天文19(1550)年9月10~11月15日
9月10~30日。 この部落は、穀物として粟・黍を栽培している他は、狩猟・採集で暮らしているようだ。その中でも、主に女性が担当する海岸での貝などの採集や、舟を使っての漁が食糧を得る主要な方法のようだ。しかし、貝などは採り続けていれば減ってくるし、舟は小さいので湾内での漁が主になる。穂先が骨で出来たヤスのような漁具で突くか、余り出来の良くない小さな網を使う程度で、漁獲は量・質共に大した事無い。山林に入ってエゾシカ等を狩るなんて言うのは殆どあり得ないのだろう。1年に1回、罠猟で取れれば御の字で、時々カモのような鳥を矢で仕留めるくらいか。何れにしろ、穀物・漁獲・猟・採集で得られる量は、この部落を維持するのにギリギリと言える。特に冬になると、天気の良いときに漁と採集ができるかどうか位になってしまう。恐らく穀物類は長い冬に備えて大事に取って置くのだろう。例年の状況を三郎に聞いてみると、長い冬の間に、食糧不足からくる凍死が1,2件あるということだった。特に、新生児のような体力の無い者が犠牲になり易い。そのせいで、この部落はなかなか人口が増えないのだそうだ。
そこで幾つか教えることにした。先ず、小舟を安定させて湾外の比較的良い漁場まで安定して行けるように、アウトリガーを付ける事や、2つの舟をくっつけて双胴船を作らせた。いずれも安定性が大幅に増し、喜んで湾外に出ていく。少し窘めないと無茶をしそうだ。三郎・イカシパを通じて、よく説明するように言い置いた。次に漁網、ヤスや海用(防錆合金製)の鎌と釣り針・釣り糸を与えた。漁網は、2艘で曳ける程度の小型の引き網と、湾の出入り口に設置する刺し網にした。沢山捕れて大喜びだ。鎌は長い棒の先に付けてコンブ漁に使っており、こちらも簡単に刈れると評判だ。骨製の釣り針だとどうしても太くなるので魚に見破られ、また突き刺しが悪いので逃げられることが多い。釣り糸も、アイヌがオヒョウから作った糸では強度的に太くしないと切られてしまい、そうすると魚に見破られてしまう。合金製の釣り針とナイロン製釣り糸をセットで渡したところ、主に女達が陸っぱり(おかっぱり)で岸辺から盛んに釣り上げている。20~30cmの小型魚ばかりだが、5匹もあれば一家で食べられるし、干物などにするにはちょうど良い。ナイロンは屈折率が海水とほぼ同じなので魚に見破られず、食いつきが良いようだ。白のナイロン製水着が海に入ると透き通ってしまうのは、これが理由だ。誰かがチタン酸バリウムのウィスカー(猫のひげ、の意味。微細な針状結晶の総称)を練りこんだナイロン糸を考案し、ウィスカーによる乱散乱で透けて見えない白水着を成立させて大儲けしたと聞いたことがある。
こんな訳で、だいぶこの部落も食糧事情が改善されたので、今後は飢え死にや凍死が減るだろう。神様の信者が増えるだろうから、結構な事だ。但し、冬季の野菜類というか主にビタミンCの補給が問題だ。一つは、上流の我々の拠点付近から部落へ至る小川の岸辺に、クレソンを植えた。生食しても炒め物に使っても良い。クレソンは冷たい水でも大丈夫で繁殖力が強く、全く雪に埋もれてしまわない限り冬でも収穫できるはず。聞いたところでは、この小川は真冬でも氷が張ることなく普通に流れ続けているそうだから、多分大丈夫だろう。もう一つはモヤシ作りを教えた。モヤシはビタミンB・Cが豊富で、カルシウム・カリウム・食物繊維・アスパラギン酸などを摂取できる。濡らした莚で栽培すれば数日で収穫でき、手軽に得られる。まだ豆が青いうちに、要するに枝豆の状態のときに我等の畑から少しだけ収穫して茹でて塩を振り、三郎、イカシパや主だった数名を呼んで食べさせた。むろん、冷えた焼酎の水割りもチョッピリ提供したけど。ずいぶん気に入ったようでもっと無いのかとねだられたが、種をやるから自分たちで来年栽培しろと命じておいた。そこからしばらく経って、さやが黄色くなり、大豆として収穫されたものを再び見せた。同時に、濡れ莚の上で栽培したモヤシも見せ、酢味噌と共に少し食べさせてみる。たいして美味しくはないが、食べられることは分ったようだ。モヤシの栽培方法-温度と水分管理―を詳しく説明し、野草類が採れない冬の間、クレソンやモヤシを食することの重要性を言って聞かせ、最終的には「神様の御命令だ」と言って従わせた。莚と大豆を少しずつ各戸別に行き渡るように持たせ、試験的にモヤシを作って結果を見せに来るよう命じた。四日ほどで皆がやってきて、全員成功したようだ。まあ、モヤシ作りは簡単だからね。大量の大豆(実は購入したのも含まれている)、ついでに蕎麦の実もイカシパに渡し、冬になる前に全戸に配るよう、また来年はこれらを蒔いて育て、収穫するよう命じた。イカシパと二人の息子には、蕎麦の脱穀の方法と食べ方も教えておいた。
