第六十四話「俺の国」
「で、どうしてこうなる、リリアナ……」
父の声が、空気を裂いた。ここは屋敷。
低く、呆れ混じりで、それでもどこか……心配しているような声音だった。
私が父を見上げると、彼は額に手を当て、眉間に深い皺を寄せていた。どれだけの報告を受けて、どれだけの怒りを抱えたままここへ来たのか──その表情を見れば想像がつく。
「お父様、この二人は……」
言葉が詰まる。
(“転生者”ですの、って言っても──)
言えるわけがない。そんな概念、父に伝わるとは思えなかった。
“異世界から来た”なんて、冗談にもならない。それはこの世界の理の外側にある言葉だ。
だから、私は代わりに口を開いた。
「敵ではありません!」
言い切った。勢いで、怖さを振り払うように。
でも、父の目は厳しいままだった。
「……敵ではないなら、こいつらは何をしに来たのだ」
その言葉に、私はぐっと息を飲んだ。
「確かに俺は聞いたぞ。この国を“奪いに来た”と」
(うわ……エルのやつ、言ってた……!)
あの時の言葉が、まるごと耳に届いていたなんて……最悪のタイミングでの傍受。
けれど、誤解されたままにしておくわけにはいかない。
「これが敵ではない理由を説明せよ、リリアナ」
父の声音に、今度は“国王”としての重みが乗っていた。
王家の者として、彼は常に“民を守る者”であろうとする。だからこそ、こんな理解不能な存在を目の前にして、許すわけにはいかない。
(でも、信じて。お願い)
私は、今この場で一番無謀な行動に出る。
──“言葉”を、選んだ。
「彼らは、過去に……何かあったようですの」
正確な情報は何も知らない。でも、あの目を見た。あの声を聞いた。だから、分かる。
彼らは、どこかで深く傷ついている。
「過去に?」
父の問いに、私はうなずいた。
「ええ。そうですわよね、二人とも?」
振り返る。
エルは沈黙したまま。ミカは──きょとんとした顔で、口をぽかんと開けていた。
(この子……さっきまであんなに殺意全開だったのに、今は……)
まるで、“演技”のスイッチが切れたみたいだった。見た目は変わらないのに、空気だけが別人のように変わっている。
──と、その時。
「俺たちは……捨て子だ」
その言葉が、静かに落ちた。
あまりに静かで、あまりに淡々としていて……だからこそ、心の芯まで届いた。
私は内心、”転生者”を”捨て子”と表現し、あの父の興味を引けたことに感心していた。
「ほう、捨て子だと?」
父の眉がひそめられる。
その表情は、怒りでも軽蔑でもなかった。ただ、予想外の情報に対する、真っ直ぐな反応。
エルは続ける。
「俺とこいつは、どこの国にも入れてもらえなかった」
(……そんな、嘘……)
胸の奥で何かがきしむ。骨が軋むような、体温が下がるような感覚。
「どうしてですの……?」
自分でも、なぜその質問をしたのか分からなかった。
けれど、聞かずにはいられなかった。理解しなければいけないと思った。
──その答えは、想像以上に、残酷だった。
「……異端、だからだと」
彼の声は、あまりにも静かだった。
「そうじゃ! 妾たちは異端扱いで、どこも受け入れてもらえなかったのじゃーー!!」
突然大声を上げるミカ。彼女のテンションは相変わらずだが、その中に確かな“怒り”と“悲しみ”が混ざっているのが分かった。
(……この子たち、本当に……)
ただの“敵”じゃない。憎むべき“存在”でもない。
異端という名の牢獄に閉じ込められ、どこにも行き場のなかった──迷子だった。
「……確かに、俺から見てもお前達は異端だ」
父の言葉は、正直だった。偽りがなくて、だからこそ、厳しい。
でもそれは、排除のための判断じゃない。“判断するための材料”として、ちゃんと口にした言葉だった。
「お父様……」
私は、彼の横顔を見た。
王として、父として。目の前の“異常”を見極めようとする真剣な眼差しを。
その時だった。
「はぁ。だろうな。もういい、行くぞミカ」
エルが言った。
ミカがきょとんとして、すぐにその後を追うように動き出す。
二人の背中が、遠ざかる。
(待って……行かないで)
このまま終わるのは嫌だった。納得できなかった。何よりも──
