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どこにいるの?

渡辺との別れが、川島家に大事件を巻き起こします。

 1月半ばのある日曜日、よしくんはデートに出かけていました。

 

 夕ご飯を食べてお風呂に入っても、まだよしくんは帰ってきません。パジャマに着替えると薫子さんが電話をしている声が聞こえてきました。

 

「申し訳ありません。ウチの良樹がそちらにお邪魔していませんでしょうか?」

 

 時計を見ると20時をとっくに回っていました。川島家のルールでは、中学生の門限は18時です。よしくんもそれはキチン守っていたし、遅れる場合はちゃんと電話で連絡していました。それなのに、今日に限って何も連絡が無いなんて……。

 

「よしくん、帰ってこないんですか?」

「そうなのよ。遅くなる時はいつも連絡していたのに、今日はそれもなくってね。お友達の家に電話してもどこにもいないし……心配だわ」

 

 薫子さんの表情は少し青ざめているようでした。

 

「どうしたの、母さん。なにかあったの?」

 

 学校から帰ってきた竜樹さんは、事情を聞くと「ちょっとそこいら探してくるよ」と言って、着替えもせずに飛び出していきました。私も部屋に戻って、大急ぎでパジャマから洋服に着替えます。

 

「ちょっ、ちょっと志保ちゃん! どこに行くつもりなの!」

「私も、よしくんを探してきます!」

「何を言ってるの! こんな時間に女の子が一人でなんて危ないじゃない。ダメよ!」

「大丈夫です! 私、よしくんがどこにいるかわかる気がするの。必ず連れて帰ってきますから!」

 

 私はそう言って、薫子さんが止める声を振り切って駆け出しました。



 「ハァ、ハァ、ハァ……」

 

 もうどれぐらい探し回っただろう。どこにいるかわかる気がするなんて言ったけど、そんなわけない。あれは引き止める薫子さんを納得させようとして思いつきで言っただけ。

 

 よしくんの行きそうな近所の場所は、思いつく総ての場所に行ってみたけどダメでした。よしくんが、どこにもいません。

 

「よしくん……どこに行っちゃったの……」

 

 やっと決意したのに。よしくんがどう思っていようと、私はずっとあなたのことを大好きでいるって決めたのに、なのに肝心のよしくんがいなくなっちゃったら意味がないじゃない。よしくんのバカ。

 

「どうしよう……どうしたらいいの? まさか事故にあったりしてないよね」

 

 不安と心細さがだんだん心を覆っていきます。ずっと走っていたのでノドもカラカラ。でもお財布も持たずに飛び出してきたので何も買えません。

 

「よしくん、なにがあったの? 今どこで何をしてるの?」

 

 きっと渡辺さんと何かあったんだ。そうじゃなきゃ、よしくんがこんなことするわけないもの。

 

 じゃあ、もし渡辺さんと何かあったのが原因だとしたら、よしくんは今どこにいるの?

 

「あ、そういえば……」

 

 私は、ふと思い出しました。

 

「よしくんが渡辺さんに告白された場所、たしか神明社だって言ってたよね。もしかしたら……」

 

 よしくんは渡辺さんとの思い出の場所にいるんじゃないかなって、直感的にそう思ったの。

 

 神明社は家の近所というほど近い場所じゃありません。今いる場所からだと走ってどのくらいだろう。10分以上かかるかな。でも、もう他に思いつく場所がないもの。

 

(行こう。行ってみていなかったら一度帰ろう。もしかしたら、よしくんもう帰ってきてるかもしれないし)

 

 私は祈るような気持ちで神明社へと駆け出しました。



 夜遅くの神社は、ほとんど明かりなんてありません。音もなく静まり返っていて、それでいて時々葉っぱがカサカサと音をたててすごく気味が悪いし、いつもならこんな時間には絶対に近寄らないと思います。

 

 正直言って怖くて怯みました。でも、もしかしたらよしくんがいるかもしれません。私は覚悟を決めて、おそるおそる参道に足を踏みいれました。

 

 足元に注意しながらゆっくりと一歩ずつ歩いていると、少しずつ目が暗闇に慣れてきて、周囲がうっすらと見えるようになってきました。

 

(あ、誰かいる)

 

 神社の本堂までたどり着くと、そこに人影らしいものが見えました。よく目を凝らして見ると、やっぱり人がいます。

 

(もし違う人だったら、お互いビックリしちゃうよね)

 

 私は驚かせないようにゆっくりと人影に近づいて、その人がよしくんかどうか確かめようとしました。

 

(あ、この人、よしくんだ)

 

 間違いありません。本堂の前で身動きもせず立ち尽くしている人は、間違いなくよしくんです。私が彼を間違えるわけないもの。

 

「よしくん」

 

 私はそっと声をかけたけれど、返事はありませんでした。

 

「よしくん! よしくんでしょう? わたしだよ! 志保だよ!」

 

 さらに近づいてもう一度声をかけると、よしくんはようやく私の方をゆっくりと見たんです。

 

「……ああ、その声は。志保か……」

 

 ビックリしました。なんて覇気のない声なんだろう。まるで感情をスッポリ失ってしまったみたい。太陽みたいだったよしくんとは、とても思えない声でした。

 

「よしくん、どうしたの? こんな時間にここで何をしているの? みんな心配してるんだよ?」

「……志保……俺、渡辺にフラれちまったよ……」

「えっ?」

 

 そっか、だからショックを受けてこんなになってしまったんだね。ずっと今までのことを思い出していたんだね。一人で楽しかった思い出を振り返っていたんだね。

 

