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球技大会のヒーロー

「よしくーん! 頑張ってー!」

 

 背中越しに志保の声援が聞こえた。

 

「川島ぁ! ここで打たなかったらブッとばすからね!」

 

 江藤美咲の応援? も聞こえる。マウンドには市原が立っていた。

 

「絶対打たせないから!」

 

 市原が大きな声でそう言った。相当気合が入ってるようだ。

(アイツ、目がマジモードじゃん)

 良樹は負けじと大声で言い返して自分に気合を入れた。

「いや、絶対打つから! 宇宙の果てまで飛ばしてやるぜ!」

 

 良樹たちの中学校は、春と秋に球技大会をする。男子の競技はソフトボール・サッカー・バレー・バスケットで、女子の方はサッカーが軟式テニスに替わる。これを学年ごとに、つまり3日間にわたってやるというのだから、公立なのに結構お祭り好きな学校だ。ちなみに部活でやってる競技には出られない。

 

「なんか男子のソフトボールが面白いことになってるみたいだぞ」

 

 生徒たちが続々とグラウンドに集まってくる。その試合は、良樹と市原が直接対決している決勝戦だ。


 試合は2転3転する接戦で、1点差で市原のA組リードのまま最終回の裏になった。ツーアウトでランナーは2塁。ここでヒットが出れば最低でも同点、もしホームランなら逆転サヨナラ勝ちという場面で良樹に打席が回ってきた。

(これはもう、サヨナラ勝ちを決めてヒーローになれって言ってるようなもんだよな)

 彼は打つ気マンマン、ヒーローになる気マンマンで打席へと向かった。

 

 良樹のスポーツ万能っぷりを知らない者はいない。期待度マックスの声援が良樹の背中越しに聞こえる。中でも志保の声はハッキリと彼の耳に届いていた。

(アイツの声って不思議と通るんだよな。なんでだろ)

 だが今日は、珍しく志保以外の女の子の声援も聞こえる。これが黄色い声援ってヤツなのか。

(なんか良い気分だぞ、これ)


 ソフトボールだからピッチャーの市原はアンダーハンドで投げるのだが、これが結構速い。それだけ彼も真剣になってるということなのだろうが、それがなおさら良樹の気持ちを燃えさせた。

 

 バッターボックスへ入る前に1回2回と軽く素振りをする。良樹はもう、完全に自分で試合を決める気でいた。狙うはホームランのみだ。

 ルールとしてはレフト側後方にある体育館を打球が越えるか、センターとライト側の校舎に打球が直接当たるかすればホームランということになっている。ただしそこまで飛ばすのは、中学生の力ではなかなか難しい。


 初球は外角に外れた。2球目はファウルになった。3球目もまたファウルになったところで、良樹は1度バッターボックスを外した。

(市原のヤツ、すっげー気合入ってんな)

 

 スポーツでは負けたくない自分が気合十分なのは当然としても、市原はどうしてそれほど本気で挑んできているのかさっぱりわからない。

 その理由が、他の人には目もくれずに自分の隣の席の男ばかりを嬉しそうに見つめている、バックネット裏のたった一人の少女であることを、この時の良樹は全く気づきもしなかった。

 そんなことよりも、良樹はとにかく真剣勝負が出来ること、それ自体にワクワクが止まらない。

(もっと勝負を楽しみたい気もするけど、そうもいかねえしな)

 

 打ち頃の球が来たら逃さず絶対に打つ。そして勝つ。良樹は打席に戻りながら、バットで軽くコンコンと自分の頭を叩いた。

(見てろよ志保。絶対に打つからな)

 

 打席に再び立った良樹はマウンド上の市原を睨みつけ「よっしゃ! 来い!」と叫んだ。球種もコースも関係ない。来た球を迷わず打ち抜くだけだ。バットの芯に当たればホームランだって可能、良樹はそう自信を持っていた。

 

 市原の投じた4球目はこの試合で1番速かった。だがそれを良樹は上手くバットで捉えた。衝撃が両手から全身へと伝わる。そのままバットを思い切り力強く振り抜いた。文字通りのフルスイングだ。

 

 快音を残した打球は、高く高くレフト側の宙に舞い上がった。まるで真っ青な空を切り裂くように。一斉に観客たちの歓声が湧き上がる。打球はそのままグングンと伸びて、体育館の屋根を越えていった。ホームランだ。

 

「よっしゃあ!!!!」

 

 良樹は固く握りしめた右拳を高々と空に突き上げた。その瞬間、観客たちがドッと沸いた。

 

「やったぁ! よしくん、すごーい!」

「川島ぁ! カッコイイよ!」

 

 志保と江藤は、手を取り合いながらキャアキャア喜んだ。良樹はダイヤモンドをゆっくりと一周する。観客の声援と拍手が気持ち良い。こんな高揚感は生まれて初めてかもしれない。

(いや、これメチャクチャ気持ち良いな)

 飛び上がって喜んでいる志保の姿が見えた。いつもと違って、今日はなんでそんなに喜んでいるかよくわかる。マウンドをチラッと見ると、市原はポカーンと呆気に取られたまま体育館の方を見つめていた。打球をあそこまで飛ばされたことに相当驚いているようだ。

 ホームベースを踏んだ次の瞬間、クラスメートからの手荒い祝福が良樹を襲う。

 

「やったじゃん、さすが川島!! スゲーよ!!」

「やったな川島!! やったやった!!」

「川島くん!! すごいよ!! おめでとー!!」

 

 誰も彼もが良樹の背中から頭からバシバシ叩く。だが、その痛みは全然イヤじゃなかった。みんなが心から喜んでいることが、心から祝福してくれてることがハッキリ伝わってきたから。

(でも、さすがにそろそろちょっとは手加減してくれよ。痛いっ! 痛いって!)



 クラスのみんながヒーローの良樹に駆け寄っていく。

 

「ほら、志保! アタシたちも行くよ!」

 

 美咲に促され もちろん自分もその輪に加わりたくて志保は一歩踏み出した。だが、すぐにその足が止まる。

(渡辺さん……)

 みんなにもみくちゃにされながら、良樹が照れくさそうに視線を向けた先には渡辺がいた。彼女は、バックネット裏から自分のことみたいに嬉しそうに良樹を見て、小さく拍手を送っていた。それに気づいた良樹が、ほんの一瞬だけ、はにかむように笑う。


 ―― また、あの笑顔だ。


 自分には見せてくれない、特別な笑顔。

 嬉しいはずの優勝が、急に色褪せて見えた。みんなの歓声が遠くに聞こえる。

 良樹の隣は、ずっと自分の特等席だと思ってた。

(でも、違ったのかな……)

 自分の知らない場所で良樹は、自分の知らない笑顔を他の誰かに見せている。そんな当たり前の事実に、志保は今さらながら気づいてしまった。

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