(まだ、話せてない。まだ……分かり合えてない)
そんな風に思っていると父が口を開く。
「──待て。まだ話は終わっとらん」
その一言が、私の心に火を灯した。
父の声は、まるで地を打つ雷鳴のように、はっきりと空気を震わせた。
エルの足が止まる。その背は振り返らないまま、静かに佇んでいる。だが、何かが変わったのが分かった。
(父は──本気だ)
レオン・フォン・エルフェルト。この国の王であり、私の父。
この世界で剣を極めた武人でありながら、王座についたことで“守るべきもの”の重みを誰よりも背負ってきた男。
そんな父が、ただの怒りや感情で声を荒げることなど──ない。
「……何だ?」
エルが低く問い返す。その声に怒りはない。けれど、何かを覚悟した人間だけが持つ“緊張感”があった。
父は、まっすぐに言った。
「お前達の強さは、確かに異端だ」
言葉を濁さず、直球で。
「だが、それは──俺の娘も同じことだ」
「お父様っ!?」
思わず叫んでしまった。
突然自分が“異端者扱い”されたのだから、当然と言えば当然だ。
けれど父は、わずかに口元を吊り上げながら、どこか誇らしげに、そして少しだけ……困ったように言葉を続けた。
「お前たち三人。俺の目から見れば──等しく常軌を逸している」
(常軌を逸してる……)
たしかに、私はこの国の剣士たちをも超える力を手に入れた。剣聖を、武神を……それは、この世界の枠を壊す存在。
異端という言葉から、決して遠くはない。
「俺でさえ、そう思う。……市民からすれば、お前たちは“怪物”だ。それ以上にすら見えることだろう」
その言葉は重かった。容赦なく、現実を突きつける。
(わたしたち、そんなふうに見られてるの……?)
けれど、それでも父は……目を逸らさなかった。
「だから、なんだ」
エルの声は、静かだった。
「そう思うなら、追い出せばいい。拒絶すればいい。俺たちはそうされるために生きてきた」
それは、怒りではなかった。ただの……“当然”としての返答。
どれだけの年月、そういう扱いを受けてきたのか。自分を否定され、存在を拒まれ、傷つけられてきたのか。
その“諦め”が、言葉の端々に染みていた。
「……違う」
父は、はっきりと否定した。
その声は、揺るがなかった。
「お前たち二人に、この国での市民権を与える」
エルとミカが、わずかに動揺する。
それはそうだろう。今まで、どこの国からも“拒絶”しかされてこなかったのだ。
「ただし、“奪う”のではなく、“与える”形でだ」
父の目が、鋭くなる。
「ここは、俺の国だ。故に俺の言葉が全てだ。揉め事はごめんだが、それ以外は──好きにしろ」
(……お父様)
私は思わず唇を噛む。
その言葉の意味を、誰よりも知っていた。王という立場で、異端者を受け入れるということのリスクを。民の不安、他国の警戒、それらすべてを背負ってなお、彼はこの言葉を口にした。
──これは、覚悟の宣言だ。
「少なくとも、俺の国は──そういう国だ」
静かな言葉が、深く世界に突き刺さった。
エルとミカが、顔を見合わせる。
しばらくの沈黙の後──
「……よろしく頼む」
「よろしくなのじゃーー!!」
その声には、ほんの少しだけ“笑み”が滲んでいた。
私の胸の奥が、じわりと熱くなる。
(ああ……良かった。これでやっと、スタートラインに立てる)
異端者たちの物語が、ようやく“ここ”から始まる気がした。
──後書きなのじゃーー!!
ふふん、妾が出番たっぷりの回、いかがであったかのう?
最初はちょっと遊んでただけじゃったのに、なんだかんだで住民登録されてしまったのじゃ……これ、よくある“強制入国”というやつでは??
それにしても、あの娘(リリアナとか言うたか?)、面白いのう。怖がりなのに、踏み出す勇気はある。妾、ああいうの、嫌いじゃないぞい?
むしろ──気になる、のじゃ。
エルはつまらん顔しとるが、あれはあれで色々考えておるからのう。あの国王も……妾を“異端”と呼んだ人間の中では、随分ましな方じゃ。
というわけで、妾たちの第二章、ここから始まるのじゃーー!
次回も見逃すでないぞ? 妾、活躍するかもしれんし!!
──ではでは、また次回なのじゃっ!!




