。勿論貰う額がこれまで以下になるような事は無い。蠣崎殿の分家や独立した子女も同様だー良いか、子女だぞ。誰であろうと、女子であろうと、下男下女としてではなく独立して働いている者は対象になる。長門殿の家人達には一人ひとり給金が渡されるが、戦などで動員がかかったときは長門殿の命に従うことになる。長門殿の役職給には、家人達を率いる事も含まれている。さて、土地が与えられている時は、風水害等で取れ高が減るとそれに応じて其方の実入りも減るし、百姓達の生活も苦しくなる。しかしこの給与制度だと、そのような事に拘わりなく決められた額が支給される。また百姓達にも、蠣崎殿達による合議を経た上でまたは代官の裁量で、租税の減免やお助け金の下げ渡し等が出来るだろう。これが、領地に固定されていたなら、1つの領地という狭い範囲内で解決せよということになってしまい、破綻しかねない。詳細は此れから詰めていけばよい。」
「(長門廣益)成程、更に良く分かったような気が致し申す。某の領地は1000石ちょっとという事に成っており申すが、山林ばかりにて、実際の取れ高は200石あれば上々でござる。1000石というのは木を伐って売れたならば等という見込みが入っており、実高ではなく殆ど名目でござる。この蝦夷地で丸木が売れる筈もなく、大型の船も無いので運ぶ事も出来申さん。せいぜい薪に成る位の事でござろうが、貧しい領民に薪を売るなど出来申さん。今は枯れ木と下枝に限り刈り取り勝手次第にしており申す。何れにしろ、実高が良くて200石、5公5民として某の手元には100石でござる。抱えている郎党・家人・下男下女にそこから給金を出すと、某に残るは30石がせいぜい。これにて妻子を養い、衣服や武具を買い、家の修繕等を致すと何も残り申さん。郎党・家人が殿の直臣となって我が手を離れ、下男下女にだけ100石の中から給金を払うという事なら御の字でござる。その上役職給が出るというなら、某にはその給与制度というのが極楽のやり方に思え申す。」
「(南條廣継)しかし、戦で土地を攻め取るかあるいは交易等で儲けぬと、蠣崎全体の収入は増え申さん。先程の給与制度を進めたとき、蠣崎全体として赤字になるのでは?」
「(秀明)当面大丈夫だ。我等は、此方に比べて1/12の値段で米を入手出来る。そうすれば、蠣崎全体に米を行き渡らせることも可能だ。当面は我等が何とかしておくが、米の入手に必要になって来るので金鉱の開発を考えていた訳だ。」
「(南條廣継)必ず金が出ますので?」
「(秀明)それは全く心配せずとも良い。必ず出る。ー-それでは、相談すると言っていた内容も含めて、この場で伝えたことを明日からの3日以内に蠣崎殿に理解して貰い、4日後の会談に臨むということで宜しくお願いする。あと一つ、徳山館の裏手にある小高い丘の頂上に新たに天照坐皇大御神様の神明社を建立せよと命を受けている。明後日とその次の日で建てるので、蠣崎殿の許可を得ておいてくれ。」
「(長門廣益)委細承知仕りました。」
話し込んでいるうちに17時頃になり、三郎達四人が入ってきた。
「(渡会三郎)失礼致します。宜しければ、私の実家を経て船へお戻りになっては如何かと思いますが。」
「(優也)丁度いい時間になったのでそうしようか。」
「(秀明)世話になった。ここでは床が抜けるやもしれんので、庭にムシロを敷いて米を20袋置いていく。其方等の二家で別けてくれ。それでは種々、宜しなに願う。見送りは無用じゃ。」
「「(長門廣益/南條廣継)誠に有難く存じます。お気をつけてお帰り下され。」」
10分程歩いて三郎の実家に着いた。米を2袋、牛肉を5kgくらい、焼肉のタレを渡して、四人と別れた。三郎は船まで送っていくと言っていたが、ここは小高いので船が良く見えており、第一、殆ど一本道なので大丈夫と言って歩き始めた。それから20分程で船に着き、警邏の武士達に挨拶して船に上がった。何はともあれ入浴することにした。20ℓポリタンク入りの水を10個購入し、発電機を始動して投げ込みヒーターで沸かした。その間に女子連が夕食の支度を終え、入浴を始めた。風呂を交代して我々が上がったら食事になるかなあ--まあ、19時頃になるだろう。




