第五十九話「異邦の二人、王都の門前」
「やっほー! 妾じゃ!」
皆の衆、読みに来てくれて感謝するのじゃ!
さて、今日は王都でひと騒ぎじゃな?
エルが何やら企んでおるが……妾はただ楽しく戦いたいだけなんじゃよ!
お主らも、妾の"本気"が見たいじゃろ?
なら、最後まで読んでいくのじゃー!
──王都の門前。
風が吹き抜ける。
城壁の石畳に、淡い朝日が落ちる。
王都の活気に満ちた朝の時間帯とは思えないほど、そこには異様な緊張感が漂っていた。
二人の男女が門の前に立っている。
まるで自分たちがこの場の主であるかのように、堂々とした佇まい。
男は青い髪を肩まで伸ばし、目元は冷たい光を帯びている。
無表情で、まるで世界に興味がないかのような目をしていた。
そして彼の腕を掴むように絡ませているのは、橙色の髪の少女。
彼女は対照的に、好奇心に満ちた瞳を持ち、口元には常に笑みを浮かべている。
(……旅人? いや、それにしては堂々としすぎているわね)
二人は門の前で立ち止まり、集まった群衆を見渡していた。
その視線はまるで、何かを探しているかのようだった。
王都の人々は、彼らの異様な雰囲気を察してか、一定の距離を保ちながら様子を伺っている。
そんな中、青髪の男が口を開いた。
「俺たちの言うことを聞いた方が身のためだぞ、愚民共」
その言葉が響いた瞬間、王都の空気が凍りついた。
「エルの言う通りじゃ、愚民共……ところでエル。ぐみん、ってなんじゃ?」
橙髪の少女が首を傾げる。
「……はぁ。ミカ、お前は黙ってろ」
青髪の男──エルと呼ばれた男は、深くため息をついた。
(愚民、ね……)
その言い方が気に入らなかった。
この国を"見下している"。
まるで、この場にいる者全員が、自分たちよりも劣る存在だとでも言うように。
「シエラ、これは一体何事ですの?」
私は、門の近くに立っていたシエラに声をかける。
彼女は腕を組み、眉をひそめながら二人を見つめていた。
「私にも分かりません。ギルドで仕事をしていたら外がひどく騒がしく、見に来たらこの有り様でして……」
私は軽く頷く。
シエラがメイドとして屋敷に戻ったわけではなく、ギルドでの仕事を続けていたことを思い出した。
てっきり、もう屋敷に戻ったのかと思っていたけれど、今はまだその時ではないようだ。
「でもシエラ、これって何が大変なの?」
ただの旅人が王都を訪れただけでは?
何か特別な理由がなければ、こんなに騒ぐことでもないはず。
私の疑問に対し、シエラは僅かに険しい表情を浮かべた。
「これは私の勘ですが……あの二人、恐らく只者では無いかと」
(カゲロウたちのような禍々しい気配は感じられないけれど……)
まるで、"異質"であることを隠すつもりもないかのように、堂々とそこに立っている二人。
それが、逆に"普通ではない"と感じさせるのかもしれないが。
「……おい、そこの女」
低く響く声。
私は、一瞬自分のことだとは思わなかった。
だけど、周囲を見渡しても、他に呼ばれそうな相手はいない。
「お前だお前」
「…………私?」
青髪の男、エルはまっすぐに私を見ていた。
(何? 私に何かしたかな?)
「そうお主じゃ女。エルの言葉が聞こえなんだか?」
「ミカ、お前は黙ってろ」
「了解なのじゃ!」
彼女の無邪気な返事が妙に場違いに思えた。
だけど、それ以上に気になるのは、エルの視線だった。
まるで、"何か"を確かめようとしているような目。
私の何を見ているの? だろうか。
「えっと、私に何の用ですか?」
「お前からは何か嫌な感じがする。……誰だお前は」
(誰……?)
「リリアナ・フォン・エルフェルトですわ」
そう名乗ると、彼は微かに眉をひそめた。
「はぁ……違う。俺が言っているのは、お前の"中身"のことだ」
──中身。
一瞬、思考が停止する。
心臓の音が大きくなった気がした。
(中身……私の……?)
まさか、そんなはずはない。
転生者であることが、誰かにバレるなんて……
私はあくまで、この世界の人間として生きているつもりだ。
それなのに、彼は"違う"と言った。否定した。
「何を言っているのか分かりませんわ」
「とぼける気か。まぁいい。ミカ、出番だ」
エルが指を鳴らすと、ミカが嬉しそうに前に出る。
「何じゃ?エル、まさか妾がやっても良いのか?」
「ああ。ただし、分からせるだけでいい。本気は出すな。この国が壊滅するのは俺の望むところじゃない」
「了解なのじゃ!」
(……話が通じないタイプね)
私は軽く息を吐いた。
王都の民たちは、不安げにこちらを見ている。
戦いになれば、巻き込まれる者が出るかもしれない。
それだけは避けないといけない。
「皆様、ここを離れてくださいませ。シエラもですわ」
「……分かりました。どうか、ご無事で」
「ええ、もちろんですわ」
シエラは不安げな顔をしていたが、すぐに踵を返し、民たちを避難させるために動いた。
そして、王都の門前には三人だけが残る。
リリアナ、エル、そしてミカ。
「妾の出番じゃーーーーっ!!」
ミカがいきなり突っ込んできた。
体勢を低くし、地面を蹴る。
だが──
「遅いですわ」
私の剣が一閃。
次の瞬間、ミカの体が吹き飛んでいた。
(……え?)
