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第六十三話「秘めたる想い」

──体が、重い。


筋肉の話ではなくて。心が、圧し潰されるような感覚。胸の奥から重りをぶら下げられて、引きずられているような、そんな鈍く苦しい感覚が、ずっと、体の奥底に巣食っていた。


(この子、何を秘めてるの)


目の前に立つのは、ミカ。


敵意を、殺意を──そのすべてを“楽しさ”という名の仮面で塗り潰している少女。戦いを好むのでも、血を求めるのでもない。ただ「遊び」の延長線上に、命を奪うという行為があるだけ。


(この子は……少しエルとは違う)


価値観の枠が違う。育った場所も、生きてきた意味も、すべてが“こちら側”じゃない。だから怖い。常識という土台の上に立てない相手との対話は、常に命懸けだから。


足が震える。視線を外したい。なのに、私は──


「勝てる勝てないじゃない。守りますわ」


自分の口からその言葉が出た瞬間、心の奥底で何かが“跳ねた”。


(言っちゃった……!)


怖い。間違いなく、恐怖で手足は冷たくなってるのに。口だけが、まるで別人みたいに、毅然とした言葉を紡ぎ出していた。


「……ふぅん」


ミカがこちらを見る。小さく笑った。


「ほう、なら守ってみ──」


その瞬間だった。


重力が増したような錯覚。世界が、ほんの一瞬“沈んだ”。


空気が重い。体が軋む。心臓が、ドクン、と警鐘を鳴らす。彼女の一歩が、ただの一歩ではなかった。彼女の気配が、空間そのものを支配しようとしていた。


(逃げたい)


けど──


(逃げたら、きっと……私は後悔する)


なぜだか分からない。でも、そう確信していた。


彼女の一歩は、音がないのに響く。ゆっくり歩いているはずなのに、気づけばもう目の前に迫っているような錯覚。全身が粟立つ。喉が渇く。息が、苦しい。


──でも。


「そこまでだ、ミカ」


その声は、雷鳴のように空気を裂いた。


背後から聞こえたその声音に、私は一瞬、呼吸を取り戻した。


(エル……)


彼が、静かに歩み出る。私とミカの間に、まるで“壁”のように割って入った。


ミカが、不満げに口を尖らせた。


「何じゃ!今からいいとこだったのに〜」


彼女は心底楽しそうだった。命を賭けた遊戯が中断された子どもみたいに。だけど、エルは静かに、淡々と──けれど、揺るぎない声で言った。


「俺達の負けだ」


その瞬間、時間が止まった。


ミカの表情が凍りつく。


「降参した」


ゆっくりと、言葉を噛みしめるように、エルが告げた。


その目は、嘘を語れる目じゃなかった。


ミカの驚愕は、演技でも冗談でもない。本当に、信じられないという顔をしていた。


「何んぬううううっ!?エル、負けたのかっ!」


彼女が叫んだ声は、あまりにも無邪気で、だからこそ……切なかった。


(この子たち……ほんとなんなの)


どこかが壊れている。それは分かる。でも、それが“元から”なのか、“壊された”のか、それはまだ……分からなかった。


けれど、その言葉に込められた響きは、ただの諦めじゃなかった。潔さすらあった。……いや、あれは“目的が変わった”人の目だ。


(戦うことが目的じゃなかった……?)


私にはまだ分からない。でも、エルのその目は、何かを終えようとしていた。


「で、でもまだ妾が──」


ミカが反論しかけたが、エルは彼女を制するように手を挙げた。


「言ったろ。俺たちは奪いに来た。壊しに来た訳じゃない」


その言葉を聞いて、ミカの表情が少しだけ変わる。まるで、やっと今いる場所に自分の足が着地したかのような、現実に引き戻されたような顔。


「うぅ〜、そうじゃった……」


肩をすくめながら口を尖らせる彼女は、まるで年相応の少女のようにも見える。


(どうして……この人たちは、こんなに不器用なの)


強すぎる。異端だ。まともじゃない。


でも──優しい。


ふと、エルが彼女の頭をぽん、と撫でる。


その手つきに、私は言いようのない感情を覚えた。


それは羨望?安堵?それとも、得体の知れない“憐れみ”だったのかもしれない。


(あの人たちは、本当に敵だったの……?)


──いや、きっと違う。


ミカがうなずいたその瞬間、空気が変わった。さっきまでの異様な圧迫感は跡形もなく消えていた。


重力が、戻った。


息が、しやすい。


私の体が、嘘みたいに軽くなっていた。


「……動ける」


思わず呟いたその言葉に、自分でも驚いた。


(ほんとうに……さっきまでの自分が嘘みたい)


恐怖に縛られ、心が凍えていたのに。今は、胸の奥に静かな炎が灯っている。


やっと、話せる。


ここから先へ進める。そう確信した私は、一歩前に出た。


「あなた方、少しお話があります」


私は止まらなかった。立ち止まってはいけない気がしたから。今、この瞬間を逃したら、もう二度とこの人たちと向き合うことはできない気がしたから。


エルが、ゆっくりと私の方を向く。


その目にあるのは──困惑。興味。警戒。……そして、ほんのわずかな“希望”。


けれど、その期待はすぐに裏切られた。


「……俺たちにはない」


その言葉が、静かに落ちる。


理解を拒むような、壁を作るような、遠ざけるような響き。


それが何を意味するかなんて、分からない。だけど、胸がぎゅっと締め付けられた。


「いいえ、こちらにある以上あるんです!」


自分でも信じられないほど、大きな声が出た。


震えていた。膝も、喉も、手も。でも、止まらなかった。止められなかった。


(でも、二人をこのまま終わらせたくない)


何かが、私の中で確かに目を覚ましていた。


エルが、眉をひそめる。


「……何だこいつは」


冷たい声だった。でも、無視されたわけじゃない。むしろ、真剣に“向き合おう”としてくれているような、そんな気配すらあった。


──しばしの沈黙の後。


エルは、静かに息を吐いた。


長く、深く。まるで、諦めにも似た、でもほんの少しだけ救いを求めるような吐息。


その音が、やけに胸に響いた。


(この人たち……一体どんな世界を生きてきたの?)


目の前にいるのに、あまりにも遠く感じた。


同じ空の下に立っているのに、まるで別の世界から来たみたい。

転生者だからという意味では片付けられそうにない何か事情がありそうだ。


だからこそ、手を伸ばさずにはいられなかった。


(お願いだから、もう一歩だけ……)


心の中でそう祈りながら、私は彼を見つめ続けていた。

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