手紙だけの関係
最後に会ったのは、三年前の駅のホームだった。
それから、私たちは文字だけで繋がっている。
スマホよりもずっと遅いはずの手紙が何故か心には一番早く届く。
最初は、ほんの気まぐれだった。
二人で電車を待っている時。
「LINEよりも手紙のほうがなんか…ロマンチックじゃない?」
彼が冗談混じりに言ったのが始まりだ。
私はその提案を面白がって、一緒に便箋と封筒を買いに行った。
その事は今でもはっきりと覚えている。
どうせ一ヶ月も続くはずがないと思っていたのに、
今では棚の中に三年分の手紙がぎっしりと詰まっている。
ポストを開ける瞬間の高揚感に、慣れることはない。
見慣れたこの美しい字が封筒の上に並んでいるだけで、
一日が少し明るくなる。
彼は相変わらず、手紙の中に季節の匂いを閉じ込めるのがうまい。
春は桜餅、夏なら潮の匂い。秋には金木犀、そして冬は暖かいこたつの匂い。
——読んでいるだけで、その場の空気まで変わる気がする。
だけどこの三年間、私も彼も手紙には「会いたい」とは一度も書かなかった。
それが、私たちの関係のルールのようになっていた。
手紙は、会えない距離のままだからこそ成り立つ魔法——私はそう信じていた。
昨日届いた手紙の最後に、初めて違う匂いが混ざっていることに気づいた。
香りの正体はわからなかったが、それよりも最後の一行に書かれた言葉に惹きつけられた。
「来月、この街に行くよ。会ってくれますか?」
胸の奥で、何かがきゅっと音を立てた……様な気がした。
その手紙を持つ手は少し震えていたけれど、笑っている自分もいた。
今日、私は初めて手紙に「会いたい」と書く。
インクが乾かないうちに、封筒を閉じた。
——
「会いたい」と書いた返事を出してから、日々の色が少し変わった。
服を選ぶ時間が増え、髪を整える回数も多くなった。
ふとまるで十代だった頃に戻ったみたいだ、と笑ってしまう。
そして迎えた、約束の日。
外では、桜並木がそっと揺れていた。
駅の改札を出た瞬間、あの忘れもしない笑顔が人混みの向こうにはっきりと見えた。
三年分の手紙を全部読んできたかのように、彼の表情には迷いがなかった。
「会えてよかった」
それだけ言って、彼は私の手を取った。
その手の温もりは、便箋の中から想像していたよりも、ずっと生きていた。
その日からも、手紙は終わることはなかった。
ただ、ポストではなく、彼の手から直接届くようになっただけだった。
end