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天文20(1551)年4月30日-1

 4月30日。 5日目の朝は、昨日とは異なり東風が丁度良い強さで吹いていて、帆で順調に進んだ。15時頃、松前の弁天島の湾みたいになっている処に到着した。小さな湊だが波もなく水深が十分あるので、そのまま接岸できた。買っておいたゴムタイヤ(無駄に新品)をクッションに使い、何回も試みてようやく所定の位置に停めた。白い帆と黒い船のコントラストが珍しいのだろう、松前の漁民たちがたくさん集まってきて、ワイワイ騒いでいる。周りを見渡すとこの船の1/4以下の大きさの舟が大部分で、大型船としても興味を引いたのだろう。日焼けで赤黒光りして筋骨たくましい漁師たちが舫い綱を固定してくれたので船が安定した。板をさし渡して下船したところへ、誰か知らせたのだろう、押っ取り刀で5人の武士が駆けつけてきた。三郎がそのうち帰還するであろうことは知っていても、まさかこのような大型船がやって来るとは思わなかったろう。南部によって陸奥・田名部付近の領土から蝦夷の地に追いやられ、ようやくこの頃になって周囲を制圧出来たばかりだから神経質になるのも致し方ない。5人のうちの1人が良く見知った者だったらしく、三郎が進み出て、2人で久闊を叙するように腕を取り合いながら暫し話し込んでいる。5分程の長話の後、2人して此方へやって来た。他の4人の武士は我等を取り囲むような位置に散開している。

「(渡会三郎)使徒様、この者は南條廣継様の家人にて、大井介三郎と申します。幼少より見知った者にて、ずっと親しく交わっております。」

「(大井介三郎)よろしく御見知り置き下され。三郎は皆様方のことを神の使徒様と言っておりますが、某には良く理解出来申せず。そこで、某の主である南條廣継様にお会いして頂きたく存じます。」

「(秀明)我は桜井秀明という。こちらは右から木下優也、その妻で咲耶、我の妻で美香である。皆、日輪の神である天照坐皇大御神様より命を受け、この地に至った神の使徒である。あちらは、三郎が出かけて滞在していたモ・ルエラニのアイヌ部族長のイカシパの跡継ぎであるイメルッカとその配下の者である。南條廣継殿に会うのは構わないが、むしろ三郎との繋がりにて先ずは長門廣益殿の屋敷に向かい、そこに南條殿にも来て貰うというのは如何か?」

「(大井介三郎)分かり申した。そのように計らいます。(後ろを向いて)聞いていたな、其方、南條様に伝えよ。其方は、長門様の御屋敷に向かい、我等や南條様が参上する旨を伝えよ。」

「(秀明)我等が船に勝手に入り込んだり悪さをされたりしては困るので、誰かに見張りをして貰いたいが、可能か?」

「(大井介三郎)我等の任はこの弁天島を中心とした港の見回りなので、応援を呼んで、四六時中見張らせます。おい、お主、3,4人、詰所から応援を呼んで参れ。」

 長門廣益や南條廣継は史実通りか如何か分からないが、どうやら此処では三十路の働き盛りバリバリの武将らしい。3人の家人(けにん)が駆け出して伝令に向かい、渡会三郎、大井介三郎、陣馬一郎、早田参十郎、我等四人、イメルッカ達3人と残りの家人1人が列をなして歩いていく。途中、三郎が建物名や地名を教えてくれるが、申し訳ないけどいちいち覚えていられない。

「(優也)三郎よ、持ち運びながら上陸するのは大変ということで、交易品や土産物を我等が預かっているが、それらは如何様にすればよい?」

「(渡会三郎)長門様のお屋敷にて一部を、残りの全部を蠣崎の御館様の眼前に出して頂くというのは如何でしょうか? 多少なりとも使徒様のお力を認識すると思います。」

「(優也)成程な、そうしよう。」

30分ほど坂道を登って下って、またうんと上って長門の屋敷に着いた。伝わっているとみえて、屋敷の主だった者が門前に出迎えている。一番身形の良い武将が前に進んできて、

「(長門廣益)徳山館の主である蠣崎若狭守季廣様の家老の一人にて、長門廣益と申す。遠路遙々、お疲れ様でござった。挨拶は中にお入り頂いて、一息つかれてからに致そうではありませんか?」

「(秀明)お心遣い、痛み入る。それでは遠慮無く。」

家来達にメットや太刀などを預ける。ザイロンの上下のままではおかしいだろうから、控えの間にて、倉庫から取り出した和服風の衣装に着替え、逆にザイロンの上下やジャージは倉庫に格納する。女子は卒業式の時のような袴姿だ。座敷に通され、薄縁が敷かれたところに座る。我等4人が前の方で、後ろに三郎とイメルッカ達3人が座る。女子2人は正座しているが、我等2人は胡坐だ。戦国時代は胡坐でも正式な座り方なので助かった。正座なんぞしたら3分と持たない。そうこうしているうちに、南條殿も到着して、長門殿の隣に座る。


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