──弱。
何かがおかしい。
違和感を覚えたまま、私はミカを見下ろした。
──ミカが地面に転がる。
私の一撃で、あっさりと吹き飛んだ。
(……え?あんなに啖呵切っといてこれ?)
思わず剣を持つ手を見下ろす。
何か仕掛けがあったわけではない。ただの一撃だった。 剣聖すら使ってはいない。
ミカの実力が、思ったよりも遥かに低かった。
周囲にいた王都の民たちは、彼女があまりにも簡単に吹き飛んだことに驚いている。
だが、それは私も同じだった。
(……なんだ、拍子抜けですわね)
「いっててて……」
ミカは地面に手をつき、体を起こす。
彼女の橙色の髪が乱れ、少しむくれた表情を浮かべていた。
「エル! あの女、強いぞ! 妾では勝てんのじゃ! 無理じゃああああ!」
彼女の言葉に、エルは深くため息をついた。
「はぁ……お前な、もうちょっと粘れよ」
「む、無理じゃ……! 妾は正直者なんじゃぞ!」
(いや、そこはもうちょっと頑張って欲しかったですわね)
私も自然と肩の力が抜ける。
もしかして、やはりこの二人はそこまでの脅威ではなかったのでは?
単なるシエラの勘違いでは?私は思う。
カゲロウのような異質な力も感じないし、ただの旅人が変な言いがかりをつけてきただけの可能性も……
「……おい、リリアナとやら。俺たちと取引しないか」
その言葉で、私は思考を止めた。
「取引?何のですの?」
エルは静かに頷いた。
「俺たちの目的は住む場所を探すことだ」
住む場所。
確かに、彼らの格好はどこか"旅人"のような雰囲気があった。
まともな住居を持たず、ずっとさまよっていたのかもしれない。
「この世界は酷い。だから住む場所が必要だ。だから俺たちはここを奪いにきた」
……ん?
今、さらっとおかしなことを言いましたわね?
「住むところがないんですの?」
「そうだ」
「なら奪うのではなく、ここに住めばいいのでは?」
私は素直にそう言った。
王都には、住む場所に困るほどの問題はない。
新たな住人を受け入れることくらい、いくらでも可能なはず。
「……それは嫌だ。俺が誰かの下で住むのは」
エルの言葉には、確かな拒絶があった。
(なるほど……つまり、彼は"支配される側"になりたくないと)
"住む"のではなく、"支配する側"でありたい。
だからこそ、わざわざ"奪う"という選択をした。
「だから俺たちの要求はただ一つ。この国を渡せ」
「それはできませんわ。この国は新しくなったばかりですもの」
即答。
そんな要求、受け入れるはずがない。
私がそう告げると、エルはわずかに肩をすくめた。
「そうか……ミカ、立て」
「何じゃ〜?」
「……解放しろ」
「……いいんじゃな?」
「ああ。ただし、この国を壊すことは許さん」
「了解なのじゃ!!」
ミカが再び立ち上がる。
さっきまでの呆けた態度はどこへやら。
彼女の雰囲気が、一気に変わる。
その瞬間──
ミカの瞳が"赤く"染まった。
その赤色は、私がこれまで見たどの戦士の目よりも、異質なものだった。
「では行くぞ、女! 妾たちの言うことを聞かなかったお主が悪いんじゃからなー!」
言い終えるや否や、ミカの姿が掻き消える。
(……っ!)
目で追えない。
速い──!?
次の瞬間、風を切る音が鳴り響いた。
私のすぐ横を、ミカの蹴りがかすめる。
その余波だけで地面が抉れた。
「……っ!!?」
今までのミカとはまるで別人だった。
(さっきまでの戦いは……何だったんですの!?)
ふざけていただけ? それとも、"最初から本気を出さなかった"?
「どうしたんじゃリリアナとやらぁ! さっきは妾を吹き飛ばしてくれたじゃろ? ほれ、妾も本気になってきたぞ!!」
ミカが笑う。
その笑みは、純粋な楽しさに満ちていた。
(……なるほど)
理解した。
彼女は最初、"こちらの実力を試していた"のだ。
そして、リリアナ・フォン・エルフェルトは"強い"と判断した。
だから、本気を出してきた──
「……面白いですわね」
「おもしろい……? 何がおもしろいんじゃ?」
「あなたが"本気になった"ことですわ」
私は剣を構えた。
ミカの力がどれほどのものなのか。
「ならば、私も本気を見せるといたしますわ!」
「よかろう!妾も、全力で行くのじゃ!!」
「……はぁ。程々にな、ミカ」
エルはたった一言つぶやいた。
「……まったく、騒がしい女だ」
ミカが好き勝手に話をしているが、これは"遊び"ではない。
俺たちは、住む場所を求めてここへ来た。
それを拒むのならば……力で屈服させるまで。
リリアナ・フォン・エルフェルト。
お前はどこまで俺たちを楽しませてくれる?
……続きを知りたければ、また読みに来るといい。




