第七十四話「背中を預ける者たち」
──ごきげんよう、ミカじゃ。
ふふふ、妾がまさか再び前書きを任される日が来ようとは!
さて、今日はちょっと真面目な話をしてやるのじゃ。
妾はまだこの国のことをよう知らん。けれど──お主を護ることだけは、誰にも譲らぬと決めておる。
第七十四話《背中を預ける者たち》。
お主、よう見ておけ。妾の大事な“友”の話じゃ。
──舞踏会、終了の鐘が鳴る。
けれど、その音はまるで“勝者なき決闘”の幕引きのように冷たかった。
人々は、どこか急くように退場していく。
視線を合わせず、言葉を交わさず、ただ黙って足早に立ち去るその姿は──まるで“何か”から逃げているようだった。
(……当然ね)
“死んだはずの王子”が現れ、
“魔王を名乗る令嬢”がそれを拒絶した。
あまりに劇的で、あまりに非現実的すぎる舞台の上で、
誰もが“自分の役割”を忘れてしまったのだ。
「お嬢様」
背後から、そっと優しくかけられた声。
「……ミレーヌ」
私が振り返るより先に、彼女は膝を折り、頭を深く垂れた。
「遅れて申し訳ありません。──本当は、割って入るべき場面だったと、自覚しております」
「顔を上げて。……あなたに何も責任なんてありませんわ」
「いえ。それでも……」
彼女の指先が震えていた。
怒りでも、悔しさでも、恐怖でもない。
──あれは、“無力”だった自分への怒り。
(ミレーヌ……)
私はそっと、彼女の手を握った。
「支えてくれてありがとう。それだけで、私は……もう十分ですわ」
「……っ、はい」
ミレーヌの瞳が、ほんの少し潤んでいた。
(泣かないで。あなたの涙は、私の心を揺らすから)
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「……終わったか」
控室の扉の前、エルが腕を組んで待っていた。
「あなた、ずっとここに?」
「途中で中に入ろうかとも思ったが、下手に動けば火に油を注ぐだけだと思ってな。それに俺は貴族ではないし、しきたりなんかもわからん」
彼の目は、戦場を知る者の目をしていた。
「にしてもよく言ったよ、“魔王”ってやつ。なかなかに好きだ」
「聞こえてたのね」
「全部な。貴族どもが凍りつく中、お前だけが堂々としていた。……惚れ直しそうだった」
「ふふ、惚れても報われませんわよ?」
「構わんさ。俺の役目は、お前の“背中”を守ることだからな」
静かに、しかし力強いその言葉に、私は思わず胸が熱くなった。
(誰かに、背を預けることの重さと温かさを──今、私は知っている)
「妾もおるぞ!」
不意に飛びついてきた小さな影。
「ミカ!?」
「妾も!妾も!ちゃんと外で見張っておったのじゃ!……お主がもし涙でも流したら、妾、全部ぶっ壊してやろうと思ってた!」
「ミカ、それは物騒すぎますわ」
「だって……妾、“泣くリリアナ”を見るのが一番嫌いじゃ」
その言葉に、私は──
堪えきれず、ミカの頭をそっと抱き寄せた。
「ありがとう、ミカ。……本当に、ありがとう」
(誰にも頼らないと、そう思っていたのに。それでも、今の私は一人ではない)
大丈夫。力勝負なら絶対に負けない。
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「……終わったようですね」
遠く、王宮の塔の上で、シエラが静かに呟く。
「……今夜の王宮、よく燃えなくて済みましたね」
「貴女が止めてくれたからです、シエラ様。もしミカ様が本当に乱入していたら、私は止められなかったと思います」
「貴女が止められなくても、私が止めていました。……あの子は、私の“誇り”ですから」
「ええ。リリアナ様は、私たちの誇りです」
灯火に照らされる中、かつて“彼女の過去”を知る者たちが、静かに胸を張った。




