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第3話:「情報将校、王子として潜伏す」

「アルフレート。目が覚めたか。心配したぞ」


皇帝ヴァルハラ・グレイルの声は、俺が知る冷徹な支配者のそれとはかけ離れていた。その声には、確かに父親としての温かみが宿っている。俺は、何も答えることができなかった。目の前の男は、未来で俺が銃口を向け、そして最後に「未来を、頼む」と言い残して逝った人物だ。その彼が、今、俺の「父親」として、俺の顔を覗き込んでいる。


「まだ熱があるのか? 顔色が優れないようだが」

皇帝は、俺の額にそっと手を当てた。その大きな、節くれだった手は、かつて俺が分析した「星辰砲」の起動レバーを握っていた手だ。その手が、今はただ、俺の体温を確かめている。

俺は反射的に身を引きたくなったが、幼い体のままではそれも叶わない。ただ、その温もりに、言いようのない違和感を覚えた。


「大丈夫です、陛下。少し、頭がぼんやりしているだけです」

俺は、アルフレート王子としての記憶を辿り、か細い声で答えた。病弱で内向的。それが、この体の「設定」だ。まずは、この設定に忠実に振る舞う必要がある。

皇帝は安心したように頷き、メイドに指示を出した。

「薬湯を用意させろ。そして、しばらくは静かに休ませてやれ」

「かしこまりました、陛下」

メイドが深々と頭を下げ、部屋を出ていく。


皇帝は俺のベッドサイドに置かれた椅子に腰掛けた。

「お前は、この帝国の未来を担う者だ。無理はするな」

その言葉に、俺は内心で苦笑した。未来を担う? 俺が? 俺は未来で、この帝国を滅ぼした張本人だぞ。

だが、同時に、皇帝の言葉の裏に、深い期待と愛情を感じ取った。この男は、本当に俺を息子として愛している。

その事実が、俺の胸を締め付けた。

俺は、この男を裏切ることになるのか? それとも、この男の期待に応え、この国を救うのか?


皇帝はしばらく俺の顔を眺めていたが、やがて立ち上がった。

「今日はもう休め。また明日、顔を見に来よう」

そう言って、皇帝は部屋を出ていった。

扉が閉まり、部屋に静寂が戻る。

俺は、ベッドに横たわり、天井を見つめた。

(まずは情報収集だ)

情報部員の習性が、俺を突き動かす。この世界の現状、帝国の軍事力、技術レベル、そして何よりも、日本との接触がいつ、どのように始まるのか。

アルフレート王子は病弱で、部屋に閉じこもりがちだったらしい。これは好都合だ。表立って動き回れば、すぐに不審がられるだろう。

(病弱な王子として、静かに情報を集める。それが、今の俺の最優先事項だ)

俺は、アルフレート王子の記憶を呼び起こす。宮廷の構造、主要な人物、日課、書庫の場所……。

書庫だ。帝国の歴史書や地理書があれば、この世界の概略が掴める。

そして、アルフレート王子の教育係。彼から、帝国の最新情勢や、軍事に関する情報も引き出せるかもしれない。


だが、問題は山積していた。

まず、この幼い体だ。10歳程度の子供の体では、思うように動けない。体力もなければ、大人を相手に議論することも難しいだろう。

(くそ、この体じゃ、まともに走ることもできねぇな)

俺はベッドから降り、部屋の中を歩いてみた。足元がおぼつかない。

次に、言葉遣いだ。アルフレート王子としての言葉遣いを完璧にマスターしなければ、すぐにボロが出る。

(「〜でございます」とか「〜ですわ」とか、慣れねぇな……)

そして、何よりも、この世界の「魔力」だ。自衛隊の分析では、魔力は兵器に転用されるだけでなく、生活のあらゆる場面で使われていた。俺は魔力については素人だ。迂闊な行動はできない。


翌日から、俺の「情報将校」としての潜伏生活が始まった。

病弱な王子という設定を最大限に利用し、俺は書庫にこもる時間を増やした。

「殿下、あまり無理をなさいませんよう」

メイドや侍従たちは、俺が書物に没頭している姿を見て、病弱ながらも勉学に励む健気な王子だと認識しているようだった。

(よし、これで書庫は俺の『情報部基地』だ)

俺は、グレイル帝国の歴史書を読み漁った。建国の経緯、歴代皇帝の治世、周辺国との関係、そして、魔力技術の発展史。

驚いたのは、帝国の技術レベルが、俺が知る未来のそれよりも遥かに低いことだった。

俺が滅ぼした未来のグレイル帝国は、日本の科学技術を凌駕するほどの兵器を開発していた。だが、この時代の技術は、まだ発展途上だ。

(ということは、俺が知る未来の技術は、この数年で急速に発展したということか? それとも、日本との戦争が、彼らの技術を飛躍的に進化させたのか?)

もし後者だとしたら、俺の存在が、その技術発展を加速させる可能性もある。

それは、俺が未来の自衛隊と戦う上で、大きなアドバンテージになるかもしれない。

だが、同時に、未来の日本を滅ぼす可能性も高まる。

俺は、書物を閉じ、深く息を吐いた。

(この矛盾を抱えながら、俺は戦うしかない)

「殿下、本日は教育係のゼノン先生がいらっしゃいます」

メイドの声に、俺は顔を上げた。

ゼノン先生。帝国の歴史と文化、そして軍事戦略を教える老学者だ。

彼から、より具体的な情報を引き出す。それが、次のステップだ。

俺は、幼い顔に、情報部員としての冷静な表情を張り付けた。

未来を知る男の、孤独な戦いは、まだ始まったばかりだ。

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