天文20(1551)年4月29日-2
「(長門廣益)改めてご挨拶申し上げる。長門廣益でござる。」
「(南條廣継)長門殿の同僚で、同じく蠣崎若狭守季廣様の家老の一人にて、南條廣継と申す。宜しなにお願い致す。」
「(秀明)ご丁寧な挨拶、痛みいる。我等4名は日ノ本の国の主神、日輪の神である天照坐皇大御神様が遣わされた使徒にて、我は桜井秀明、右へ向かって木下優也、優也の妻にて咲耶、我の妻にて美香と申す。後ろに控えるは、モ・ルエラニのアイヌ部落長の跡継ぎ長男であるイメルッカとその家人である。」
「(長門廣益)渡会三郎から、アイヌの者を除き、其方様方は神様の使徒様と伺っており申すが、今一つ理解出来て居りませず・・・・」
「(秀明)1人ずつ別々に説明して理解させるのは手間がかかる。数日中に、蠣崎殿の館に其方達他、皆に集まって貰い、全員に納得させよう。長門殿、南條殿、手配をお願い出来るか?」
「(南條廣継)少し遠方に住まわって居る者も呼び寄せたいので、4日後で如何か?」
「(秀明)宜しいだろう。それで頼む。」
「(長門廣益)それで三郎よ、交易の成果は如何なった? 家人の申す処では、其方らは空身で船から上がって参ったとの事だが。」
「(渡会三郎)ヒヒヒ、待ってました。使徒様、お願いできますか?」
「(南條廣継)其方、いやらしい笑い方をするの。何か変な物でも食したか?--(三郎)これが笑わずに居られましょうか--」
「(優也)持ち帰った交易品は、明後日、蠣崎殿の面前でお目にかけよう。今は、長門殿、南條殿への土産物のみ出そう。お二方の目前に並べて行くぞ。」
長門殿、南條殿其々の目の前に、お茶と紅茶の包みが並ぶ。同時に、お湯の入ったポット、大き目の急須と人数分の茶碗・茶托を出し、美香と咲耶が玉露を淹れている。
「(長門廣益)どどど、何処から此れ等は出て来たっ!」
「(南條廣継)ななな、何も無い処から急に現れたぞっ!」
「(渡会三郎)だから、使徒様だと申し上げた筈でございましょう。こんな事位で驚いていたら、そのうち驚き死に致し申す。」
「(長門廣益)暫く彼方に行っている間に、三郎は性格が捻じれてしまったようだな。 -(三郎)酷い言われようですなー しかし、使徒様か・・・・」
「(南條廣継)・・・・信じざるを得んの。」
「(美香)お茶をどうぞ。これは羊羹と申して、甘いお茶受けです。」
「(長門廣益)お茶か、話には聞いていても蝦夷の地まで運ばれて来ないわ。初めて味わうが、少しの苦みの中に爽やかな甘みがあって良いものだの。」
「(南條廣継)長門殿、この羊羹と申すものは甘くて誠に美味しい。これまで食した事の無い美味じゃ。」
後ろで、イルメッカ達は、厚切りに切ってあげた羊羹を楽しみながら3人で談笑している。甘味が気に入ったようだ。
「(秀明)お茶を楽しみながら、見て、聞いて頂こうか。先ずは、折角なので羊羹を2竿ずつ出すので、お茶と共にお持ち帰えりなさるよう。お家の子女が喜びましょう。お茶の包みの片方は紅茶と申します。今飲んでいただいている緑茶とは色も味も異なります。後で、淹れ方等を美香か咲耶から説明を受けるようになされ。」
「(優也)交易品の一部も出してみるぞ。干した昆布、アワビ、ナマコじゃ。あと塩引き鮭1本ずつ。」
「(渡会三郎)えっ、塩引き鮭は交易品に含まれていませんでしたが。」
「(優也)お主とは別個に、我等が手配しておいた。そんなに多くは無いがの。あと、アイヌ特産の布、木彫りの人形等々。」
「(長門廣益)全部でどれ位の量があるのか?」
「(渡会三郎)干昆布、アワビ、ナマコは例年の6割増し位あります。」
「(南條廣継)それは助かる。少々、館の貯えが心許なくなってきた処じゃからありがたい。10日かそこらで交易船が来る手筈なので、それにも間に合った。」
「(渡会三郎)其れも此れも使徒様のおかげです。我等だけでは持ち帰れない量ですし、海路のおかげでたったの5日でモ・ルエラニから此処まで来れたのです。あの船も使徒様が作って下さいました。」
「(長門廣益)それは凄い。商人が仕立てている四百石船(約6t積み)は、幅はあの船より太いが、長さは60尺(約18m)程しか無い。先ほど遥かに臨んで見ただけじゃが、帆の造りが全く違うし、黒塗りの圧倒的な存在感が異様に感じられる。なにより、三郎の申す通りであるとすると速さが違うようだ。我等もあのような船を造れないであろうか?」
