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新学期

この回から最終回までは一人称でお楽しみください。

 冬休みが明けた新学期の始業式。その日の放課後。私は約束通り、藤原くんに返事を伝えるために、校舎の隅の静かな廊下で2人きりになりました。

 雪が降りそうなほど空気が冷たい。私たちの吐く息だけが、白く頼りなく宙に浮かんでは消えていきます。

「……じゃあ槙原さんの答え、聞かせてもらってもいいかな?」

 藤原くんは、いつもと同じ穏やかな表情で私にそう問いかけました。

 でもその瞳の奥に、ほんの少しだけ緊張が走っているのが私にもわかりました。ポケットの外に出された彼の手が、強く握られているのが見えました。

 それでも私は、今日こそハッキリしなきゃいけないの。少しでも彼を傷つけずに済むよう、言葉を慎重に選びながらハッキリと伝えなきゃいけない。それが彼に対する誠意だと思うから。

「……うん。あのね、藤原くん。まず、言わせてほしいの……本当に、ありがとう」

「……え?」

「藤原くんが告白してくれて、私は本当に嬉しかったの。ホントだよ? それはウソじゃないの」

 私の脳裏に、あの夏祭りの夜が蘇りました。

 人混みの中はぐれないようにと、そっと差し出してくれた彼の手。あの夜空に咲いた大きな花火。その光に照らされた、彼の優しい横顔。今でもハッキリと覚えています。

「夏休みも、花火大会の夜も……藤原くんが隣にいてくれたおかげで、私はどれだけ救われたかわからない。藤原くんの優しさがなかったら、きっととっくに一人で潰れちゃってたと思う」

 私は、一度深く頭を下げました。藤原くんへの感謝と、そしてこれから伝える言葉への罪悪感で、胸が張り裂けそうでした。

「……でもね、ごめんなさい。私、やっぱり藤原くんの気持ちには、応えられません」

 藤原くんは、何も言いませんでした。ただ静かに、黙って私の次の言葉を待ってくれています。その優しさに、私の胸はまた少し痛みました。

 「私、ずっと迷ってたの。藤原くんみたいな素敵な人と付き合えたら、きっと幸せになれるんだろうなって……でも、私やっと気づいたんだ。たとえこの先に何があっても、たとえ自分の想いが叶わなくても……それでも私は、やっぱりよしくんのことが大好きなんだって。 この気持ちだけは、もう、どうしようもないみたい」

 そこまで一気に言って、私はもう一度、彼の顔をまっすぐに見ました。

「こんな、自分の気持ちにケリをつけるためだけに藤原くんの優しさに甘えて、ずっと待たせてしまって……本当に、ごめんなさい」

 長い沈黙が続きました。やがて、藤原くんはふっと息を吐いて、今までで一番優しい笑顔を私に向けてくれました。

「……そっか。……うん、わかったよ」

「藤原、くん……ごめんなさい」

「謝らないで、槙原さん。キミが自分の本当の気持ちを見つけられたのなら、僕のしたことに意味はあったんだからさ。それに……僕は嘘をつかれる方がずっと辛いな。キミの本当の気持ちで傷つくのなら、本望だよ」

 藤原くんは少しだけ寂しそうに、でも本当にすっきりとした顔で、さらにこう続けました。

「……良かったね、槙原さん。ちゃんと、自分が一番笑える道を見つけられたんだね。僕が好きになった女の子は、やっぱりすごく強い、ステキな人だったみたいだ」

「……っ」

「……じゃあ、行こうか。あ、そうだ。これからは、またただのクラスメイトだけどさ、もしまた川島くんが槇原さんを泣かせることがあったら、その時は遠慮なく僕に言ってほしいな。友達として、そう友達として話くらいは聞くからさ」

「……ありがとう、藤原くん……」

「江藤さんは槇原さんの親友だけど、女の子の親友がいるんだから男の親友がいたっていいよね?」

 そう言って彼は、今までで一番ステキな笑顔を私に見せてくれました。



 あーあ、やっぱりフラれちゃったかぁ。でも僕の心の中は、自分でもビックリするくらい落ち着いている。

 それはあの初詣での出来事があったから、だからきっともう覚悟ができていたからだと思う。

 初詣の帰り道。人混みの中に川島君を見つけた瞬間の、彼女のあの顔。まるで失くした半身を見つけたみたいな表情だったな。

 あの時、槇原さんは川島君を目指して駆けだしていた。その姿を見た時に、もう答えは出てしまったな、と思ったよ。

 あの顔を見てしまったら、もう僕に勝ち目なんて万にひとつもなかったんだって、そう認めるしかなかった。

 彼女は「夏休みも、花火大会の夜も……藤原くんが隣にいてくれたおかげで、私はどれだけ救われたかわからない」と言ってくれた。

 「藤原くんの優しさがなかったら、きっととっくに一人で潰れちゃってたと思う」と言ってくれた。

 「藤原くんみたいな素敵な人と付き合えたら、きっと幸せになれるんだろうな」って言ってくれたんだ。

 彼女は僕にたくさんの「ありがとう」と「ごめんなさい」をくれた。もう、それで十分すぎるじゃないか。きっと僕のこの初恋は、一番美しい形で終わったんだ。

 初恋は成就しなかったけれど、少なくとも僕は、彼女の助けであることは出来ていたみたいだ。今はもう、それだけでいいや。そう納得しよう。そして、これからも彼女が困った時には迷わず手を差し伸べる、そんな人間でいよう。

 槇原さん、僕の親友になってくれるかな。けっこう本気でそう思ってるんだけどな。 

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