表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/10

第9話:「未来への布石、あるいは罪」

騎士団の訓練場を後にしても、俺の脳裏には、甲冑を身につけた兵士たちの姿が焼き付いていた。彼らの真剣な眼差し、汗だくの顔、そして故郷を守ろうとする純粋な意志。未来で彼らを滅ぼした俺にとって、その光景はあまりにも重く、胸を締め付けるものだった。


馬車に揺られ、王宮へと戻る道中、リリアーナ姉上は隣で静かに外の景色を眺めていた。

「アルフレート、今日の訓練はどうだった?」

不意に、彼女が俺に問いかけた。その声には、いつもの皮肉めいた響きはなく、純粋な興味が込められているように感じた。

「はい……想像以上に、力強く、そして統率が取れていました。帝国の騎士たちは、本当に素晴らしいですね」

俺は、正直な感想を述べた。偽りではない。個々の練度は高く、集団としての規律も保たれている。


リリアーナは、満足そうに頷いた。

「そうでしょう? 彼らは、帝国の誇りよ。でも、あなたはいつも書庫にこもりきりだから、こういう光景を見るのは初めてだったでしょう?」

彼女の言葉に、俺は少し言葉に詰まった。初めて、ではない。むしろ、未来で彼らを敵として徹底的に分析してきた。その知識は、この世界の誰よりも深い。


「ええ……。ですが、一つだけ、気になったことがございます」

俺は、慎重に言葉を選んだ。ここで、未来の知識を匂わせすぎないよう、あくまで「幼い王子の純粋な疑問」として提示する必要がある。

リリアーナは、興味深そうに俺を見た。

「何かしら?」

「騎士たちの剣術や槍術は、確かに素晴らしいです。しかし、もし、遠距離から、より強力な『魔導砲』のようなものが開発された場合、彼らの防御は手薄になるのではないかと……」

俺は、未来の自衛隊の戦術を念頭に置きながら、あえて「魔導砲」という言葉を使った。この時代にはまだ存在しない、あるいは試作段階の兵器だ。


リリアーナは、少し驚いたような顔をした。

「魔導砲……? そんなもの、この帝国にはまだ存在しないわ。それに、騎士たちの魔力による身体強化があれば、並の攻撃は防げるはずよ」

彼女の言葉は、この時代の常識に基づいている。だが、俺は知っている。未来の魔導砲は、その常識を覆すほどの破壊力を持つことを。


「ですが、もし、その魔導砲が、騎士たちの魔力強化をも貫くほどの威力を持っていたら? あるいは、その攻撃が、広範囲に及ぶものだったら?」

俺は、畳みかけるように問いかけた。これは、未来の自衛隊がグレイル帝国軍に対して行った戦術の一つだ。広範囲攻撃と、魔力防御を無効化する特殊弾頭。


リリアーナは、俺の言葉に沈黙した。彼女の顔に、戸惑いの色が浮かんでいる。

「……そんな、想像もつかないわ。でも、もし本当にそんな兵器があるとしたら……」

彼女は、何かを考え込むように、窓の外の景色に目を向けた。


俺は、内心でほくそ笑んだ。これで、彼女の心に疑問の種を植え付けることができた。リリアーナは、聡明な王女だ。彼女がこの疑問を抱けば、ゼノン先生や、あるいは宮廷魔導院の者たちに、この話を伝えるかもしれない。それが、エミリオ・ヴァイスハルトの研究を加速させるきっかけになる可能性もある。


(俺は、未来の敵を、自らの手で強くしている……)

その事実に、俺の胸は再び締め付けられた。

この行動は、未来の日本を裏切る行為なのか?

それとも、この帝国を救うための、必要な布石なのか?


王宮に戻り、自室で一人になった俺は、隠し持っていた魔力増幅炉の改良設計図を広げた。

この設計図は、俺の未来の知識の結晶だ。これがあれば、グレイル帝国の軍事技術は、数年で飛躍的に進歩するだろう。

だが、その進歩は、未来の自衛隊にとって、より大きな脅威となる。


俺は、設計図に書かれた複雑な数式と図形を眺めた。

(もし、俺がこの設計図を、エミリオ・ヴァイスハルトに渡したら……)

彼の天才的な頭脳と、俺の未来の知識が融合すれば、魔導砲の実用化は、俺が知る歴史よりもさらに早まるかもしれない。

それは、パラドクス戦争への、明確な一歩となる。


俺は、ペンを手に取り、設計図の余白に、新たなメモを書き加えた。それは、魔力増幅炉の小型化と、それを搭載した「浮遊要塞」の概念図だった。

未来のグレイル帝国が最終的に開発した、空を覆う巨大な浮遊要塞。その原型を、この時点で提示する。


(俺は、もう引き返せないのかもしれない)

俺の行動は、すでに未来の歴史に干渉し始めている。

この帝国を救う道を選んだとして、その先に何が待っているのか。

未来の俺、如月マサルと、この帝国の王子、アルフレート。

二つの存在が、やがて激突する時が来るだろう。

俺は、その時、どちらの側に立つのか。

あるいは、どちらの側にも立てず、ただ、このパラドクスの渦に飲み込まれていくのか。

夜空を見上げると、星々が静かに輝いていた。

その輝きは、俺の未来を照らしているのか、それとも、破滅へと誘っているのか。

未来への布石、あるいは罪。俺の選択が、世界の運命を、そして俺自身の運命を、大きく変えようとしていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