じいちゃんが、ポテトサラダに「婚約破棄だ!」と言っている件
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「お前との婚約は破棄だ!!」
俺が久しぶりに実家に帰ると、じいちゃんがテーブルの上にあるポテトサラダに向かって、そう叫んでいた。
「おう、タカシ! 帰ってきたのか…… 大学生活には慣れたか?」
じいちゃんは、俺に向かって、そう言った。
俺のことをちゃんと覚えている……。どうやら、ボケているわけではないようだ……。
「ただいま~ あら、タカシお帰り。早かったのね~」
母さんは、買い物袋を両手に提げて、帰ってきた。
じいちゃんに聞こえないように、俺は母さんにさっき見たことを伝えた。
「そうなのよ~ 最近、おじいちゃんの中で婚約破棄がマイブームらしいのよ。おばあちゃんが亡くなってから、1人でいる時間が多くなって、スマホやパソコンで小説を読んでいるみたい」
「そうなんだ…… 確かに、『婚約破棄』をテーマにした小説が流行っているよね……」
「そうね~ 私も最初はボケちゃったのかと思ったんだけど、『婚約破棄だ!』って言う以外は普通なのよ」
母さんがそう言うと、茶の間からじいちゃんの声が聞こえてきた。
「お前とは婚約破棄だ!」
俺が茶の間を覗くと、じいちゃんはポテトサラダに向かって、また叫んでいた。
「あら~ もしかしたら、マヨネーズの分量を間違えたのかしら……。おばあちゃんのレシピじゃないと、おじいちゃん、気づいちゃうから……」
母さんはそう言うと、テーブルの上にあるポテトサラダを片付けた。
俺は実家にいる間、じいちゃんを観察することにした。どういう場合に「婚約破棄だ!」と言うのか、興味が湧いたからだ。
「婚約破棄だ!」
中々、冷えない冷蔵庫に向かって……
「婚約破棄だ!!」
サドルの付いていない自転車を指さして……
「婚約破棄だ!!!」
家の前に落ちていた犬のフンを見て……
(もしかして、じいちゃんは自分がおかしいと思うものに対して、『婚約破棄だ!』と言っているのでは……?)
俺は、その考えを母さんに話してみた。
「そうかもしれないわね~ でも、この間は1万円札に向かって言っていたわよ」
「い、1万円札に!? デザインが変わったから違和感があったとか? でも、お札がおかしいって…… も、もしかして、ニセ札!?」
「や~ね~ タカシったら、そんな訳…… あ! そう言えば……」
「ど、どうしたの!?」
「おじいちゃん、時々、アタッシュケースを抱えてどこかに出かけていたわ…… ま、まさか……」
「そのアタッシュケースは、どこにあるの!?」
「確か…… おじいちゃんの部屋の押し入れだったと思うわ」
じいちゃんは、今、出かけている……。
俺と母さんは、じいちゃんの部屋に行き、押し入れを開けた。そのアタッシュケースは、衣装ケースなどに隠されるように、押し入れの奥に置いてあった。
アタッシュケースを開けると、そこには古びた手紙や写真がたくさん入っていた。
「こ、これって……」
「おばあちゃんとの思い出のようね……」
母さんがそう言うと、俺たちの背後に人の気配を感じた。
「見つかってしまったようだのう……」
じいちゃんだった……。
「それは、ばあさんとの思い出だ……。ばあさんが亡くなってから…… ワシは、ばあさんのことを思い出しそうになる度に『婚約破棄だ』と言っていたんだ……。ばあさんとの思い出を断ち切るために……。あの冷蔵庫も、ポテトサラダも、ばあさんとの思い出がたくさん詰まったものだ……」
(確か、あの冷蔵庫は、じいちゃんがばあちゃんに買ってあげたもの……。ポテトサラダも、ばあちゃんの作ったものが、じいちゃんの大好物だった……。でも……)
「サドルの無い自転車は?」
俺は、思わずじいちゃんに尋ねていた。
「ああ、あれはワシらが高校生の頃だ。ばあさんの自転車のサドルが盗まれたんじゃ……。だから、ワシのサドルの無い自転車で、ばあさんと2人乗りしたんじゃ」
(サドルの無い自転車で2人乗り!? え、無理じゃない? 危なくない?)
「じゃあ、犬のフンは?」
俺は更にじいちゃんに尋ねた。
「ああ、あれも高校生の頃だ。ワシが学校帰りに川沿いの土手を歩いていると、犬のフンを踏んでしまったんだ……。あれは、臭かった……。においが落ちるまで、1週間くらいかかった」
(ん? ばあちゃんは? 今の話、じいちゃんしか出てきてなくない?)
「じゃあ、1万円札は?」
「あれは、ばあさんが描いてくれたものじゃ。ワシらが結婚した当時は貧しい生活をしていた。だから、絵の得意な、ばあさんが、1万円札を描いてくれたんじゃ……。当時は聖徳太子が描かれていたからな……。ほら、これじゃ」
じいちゃんは、そう言うと、アタッシュケースから1万円札を取り出し、俺たちに見せてくれた。
しかし、そこに描かれていたのは、「聖徳太子」ではなく、「フランシスコ・ザビエル」だった。
(えぇ~! 全然、聖徳太子じゃないし! 日本人でもないし!)
「ワシは、これを使って大根を2本買ったんじゃ」
(え、使えたの? ニセ札なのに? 肖像画が全然違うのに? ていうか、大根高くない? 1本5000円ってことでしょ!? インフレ過ぎるぅ! いや、でも、ニセ札だから、タダか……)
気が付くと、じいちゃんは涙を流していた……。
「忘れようとすればするほど、ばあさんのことを思い出してしまう……。ダメじゃな…… ワシも年なんじゃ……」
「じいちゃん……」
「忘れなくてもいいんじゃないですか? 私だったら、覚えていて欲しいです。悲しんで欲しくはないけど……。おばあちゃんも、きっと覚えていて欲しいですよ」
母さんがそう言うと、じいちゃんは涙を拭い微笑んだ。
「ありがとう…… 敦子さん」
「おじいちゃん……」
母さんも、優しく微笑んだ……。
しかし……
「私の名前は…… 澄江です」
じいちゃんは、その場で土下座した。
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