「(秀明)可能ではあるが、其方等にとっては初めての事であろうから、造るのに短くても2年は必要になる。また、其方等では入手出来ない材料が多い。大型船という事になると、船に熟練した水主や水夫が必要になる。其れ等の者を集めた上で、最低でも1年は操作に習熟しないと長距離航海は出来ないであろうな。此度は近距離なので、我等10人で操船したが、長旅だと交代要員も含めて、最低でも20人、出来れば40人は必要であろう。」
「(長門廣益)成程。お館様と談合してみ申す。その足らない材料というのは、使徒様から下げ渡して戴くことは可能でありましょうか?」
「(秀明)可能だが、我等も原料については対価を払って天上の国から入手している事でもあり、其方等に渡すに際して只という訳には参らぬ。金または銀で支払って貰うことになろう。」
「(南條廣継)金・銀はそれ程手持ちがあり申さず。如何とも致し難く。」
「(秀明)探し方が分かっていれば、この蝦夷の地には金は沢山ある。近い処だと、この渡島半島のモ・ルエラニと反対側の付け根辺りに金を産する山がある。後で地図を持ってくる。先ほどの船で、風向きが良ければ6日程で着く筈だ。金堀人夫と漁民の中から選んだ水夫を連れて行けば良い。その時は我等も同行する。」
「(南條廣継)其れは助かります。是非お願い致し申す。尤も、御屋形様の認可を頂いてからという事に成り申すが。」
「(秀明)其れは然様だろうな。今出してある土産は、其方等2人で分けてくれ。郎党や家人にも分配してやれ。」
「(長門廣益)今宵は是非、某の処にお泊り下され。」
「(秀明)申し出はありがたいが、今夜中にやっておかねばならない作業があるのでな、済まぬが我等は船に戻って泊まる。但し何時までも船に住まいするのも不自由なので、4人が住まうのに狭く無き空き家はないか? 掃除しておいて貰えさえすれば、食糧や家財道具等は不要。全て己らで整える。如何じゃ?」
「(南條廣継)近場で一軒心当たりがあり申す。明日の昼迄に掃除を終えておくよう命じ措き申す。」
「(秀明)其れはありがたい。その時は船に誰か使いを寄こして貰いたい。但し、家の一部を作り替える可能性があるが構わないか?」
「(南條廣継)別段不都合はあり申さず、如何様にもお使い下され。」
「(秀明)済まぬな。それと三郎よ、言葉の問題があるからイメルッカ達3人の面倒見を頼みたい。彼らの食糧は後程渡す。」
「(渡会三郎)分かりました。某は実家に帰るのですが、離れ家が空いていて住んで貰えると思います。後程、3人を連れて帰りますが、その時に食材をお願いします。少し向こうでイメルッカ達と話しております。」
と言って4人が広間を出て行った。それを待っていたのだろうが、重要点に触れ始めた。
「(長門廣益)さて、近々の事は差配出来たとして、使徒様が此方に御出でになった理由をお聞かせ下され。」
「(秀明)一番の核心じゃな。天照坐皇大御神様の命は、先ずはこの地に降り立ち周辺を纏めた後、順に南へと下って行き、最終的にはこの日ノ本の国を統一して全ての民を安んぜよ、という事であった。」
「(長門廣益)それは壮大ですな。天下統一を目指すと? この北の地から、そんな事が可能なのでありましょうか? 自らを貶めたくはありませんが、言わば我等蠣崎は弱小勢力にて。今は和睦しており申すが、少し前まではアイヌとも抗争を繰り返しており、有体に言えば劣勢な時もあって、12の館の過半を奪われるなど存亡の危機を迎えた事もあり申した。とてもではありませんが、南部や安東を押し除けるなど無理では無いかと考える次第でござる。」
「(優也)蠣崎氏は、新田との抗争を理由に南部から追討され、田名部などを奪われてこの地に来たのであろう。まあ、其方等は蝦夷地では新参者だからの、先住民のアイヌと抗争になるのは必然であったろうな。双方共に無視出来ない損害が出て、漸く戦い続けることの無益さを悟ったという処か。南部との戦いの時に合力して貰ったことで安東に頭が上がらなくなった。要するに其方等は、この渡島半島という矮小な地に閉じ込められている。これ以上北へ向かえばアイヌとの抗争が再燃し、しかも物成りの悪い北の寒冷の地を如何に得たとて然程の実入りにならぬ。しかし、海を隔てた南には強大な南部と邪魔な安東が居る、という訳だの。」
