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新たな火種

 球技大会が終わると、2年生たちの気持ちは一気に修学旅行へと傾く。

 良樹たちの中学は2年生で修学旅行に行く。日程は2泊3日で、場所は修学旅行の定番である奈良と京都だ。

 ただ小学校の遠足とは違って、行きと帰りこそ全員揃って新幹線での移動だけれど、現地では朝ホテルを出て夕方帰って来るまでは自由行動になる。

 もちろん自由行動といっても好き勝手に遊べるわけではなく、4人程度のグループに細かく分かれて、各グループがそれぞれに見学場所などを話し合って決めるのだ。

 つまり現地ではグループ単位での行動というわけで、だから先生が常に一緒というわけではない。

(帰ってきてからレポートを提出しなきゃならないのがウザイけどなぁ)

 それでも朝から晩まで先生に監視されながら、全員連れだって1日過ごすわけではないのだから、生徒からすれば正直嬉しいだろう。

 しいて問題があるとすれば、そのグループ分けがクジ引き方式だということだろうか。


「川島くんと同じグループになれたらいいね」

 隣りの席で渡辺がニコニコしながらそう言った。それは良樹も同じ気持ちなのだが、正直クジ引きだとそれは望み薄かもしれないとも思える。

「よし、じゃあ次は川島の番だ」

 名前を呼ばれた良樹は先生のところまで歩いて行き、教卓の上に置かれた箱の中に手を突っ込んだ。

(んー、どうすっかなぁ。どれにしようか)

 ゴソゴソと箱の中を弄りながら、彼は渡辺と同じ番号になるのはどのクジだろうと必死に考えた。そんなのわかるわけはないけれど、それでもとにかく彼は渡辺と同じグループになりたかった。

「どうした川島。早く引きなさい」

 先生にそう促されて、良樹はようやく覚悟を決めた。

(よし、これだ!)

 彼は1枚の紙を取り出して先生に手渡した。

 全員がクジを引き終わったところでようやくグループ分けの発表だ。

(どうか渡辺と同じグループになってますように……)

 普段は神頼みなどしない良樹だが、この時は本気で神様にお願いをした。どうか、どうかお願いします、と。


 やっぱり神様なんていないんだなーと良樹は思った。彼は、もう初詣なんて絶対行かねーぞ、と内心で毒づいた。

「残念だなぁ、川島くんと一緒に廻りたかったんだけどなー」

「俺もそうしたかったけど、俺ってクジ運無いのかなぁ」

「どうだろ。アタシがクジ運無いのかもしれないし、残念だけどしょうがないよ」

 どちらにクジ運が無いのかはともかく、仕方のないこととはいえ、やはり残念だった。

(同じグループだったら、朝から晩までずっと一緒に行動出来たのになぁ)

 もちろん他のグループ員もいるから二人っきりではないが、それでもやはり好きな女の子と一緒に居たかった。

「その分は夜いっぱいお話ししようよ。部屋へ遊びに来てくれるでしょ?」

「えっ!? 行っていいのか?」

「当たり前じゃない。遊びに来てよ」

 渡辺はそう言って、いたずらっぽく片目をつぶった。その仕草に良樹の心臓は簡単に跳ね上がる。(そうか、夜があるじゃないかよ)

 グループが別々なのは残念だけれど、夜に会えるならまあいいか。良樹は単純だから、それだけですっかり機嫌を直していた。


「はぁぁぁぁ」

 渡辺と二人で食べる屋上での昼食時、良樹は、それはそれは大きなため息をついた。

「どうしたの? そんなおっきなため息ついて」

 どうしたもこうしたもなかった。良樹のため息の原因は、修学旅行のグループ分けにある。

(まさか、こんなメンバーになるとはなぁ……)

 良樹のグループ4人のメンバーは、彼の他に、志保と美咲と藤原だった。これは、あくまでクジ引きの結果だ。

 美咲にはビンタされた時に絶縁状を叩きつけられたまま、志保とは同じ家で暮らしていながらすっかり疎遠、そして藤原は……。

(アイツ、夏ぐらいから志保とやたら仲良さげなんだよな。やっぱ志保のことが好きなのか……)

 正直、このメンバーで何を話せばいいのか良樹には見当もつかない。志保はまだしも、藤原と美咲が一緒だなんて、針のむしろそのものだ。

「もしかして、修学旅行のグループ分けのこと?」

 渡辺が同情気味にそう言った。彼女も良樹のグループメンバーには驚いていた。

「なんて言うか……すごいメンバーになっちゃったね。神様のいたずらかな?」

「だろ? 志保はともかくさぁ、江藤と藤原が一緒とか罰ゲームだろ」

「……槇原さんは、平気なの?」

「ん? いやぁ、平気ってわけでもないけど、まあ志保だし、なんとかなるだろ。他の2人と比べたら全然マシだよ」

「ふぅーん、そうなんだ」

 渡辺はそう言うと、持っていた箸をそっと置いた。その声は、いつもよりもほんの少しだけ温度が低いように、良樹には感じられた。

「……なんだよ。どうかしたか?」

「ううん、別に。ただ……」

 渡辺は、値踏みするように、じっと良樹の瞳を覗き込んだ。

「川島くんはさ、江藤さんと藤原くんのことは『罰ゲーム』だって言うのに、槇原さんのことは『マシ』なんだね。……どうして?」

 あまりにも真っ直ぐな、核心を突く質問。しかし良樹は、その質問に隠された嫉妬の棘に、相変わらず全く気づかない。

「どうしてって……そりゃ志保だし。家族だから気ぃ遣わなくていいし。そういう意味だよ」

「……そっか。『気を遣わなくていい』んだ」

 渡辺はその言葉を、小さく、そして冷ややかに繰り返した。

 良樹には、彼女がなぜそんな表情をするのか全く理解できない。

(俺、なんか変なこと言ったのか……?)

 渡辺は、すぐにいつもの笑顔に戻ると、わざと明るい声を出した。

「ま、大変だろうけど、頑張ってね、川島くん!  私、夜に部屋で会えるの楽しみにしてるから!」

 その笑顔は完璧だった。

 しかし、その瞳の奥に一瞬だけよぎった鋭く冷たい光に、良樹はやはり気づくことができなかった。

(槇原さんには気を遣わなくていいって、それは裏を返せば、私には気を遣ってるってこと?)

 彼女が最も恐れているのが、その『気を遣わなくていい』という、彼女には決して入り込めない、二人の特別な距離感そのものであることなど、良樹は知る由もなかった。

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