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10月1日~11月15日。 そんなこんなで、秋が過ぎ、冬に差し掛かった。まだ本格的な雪の季節にはなっていない。畑は収穫が終わり、野菜類はホームセンターからの購入だけになった。果樹は、どれも成長しているが、まだ実をつけるには若すぎるようで、来年以降に期待するしかない。うまく管理すれば、ブドウだけは来年には収穫できるかもしれない。往来がやりにくくなる前に、粟・稗・蕎麦と干し肉を大量に配った。
船は、竜骨と骨組みだけは出来て、4対の櫂と共にレジャーシートで包まれてX字型の木組みの上に置いて、自然乾燥してある。春になったら速攻で仕上げねば。後はたいした活動はできないので、運動不足にならないように注意するのと、お勉強の時間だ。この家は、LDK、風呂/洗面所、各自の個室4部屋でできており、LDKの両端には2基の暖炉もどきのストーブが備え付けられている。全体的にフローリングで、個室には組み立てたベッドと机・椅子・洋式タンスなどがあり、キッチンの端だけ土間になっていて薪が積まれている。外の雁木にも積んであるが。個人の部屋は一応壁とドアで仕切られているのだが、薄い合板2枚の間に断熱材を入れただけのペラペラ壁なので、お隣の物音が若干聞こえる。下手な音をたてないように注意せねばね。
日毎の時間割を組んで、高3の教科書、アイヌ語、各自担当の専門分野をローテして学習する。アイヌ語の辞書というか学習書は1冊しかないので順に使用するしかない。専門分野の前に、高3の教科の内容をマスターしておかねばならない。高3の夏休み寸前だったからね、どの教科も3/4~4/5は終わっているので、後ちょっとだ。それと、すぐに必要になりそうな北海道・東北北部の地理と、この時代の日本史も知っておいた方が良いね。パラレルワールドと言っても参考になる事が多々ある。そうだ、手分けして北海道・東北北部の地図をトレースしておこう。地図で示しながら三郎や蠣崎と相談するようなことがあり得るだろうし、この精密な日本地図をもろに見せる訳にはいかないだろう。
そんな風に日々を過ごし、男子勢は身長が3cm程伸びて、衣服はLサイズになってしまい、買い直した。いらなくなった衣服はイカシパにあげて、有効利用するよう言い置いた。布は貴重だからね。女子が裁縫・染織工房を開いていた時に綿布を相当量与えているから、この冬の間に沢山の衣服が作られることだろう。女子勢も身長が伸びたようだが、それよりもあーその、女性らしく豊かになって(どこが、とは言わない)、ジャージ姿で対面されると目線のやり場に困る。女性は、男が見ている先というのは敏感に感じるらしく、薄い壁を通して聞こえてくる女子会のひそひそ話で、「*****なのよ、やーねー」--ちっともいやそうな口ぶりではないが。
「(かすかに)私さ、ちょっと育って〇〇cmになったよ。」--なぜ肝心なところが聞こえないんだ。
「(かすかに)うん、私も同じくらい。今度お風呂で比べてみようか。*****--」
姦しくて結構。比べているのは身長だろうか?-それとも? これで、青春真っただ中の正常な男子が眠れなくなったら如何してくれるんだ--自業自得? ああそうかよ。
冬は外で洗濯出来ないので、乾燥モード付の全自動洗濯機を買った。これは便利だわ。小川でシコシコ手洗いして、木立に渡したヒモで干すなんていうのと比べると天国。第一、冬は外に干すと凍っちゃうしね。LDKじゃ下着は干せないし、自室に干すと寝具が湿気る。洗濯機、けっこう高かったんだが、とっとと買おうよという女子の圧力がすごかった。(なぜ自分の金貨を使って買わないのだ? 女性の特質かね。)