「(南條廣継)はあ、全く以ってその通り。それだけ明け透けに指摘されると、改めて己が置かれている状況に落胆致し申す。」
「(優也)がっかりする事は無いぞ、この蝦夷の地に合った政をすれば良い。また、よく考え、知恵を結集して富国強兵を実現するのだ。」
「(長門廣益)富国と強兵とは難しい事にて。先ず、如何様にして国を富ませるのでございましょうや?」
「(秀明)其方等は、交易で何を売って何を買っておる?」
「(長門廣益)干昆布・アワビ・ナマコなどの海産物・俵物と、アイヌの産物や毛皮などを売っており申す。昔は塩引き鮭も取引出来てそれなりに儲かった時もあり申したが。買うのは米・粟・稗等の食糧や武器や鉄器などにて。」
「(秀明)それを聞いただけで、いいように毟られている様が良く分かる。其方等も、この取引が己に有利に展開しているとは思っておらぬだろう?」
「(長門廣益)それはそう思い申す。」
「(秀明)なぜ不利な取引に甘んじなければならぬ? 分かるか?」
「(長門廣益)大型の船を持たないので自分たちで運べず、相手の言値で売買する事になるからだと愚考し申す。」
「(秀明)そうだな。先ほどの海産物・俵物などは、例えば京や大阪に近い敦賀の港まで運べば莫大な利益になる。しかし船の往来に便利な港付近には地元の海賊がいて、大仰な通行料を取り立てる。またその港に入るために支払う津料も取られる。何れも、行く先々で取られるのだから長距離程大きな額になる。更に、此方が小さい船だったり一隻だけだったりすると、足元を見られて吹っ掛けられたり、襲われる事もある。したがってなるべく大きい船でなければならず、護衛の軍船も必要になる。少し話が飛ぶが、我等が陸奥の国々を平らげようとしたとき、海を隔てているのだから船で攻め込むしかない。軍を動かすときの定石は、戦力の逐次投入をするべからず、という事だ。戦力は一気に、大量に投入せねば勝てない。また、例え勝てても此方の被害が大きければ話にならん。したがって何隻もの大型船に沢山の兵士・武器・兵糧を一気に運んで決戦する必要がある。これらを総合して簡単に言えば、ゆくゆくは大型船を複数必要とするという事になる。
さて話を戻すぞ。交易で十分な利益が出ていれば幾らでも食糧などを買いこめる。然しながら、食糧という生き死に直結する重要物品を外部に依存するというのは余りにも危険だ。蝦夷の地には野分(台風のこと)は来ないであろうが、南の地には時々やってくる。あるいは旱魃になる事等もある。そうすると、彼の地でも米や穀物が取れなくなり、値上がりする。さて然様な時、松前に迄、米や穀物が廻って来ると思うか? 廻って来たとしても如何程の値になるであろうか?」
そう指摘すると、長門も南條も顔色が悪くなる。
「(秀明)もっと知恵を絞って我等自身で食料を増産し、餓死したり凍死したりせぬ様に新しいやり方をせねばならぬ。たとえば寒さに強い蕎麦や麦はもっと増産する必要がある。大した収穫が見込めない稲作よりも、此れ等の方が優先する。大豆などの豆もな。最後に、寒冷地でも良く育つ芋を授けるので、それを増産せよ。そうすれば食糧問題は解決する。」
「(優也)食糧が増産できれば、アイヌの民をもっと手懐けることが出来る。というか、民族融和を図れるだろう。アイヌは基本的に狩猟・採集民だ。自然の恵みにだけ依存しているので、それを奪い合う競争者に成りかねない余所者が自分達の縄張りに入って来る事を嫌う。これが、其方等とアイヌの民が争いになった主な理由だ。またアイヌの民は狩猟・採集で余裕のない生活をしているから、新しき事を生み出す力が無い。したがって何時までも旧態依然の生活様式で進歩が無い。進歩が無ければ益々新しき事を理解出来ず、他の民族と融和出来ない。アイヌよりは遥かにマシであるが、其方等も似た状況にあるの。しかし、其処に潤沢な食糧を与えれば如何なるか? 生活に余裕が出来て新しき事を考えられるようになる。それが最初に言った “食糧が増産出来れば” という事に繋がる。」
「(美香)食糧増産の方法は、これから種々教えて行きますよ。多分これから先、飢えて死ぬなどと謂う事は無くなると思います。」
「(長門廣益)それが実現出来れば、本当に素晴らしき事。是非お願い致し申す。」




