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家族として

家族って、いいもんですね。

 帰ってからは大変でした。よしくんはお父さんとお母さんから大目玉。もちろん私もです。私は竜樹さんにも瑞樹ちゃんにもすっごく怒られました。

 

「バカ野郎! 志保、オマエなぁ!」

 

 竜樹さんは、それはそれはものすごい剣幕で私を両肩を掴んで、そう怒鳴りつけました。

 

「自分が女の子だってことを忘れんじゃねえよ! 夜遅くに一人でうろついたら危ねえだろが! なにかあったらどうするつもりだったんだ!」

 

 竜樹さんから、こんなにキツく、そしてこんなに真剣な目で怒られたのは、初めてでした。指が私の肩に少しだけ食い込んでいます。でも、痛さなんて感じませんでした。

 

「志保ねえ、信じらんない!」

 

 瑞樹ちゃんはそう言って、泣きながら私に抱きついてきました。

 

「アタシが、どれだけ心配したと思ってるのよ! 志保ねえが……いなくなっちゃうかと思ったんだからぁ!」

 

 竜樹さんの怒りも瑞樹ちゃんの涙も、その根っこにあるのは、私のことを心配してくれる温かい気持ちです。

 

 それがわかったから私は「ごめんなさい」としか言えませんでした。やっぱり、一人で家を飛び出したのはマズかったかなぁ……。

 

「当たり前でしょ! あんな時間から女の子が一人で街中をうろつき回るなんて、もしなにかあったらどうするの! ホントにまったくもう!」

 

 薫子さんはそう怒りながらも「ホントに何もなくてよかったわ」と言って私を抱きしめてくれました。ホントにごめんなさい。ごめんなさい、お母さん。


 みんなに叱られたけれど、ようやく解放された私。部屋に戻って時計を見ると、もうじき日付が変わるような時間でした。

 

 でも、やっぱり眠れません。眠れるわけがありません。今日の出来事を思い出すと、眠れる方がおかしいと思っちゃいます。

 

(ホットミルクでも飲めば気持ちも落ち着くかなぁ)

 

 時間も時間だし、私は早く寝るために少しだけ冷静になろうと思って一人で台所へ向かいました。今日の出来事を頭の中で整理もしたかったし。

 

 私がホットミルクの用意をしていると。背後から静かな声がしました。

 

「……志保ちゃん」

 

 それはよしくんのお父さん、樹さんでした。

 

「あ……樹さん。ご、ごめんなさい。心配、おかけしました」

 

 樹さんの表情は怒っているようにも悲しんでいるようにも見えて、私は「叱られるのかな」と少しだけ身構えてしまいました。

 

 私はよしくんと違って樹さんのことを怖いと思ったことなんて一度も無いんだけど、でも今日は怒られても仕方ないことをした自覚があります。

 

「……良樹のことは聞いたよ。あいつが、馬鹿なことをしたようだね」

「ううん、そんなこと……よしくんは、悪くないんです。私が……」

 

 私が言い訳しようとするのを、樹さんは、静かに手を上げて制しました。

 

 「いや、いいんだよ。良樹とは、またあらためて話をする。俺が言いたいのは、志保ちゃんのことなんだ」

「……私、ですか?」

 

 樹さんは、私の目の前までゆっくりと歩いてくると、じっと、私の目を見つめました。その真剣な眼差しに、私は少しだけ息を飲みました。

 

「辛かったろ」

「え……」

「話は薫子から総て聞いたよ……ずっと、我慢してたんだね。良樹のことで、ずっと一人で悩んでいたんだろう? 気づいてやれなくて、本当にすまなかった」

 

 樹さんはそう言って、深々と私に頭を下げました。信じられませんでした。

 

「そ、そんな! 頭を上げてください! 樹さんは、何も悪くありませんから!」

「……いや。俺は父親失格だ。自分の娘がたった一人で、『この幸せを壊してしまうかもしれない』なんていう途方もない恐怖と戦っている時に、何も気づいてやれなかったんだから」

 

