表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
73/82

第七十一話「舞踏会への招待」

──やあ、俺だ。レオン・フォン・エルフェルトだ。


どうやら、俺の娘がまた面倒なことに巻き込まれているらしい。しかも、死んだと思っていた男からの“招待状”付きときた。


親としては心中穏やかじゃないが──あいつはもう、俺の背を追うだけの娘じゃない。

だから、黙って見ていよう。だがアレクシス、覚えておけよ。娘に指一本触れてみろ。国ごと消し飛ばす。


では──始めるぞ。

──手紙を燃やした手は、まだ震えていた。


“読んだ”というより、“飲み込まれた”といった方が正しい。

文字の一つ一つが皮膚に刻まれるようで、まるで毒をそのまま心に流し込まれるようだった。


(あの人が、生きている──)


焼け落ちる羊皮紙。黒く崩れ落ちる火の粉。

それでも、文字の残像が瞼の裏から消えてくれない。


「リリアナ……大丈夫か?」


静かな声。エルの声音は、誰よりも冷静だった。

けれど、その瞳には明確な“警戒”があった。


「……ええ。大丈夫ですわ」


「嘘だな」


「……」


「お前の強さは俺が身をもって知っている。その男はそんなお前をそこまで震え上がらせるやつなのか?」


私は言葉を返せなかった。


心臓の鼓動がまだ早い。喉が乾いて、唇が割れて、手は汗ばんでいる。


けれど、それでも──震えながらも私は立っている。


「ミカ、悪いけど……少し席を外してくれるかしら?」


「え、え? 妾は別に気にしておらんが……」


「お願い」


私の声はきっと、“いつもの私”ではなかった。

それに気づいたのか、ミカは素直にうなずいて部屋を出ていった。


戸が静かに閉まる音。


部屋には、私とエル、二人きり。


「……言いたくなければ言わなくてもいい。だが」


エルの視線が、私の手の焦げ跡に落ちる。


「──お前が泣く理由。俺にはそれを聞く権利があると思っている」


「泣いてなどいないわ」


「目が赤い」


「目が疲れているだけ」


「手紙の男、“アレクシス”……だったか。あれがお前にとって何者なのか、聞いていいか?」


私は一度だけ深く息を吸い込んで──吐いた。


(語らなければ、前には進めない)


「……かつての、婚約者よ」


エルの表情が変わることはなかった。けれど、空気が変わった気がした。


「貴族社会ではよくある婚約の話よ。……彼は、“まともな”人だった。少なくとも、最初はね」


「最初は、か」


「私に夢を語った。“王妃として共に生きてほしい”と。……でも」


──剣を握った私を、“王妃の器ではない”と罵ったのも彼だった。


「自分の理想に合わないと知った瞬間、彼は……私を切り捨てた。いいえ、切り捨てたのは……私の方かもね」


(けれど)


「それでも──あの文面は、あまりに異常すぎる」


「明らかに、精神を病んでいるな」


「ええ。でも、問題はそこではないの」


私は、わずかに声を低くした。


「“生きていた”ということが、何よりも問題。お父様は彼の死を公表した。……それなのに、生きていた。なぜ?」


「隠蔽か、あるいは──」


「操られている可能性も」


その言葉に、エルの表情がわずかに強張った。


「お前、行く気か?」


「ええ。……もちろん。決戦という舞踏会にね」


私はまっすぐ彼を見た。


「私が行かなければ、また誰かが壊される。あの人は、そういう人だから」


「だが、危険すぎる」


「それでも。──誰かが止めなければならない」


私の中で、何かが決まった。


覚悟ではない。

むしろ、宿命。


彼と向き合わなければ、私はきっと前に進めない。


──あの日、剣を振るった私が。

あの日、“普通”を選ばなかった私が。

王妃にもなれず、ただ強くなることを選んだ私が。


この国で、ようやく“生きている”と言えるようになった今──

もう一度、過去に踏み込むことが、どうしても必要だった。


「エル」


「……何だ」


「護衛に、あなたがいてくれると、心強い……かも」


「……はぁ。素直に言え。助けてくれと。……仕方ない。お前は俺たちに居場所をくれた。何よりミカを助けてくれたしな」


私たちは、小さく笑った。


けれど、この戦いは──笑って済むようなものではないことを私は知っている。


だがその直後──


「妾も行く!」


ミカは、私の説明が終わるや否や、机に手をついて叫んだ。


「ミカ!?聞いていましたの!??……ダメですわ」


「なぜじゃー!? 妾も強いぞ! 何かあっても一撃でぶっ飛ばしてやるのじゃ!」


「だからダメなの。舞踏会は戦場ではありませんもの。……少なくとも、表向きはね」


「……表向きは、か」


エルが静かに口を挟む。

その目は既に“警戒”で満ちていた。


「なら俺たちは、周囲の監視を。……中はお前に任せる」


「お願いするわ」


私は少しだけ微笑んだ。


(けれど……中が一番危険なのよ)


アレクシスの狂気は、刃のように鋭いものだ。

触れた者は、気づかぬうちに切られ、血を流してしまう。


あの目で見つめられることが、どれほど精神をすり減らすか──

私は、知っている。


「……では、支度を始めますわね」


そう言って私は自室へ向かう。


---


鏡の前で、ドレスを選ぶ指先が震えていた。


(なぜ……今さら、こんなにも)


怖い。やっと終わったと思った。

それがまた憎しみを抱いて、さらには舞踏会に招待された。


(タダでは終わらない。まず罠に違いない)


「リリアナ様、こちらのドレスはいかがでしょうか?」


ミレーヌが控えめに差し出してきたのは、深紅のドレスだった。


「紅……?」


「ええ。あのお方は、きっと令嬢らしい純白や淡い色を望まれるでしょう。ですが──

“拒絶”の色を纏うことで、相手に一線を示すことができます。もうこれを最後にしましょう、と」


私は少し驚いてミレーヌを見た。


「あなた、案外策士なのね?」


「……私はただ、貴女様の勝利を願っているだけです、お嬢様」


(ミレーヌ……)


静かに微笑む彼女の目に、ほんの僅かだが“敵意”が滲んでいる気がした。


彼女なりに、怒っているのだろう。

狂気を向けられた私にではなく──

それを許すような世の中と、過去のアレクシスに。


「ありがとう。では、そのドレスを」


ミレーヌが深く頭を下げ、支度に取り掛かる。


私は再び鏡を見つめる。


赤。

血のように深い赤。

かつての私なら選ばなかった色だ。


(でも今は──これしかない)


私の生き様を、ありのままに見せつける色。

綺麗なだけの“人形”ではないという証。


「舞踏会まで、あと二日……」


(あの手紙が届いた瞬間から、私の“過去”は終わっている)


ならば、次に進まなくてはならない。


そのための舞台。

そのための装い。

そのための、刃。


私は、二日後──舞踏会という名の“戦場”に立つ。

始まりはまだ終わってはいない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

★ 面白かったら応援を! ★

『転生令嬢、淑女の嗜みよりも筋肉と剣を極めます』
〜チートレベルアップで最強貴族令嬢になった件〜

面白かったら、★★★★★評価をお願いします!
ブックマークで続きをお楽しみに!


あなたの応援が、物語を加速させます!
コメントやレビューも大歓迎です!

カクヨム版はこちらから!

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