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秘めた想い

 その日、志保は美咲の家で勉強会をしていた。期末テストが近いから一緒に勉強しよう、と美咲に誘われたからだ。

 美咲の部屋でテーブルに相対する形で座り、参考書を開き問題集を解く。時折お互いに教え合う志保と美咲。一見するとそれは、いつもの平和な光景でしかない。

 しかし、志保は明らかに上の空で、ペンを持つ手も時折止まってしまう。心ここにあらずなのは誰の目にも明らかだった。

(このコ……)

 美咲は気づいた。そして言った。

「……そういえばさ、この前、渡辺さんとちょっと話しちゃった」

 その一言に、志保の肩がピクリと震える。

「……え?」

「いや、別に深い意味はないんだけど、ちょっと川島とのこと、聞いてみようかなー、なんて思ってさ」

 美咲の言葉に、志保は力なく諦めたように笑う。

「……もういいの、美咲ちゃん。よしくんが渡辺さんのことを好きなのは、見ていればわかるし……だったら私が邪魔しちゃ、ダメだよ」

 このコは、どうしてこんなに自分を卑下するんだろう。

(知り合った頃からずっとそう。周りの目を気にして、自分を抑え込んで)

 志保の境遇は、もうずいぶん前に本人から聞いていた。あまり話したくないだろうに、それを自分に話してくれたことが美咲は嬉しかった。それは、自分を信頼してくれている証だと思えたから。

 けれど、だから美咲は言いたい。もっと自分に自信を持て、と。

「もういいって……志保、アンタそれ、本心から言ってる?」

「……えっ?」

「本心なわけないよね。志保がどんだけ川島のことを好きなのか、アタシはわかってるつもりだよ?」

「美咲ちゃん……」

「……ねえ、志保。球技大会の日、覚えてる?」

「え……? うん、覚えてるけど……」

「川島がホームラン打った後みんながワーッて集まってた時さ、アタシ、見ちゃったんだよね。あいつが誰を見て笑ってたか」

「……っ」

「渡辺さんだったよ。志保も見てたでしょ? あの、アタシたちの知らない特別な笑顔をさ」

「……うん、見てた」

「志保。このまま見てるだけで、本当にいいの?」

「……だって、私に、何ができるって言うの?」

「できる、できないの話じゃないのよ。アタシが言ってるのは、志保がどうしたいかの話。このまま、川島の隣りが渡辺さんの『特等席』になっちゃっても、志保は平気なフリして、笑っていられるの? 川島の隣りは志保だけの場所だったんじゃないの?」

 美咲はさらに言葉を続ける。

「もしかして志保さ、川島が自分のことを好きかどうかわからなくて心配だったりするの?」

 志保は少し考えた後、コクンと頷いた。

「そんなの考え過ぎだよぉ。川島も絶対志保のこと好きだって。間違いないって」

 美咲は自信ありげにそう言った。

「なんでそう思うの?」

「だってさ、川島ってお父さんに命令されたからとか口では色々言ってるけどさ、でもそれでもいつも一緒にいるわけじゃん。だからそんなの絶対言い訳だって。毎日一緒に学校来て一緒に帰って、そんなの好きな人とじゃなきゃ絶対断るって。志保だってホントはそうだって思ってるんじゃないの?」

 それはそうなのだが、実は志保の心配はそれだけではなかった。

「私だって嫌われてはいないと思うけど、でも好きかどうかって言われたら……よしくんが同じように私のことを好きかって考えたら自信が無いの」

「えーっ? じゃあその自信が持てるまで待つわけぇ? 志保はそれでいいの?」

「よくはないけど……でも気持ちを伝えてギクシャクしちゃって今までと変わっちゃうんなら、今はこのままでいいかなぁって。そりゃあ私だってホントは、よしくんから好きだって言われたいけど……」

「だったら、待っていないで自分から言っちゃいなよ!」

「……できないよ」

「なんで? 川島のこと大好きなくせに、なんで言えないの?」

「だって……怖いんだもん……」

 志保は、これまで抑えていた感情が少しだけ溢れ出した。

「だって、もし私が好きだって言って、よしくんが、そうじゃなかったら?  きっと、もう今までみたいに隣りで笑い合うことなんて、できなくなっちゃう」

「それは……」

「ゼロになっちゃうんかもしれないんだよ? 今のこの温かい関係が、全部なくなっちゃう。それくらいなら、このままの方がずっといいよ……」

 志保はフラれるのも怖いが、良樹のそばにすらいられなくなることが何よりも怖かった。

「もし私が告白して、フラれちゃったら……きっともう、今までみたいにはいられないよ」

「……まあ、そりゃ、そうかもしれないけど」

「それだけじゃないの……もしそうなったら、家の中の空気が、おかしくなっちゃう。薫子さんや樹さん、みんなに迷惑かけちゃう……私のせいで、あの温かい場所を壊しちゃうかもしれない……それだけは、絶対にイヤなの。血の繋がってない私を心から愛してくれる人たちを、あの場所を、失いたくないの……」

 美咲は思わず息を呑んだ。

「……志保、アンタまさか、ずっとそんなことまで考えてたの……?」

 美咲も、川島家の人たちとは志保を介して何度も会っている。

(たしかに、みんなステキな人たちだもんね)

 志保が大切な人たちだと思っていることは知っているし、失いたくない場所だと思っていることも知っている。だが、自分の行動でみんなに迷惑をかけてしまうと、そのことをそこまで恐れているとは知らなかった。

(このコは、そんな重荷をたった一人でずっと背負ってきてたんだ……)

 美咲は志保の健気さに胸を痛めたが、同時に親友として言うべきこともわかっていた。

「バカだなぁ志保は……そんなこと川島の家の誰も、望んでないに決まってるじゃん」

「美咲ちゃん……」

「アタシだって川島の家の人たちのことは知ってるつもりだよ。でもさ、だったら今みたいに自分の気持ちに嘘ついて、全部我慢して、それでいつかボロボロになっちゃったら……そんなのあの人たちが喜ぶ? 少なくとも薫子さんは絶対そんなこと望んでないでしょ。志保が本当に考えなきゃいけないのは、家の空気なんかじゃないんじゃないかな」

「それは……そうかもしれないけど……」

「だからね、自分のホントの気持ちをちゃんと伝えておかないと、後で後悔するんじゃないかってアタシは思ってさ」

 美咲のその言葉は、志保の胸の奥に深々と突き刺さった。

(そうかな? 後悔しちゃうかな? やっぱり勇気を出して伝えた方がいいのかな?)

 でもでも、もしよしくんが私を好きじゃなかったらどうすればいいの? 志保の頭の中は、やはり今までと同じように考えが堂々巡りを繰り返すだけだった。

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