 自分の娘。樹さんは、確かにそう言いました。薫子さんだけじゃない。樹さんも、私のことを自分の娘だって言ってくれる。

 

「俺は、いや薫子もだが、どうやら志保ちゃんのことを子供扱いしすぎていたようだ」

「そんなこと……」

「実はね、志保ちゃんが良樹のことを恋愛的な意味で好きなんじゃないかって、以前薫子が言っていたんだよ」

「そう、だったんですか……」

 

 私は驚きました。薫子さんは、ううん、お母さんは私の気持ちに気づいていたんだって。

 

「でもね、その時は正直言ってどこまで踏み込んでいいかわからなくてね。思春期の女の子の難しさは仕事柄わかっているし、踏み込み過ぎて志保ちゃんを傷つけてしまったら、と思うと怖くてね。結局二人して、しばらく様子を見ようって逃げてしまったんだ」

「そんな、逃げるだなんて……」

 

 樹さんはそう言うけど、私にはそうは思えません。いま話を聞いていただけでも、二人がどれだけ私のことを愛してくれているかがわかるもの。そんな二人が逃げただなんて、とても思えません。


「その後、薫子から藤原くんという男の子と付き合っているみたいだって聞いてね、俺はそこで、もうこの問題は解決したんだと思ってしまったんだ。実際は志保ちゃんが悩み苦しんでいたのに、俺はもう終わったことだと考えてしまった。あまりにも軽率だったよ」

「そんな……軽率だなんて、私、思ってませんから」

「修学旅行から帰ってきて、薫子と瑞樹に良樹のことが好きだと言ったんだろう? その話も聞いていたよ。聞いていたのに、結局俺はキミにどう接したらいいかわからなくて、何も言ってやれなかった。肯定することも否定することもせず、父親として志保ちゃんを導いてあげることを放棄してしまっていたんだ」

 

 樹さんはそこまで言うと「本当にすまなかった」と言って、もう一度私に頭を下げました。

 

「……志保ちゃん。俺が昔、良樹に『志保ちゃんを守れ』と言ったことを知っているよね?」

「……はい。もちろんです」

「あいつは、ただ俺のことが怖いから、だから仕方なくキミの面倒を見ているんだと自分では思っていたかもしれない……でもね、俺は良樹に知って欲しいことがあったんだよ」

 

 樹さんはそこで一度言葉を切り、そして、不器用な、でもとても優しい顔でこう続けました。

 

「俺はね、良樹に、キミという宝物を守ることで男としての『責任』と『優しさ』を学んでほしかったんだ。親友から託された、何よりも大切な志保ちゃんという宝物を任せることでね」

「……宝物……」

 

 その言葉を聞いた瞬間、私の脳裏に遠い日の光景がぼんやりと蘇りました。

 

 まだ小さかった私を、高い高い肩車に乗せてくれた、大好きだったお父さんの背中。

『志保は、お父さんの、一番の宝物だからな』

 ざらざらした頬を私の顔に擦り付けて笑う、あの温かい声。

 

「そうだ。志保ちゃん、キミは俺たち家族にとって、かけがえのない宝物なんだ。それは血が繋がっているとか、いないとか、そんなこととは全く関係がないことなんだよ」

 

 樹さんの大きな手が、私の頭にそっと置かれました。その手は薫子さんの手とは違う、ゴツゴツして無骨で、でも、やっぱりどうしようもなく温かい手です。あの頃私の頭を撫でてくれたお父さんの手と、同じくらいに。

 

「だから、もう我慢しなくていいんだよ。自分の気持ちに、嘘をつかなくていいんだ。キミが良樹を好きでいることに、誰も文句を言う権利なんかない。父親として……いや、キミのもう一人の父親として……俺が、それを許す」

「……樹、さん……」

「……辛くなったら、いつでも言いなさい。キミの涙を拭いてやるのは、なにも薫子や瑞樹だけの役目じゃないんだからね」

「はい! お父さん!」

 

 お父さんと呼ばれた時の樹さんの嬉しそうな顔を、私は一生忘れないと思います。

いよいよ次話が最終話になります。最後までお付き合いください。よろしくお願いします。

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