「渡辺は何も悪くねえんだ……俺が、俺がバカだったんだよ。俺がみんな悪いんだ。アイツは何も悪くねぇんだよ。俺がもっと、ちゃんとアイツのことを見ていれば……いや、渡辺だけじゃねえ。俺は誰の事もちゃんと見ちゃいなかった。見たつもりになってただけだったんだ」

「……うん……そっか」

 

 私は何も言えませんでした。ただ彼の傍らにそっと立って、相槌を打つことしかできません。

 

「アイツは、他に好きな人ができたって言ってた。でも、そんなの絶対ウソなんだ。アイツはそんな女の子じゃない。なのに、俺はアイツにそんなことを言わせちまった……」

 

 渡辺さんのことを想って、自分を責めてボロボロになっているよしくん。その姿を見るのは辛いけど、同時にその優しさは、私がずっと大好きだったよしくんなんだって、改めて思いました。

 

「……オマエ、なんで、ここにいるってわかったんだよ」

「よしくんが、渡辺さんに告白された場所だって前に言ってたから。それを思い出して、もし何かあったら、ここに来るんじゃないかなって思ったの」

「……そっか。……俺のことなら、なんでもお見通しなんだな、オマエは」

 

 彼は力なく笑いました。でも、その目は全然笑っていません。

 

「市原に言われた。兄貴にも言われた。渡辺にも、今日……言われた。俺が、自分の気持ちに嘘ついてるって。でも……俺、わかんねえんだよ。俺の本当の気持ちって、なんなんだよ……何が俺の本当なんだよ……」

「……ううん。よしくんは、嘘なんかついてないよ」

「……え?」

「渡辺さんのことが好きだったのも、本当。私を家族だって思ってくれてたのも、本当。全部よしくんの本当の気持ちなんだよ。ただ、心が追いついていけなかっただけだよ」

「……志保……」

「よしくんって、昔から不器用な生き方してたよね。でも、私はそれがよしくんだって思ってる。だから、そんなに自分を責めないで。私、よしくんが自分を責めてるのを見るの、辛いよ」

 

 よしくんの瞳からポロリと零れ落ちた一粒が、わずかな光でキラッと光って見えました。よしくんが私の前で涙を見せたのは、初めてかもしれません。

 

「……俺は、オマエのことも傷つけた。江藤にも言われたんだ。俺のせいで、オマエがずっと我慢してたって……。なのに、なんで……なんでお前は、そんなに優しいんだよ……」

「違うよ、よしくん……優しいんじゃないよ」

 

 私は彼の涙をそっと指で拭って、そして覚悟を決めました。きっと、今この言葉を伝えるために、私はここに来たんだ。そのために、ここにいるんだ。

 

「……ねえ、よしくん。聞いてくれる?」

 

 私は彼の背中にそっと腕を回し、震えるその身体を、背後から優しく抱きしめました。私の心臓の音が、彼の背中に伝わればいいなって思いながら。

 

「私が優しく思えるのはね、よしくんのことが、大好きだからだよ」

「……っ!?」

 

 よしくんが息をのんだのが、ハッキリ伝わりました。

 

「私ね、よしくんのことが、ずっと好きだったよ。小学校の時から、ずっと。でもね、別にどうして欲しいとかじゃないの。ただ、よしくんが今すごく辛そうだから……だからこれだけは伝えておきたかったの。あなたは一人じゃないよって。どんな時でも私がここにいるよって」

 

 よしくんは何も言いません。ただ黙って話を聞いてくれています。だから私は、いままでずっと心の中に押し殺していた自分の本当の気持ちを総て吐き出しました。

 

「恋愛としての好きとか、家族としての好きとか、友達としての好きとか、もうそんなのどうだっていいの。私は……私はね、ただよしくんが好きなだけなの。笑った顔も、怒った顔も、今みたいに泣いてる顔も……全部、ぜーんぶ好きなの。たまらなく大好きなの!」

「……志保、お前……」

「でもね、答えなんていらないよ。よしくんが私のことをどう思っていても、もう関係ないの。もう決めたから。私はね、これからもずっと、よしくんのことが大好き。それだけは、もう絶対に変わらないから……だから、安心して。どんなに辛くても、どんなに苦しくっても、よしくんのそばにはいつでも私がいるから。それだけは覚えていてね」

 

 そう言って私は、抱きしめた腕に少しだけギュッと力を込めました。

 

「よしくんの背中、こんなに広くて温かかったんだね」

 

 こんな時なのに、私の頬は緩んでしまっていました。大好きな人を抱きしめるのって、こんなに嬉しくて幸せな気持ちになるんだな。初めて知った。きっと、これがライクではないラヴの気持ちなんだね。



 どれだけの時間、よしくんを抱きしめていただろう。私たちはその間、お互いに一言もしゃべりませんでした。

 

「あっ!」

 

 私は空からあるものが降ってきたことに気づいて声をあげました。

 

「ねえ、よしくん! 雪だよ! 雪が降ってきたよ!」

 

 空からチラチラと舞い落ちてくる白い雪。私たちはしばらくそれを見つめていました。

 

「帰ろう、よしくん。風邪ひいちゃうよ。おウチでみんな待ってるし」

「……そうだな……帰るか」

 

 それから私たちは二人並んで歩いて帰りました。秋祭りの時みたいに。昔みたいに。

 いかがでしたか? 神社で志保が良樹を背後から抱きしめて告白するシーンは、この作品を書こうと思った時に真っ先に浮かんだシーンでした。

 自分では満足のいくものに仕上がりましたが、みなさんはどう思いましたか? よかったらご意見・ご感想をお聞かせください。

 では残り2話。よかったら最後までお付き合いください。


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