第七十二話「王の血筋と罪の宴」
──ごきげんよう、ミレーヌです。
今宵、王宮には花が咲き、音楽が流れ、人々の笑顔が溢れておりました──
そう、“表向き”には。
でも私には分かります。
この夜は祝祭などではなく、“裁き”なのですわ。
お嬢様が立つその先には、剣より鋭い言葉と、毒より濃い執着が待ち受けている。
第七十二話《王の血筋と罪の宴》。
どうぞ、目を逸らさずに見届けてくださいませ。
──王宮・舞踏の間。
金と白を基調にした空間には、煌びやかなドレスと燕尾服が溢れていた。
シャンデリアの光が天井から降り注ぎ、優雅な音楽が耳をくすぐる。
けれど、その華やかさの裏にあるものは──
「おや……あれが“あの”令嬢か」
「深紅……また随分と、挑発的な色を……」
「ふふ、死んだはずの王子が“生きている”らしいじゃない。まさかね?」
──ざわめき。
視線が、私を斬るように流れていく。
(……予想通り、ね)
私のドレスは真紅。
血のように深く、情熱よりも強く、怒りよりも静かに燃える“否定の色”。
これは私が選んだ宣戦布告。
「堂々としていて大丈夫です、お嬢様。相手は闇をまとっておりますが、貴女は“光”です。それに私もいます。お嬢様だけでは無いことをお忘れなきよう」
ミレーヌの声が背中に届く。
(光──か。ふふ、皮肉ね)
だって、私は人知れず幾度となく“闇”を切ってきた身。
でも、それでも──私は“光”でありたい。
誰かの、心を照らす存在でありたい。
(そのためには、まず……)
「──まもなく、お客様のお一人が到着されます」
扉の前に立つ侍従の声。
(……来た)
空気が、少しだけ震えた。
まるで会場全体が、呼吸を止めたかのように、静かになる。
(この感じ……やっぱり)
「──お入りいただけますか」
扉が開かれた。
姿を現したのは、黒のタキシードに身を包んだ青年。
髪は整えられ、顔立ちはかつてと変わらない。
けれど。
「……っ」
空気が、違う。
彼の背中に立ち込める“圧”が、人ではない。
そこにいるのは──アレクシス。
でも、それだけではない。
“死”を潜った者だけが持つ、“狂気”の匂い。
「おお……まさか、本当に……!」
「生きて……?」
「いや、あり得ない。彼は確かに……!」
貴族たちがざわめき、目を見開く。
それでも彼は、何も言わず。
ただまっすぐに──私の方だけを見て、歩みを進めた。
「……リリアナ」
その声は、柔らかく、優しく、かつてのままだった。
けれど、だからこそ──寒気が走る。
「お久しぶり、アレクシス王太子殿下。いえ、今は王太子でも無いのでしたか。……死者からの挨拶としては随分お行儀がいいですのね」
「死んでなどいないですよ。貴女がそう“思っていただけ”です」
彼の笑みは、かつてと同じ形をしていた。
けれど、その奥にあるものが違う。
(あれは、“人の目”じゃない)
「貴女は変わらないですね。……いや、変わったのかな。そう、剣を携える貴女は……あぁ、やはり綺麗だ」
「アレクシス様」
「……でも、僕は知ってるよ。君はまだ“壊れていない”。僕は変わらない。何一つ変わらない。僕は以前と同じアレクシスのままだ。でも、君の心はまだどこかで“普通”を夢見ている。だから、来てくれた。違うかい?」
私は、口を閉じた。
この場で感情をぶつけてはいけない。
けれど。
(その言葉こそが、あの人の“武器”)
優しく、痛みを孕んで、過去の亡霊を突きつける声。
それはまるで、私の弱さを抱きしめるように忍び寄ってくる。
(……違う)
私は、もう“あの頃の私”ではない。
「久しぶりに踊っていただけるかしら?“死者”と踊るのも悪くはありませんわ」
「光栄だよ、リリアナ。──君と踊れるなら、僕は喜んで地獄に落ちる」
差し出された手。
私は、迷わずそれを取った。
これは、まだ始まりに過ぎない──。




