第五十八話「父の決断、娘の自由」
「どうも、レオンだ」
……この入り方で合っているのか?
まぁいい。俺は王国最強の騎士と呼ばれていた男だが、昨日それを娘に敗れた。
更に追い打ちをかけるように、カゲロウのダイルという男にも敗北した。
……まぁ、それを悔いている暇はない。強くなるしかない。
ところで、お前たちに問おう。
"強さ"とは何か。
この話では、俺なりの答えを見つけることになるだろう。
では、読んでいくといい。
──朝焼けが、王都を照らしていた頃。
新しい一日の始まり。
けれど、昨夜の激戦の余韻がまだ私の体に残っている。
痛みは無い。けれど、体のだるさと言うのだろうか。戦闘の緊張が完全には抜けきらない違和感。
それでも、私は目を覚まし、ゆっくりとベッドから体を起こした。
「……ふぁ……」
欠伸を噛み殺しながら、軽く伸びをする。
戦いの疲れが思った以上に残っているせいか、体が少し重い。
そんな中、違和感を覚えた。
何かが足りない──いや、"誰か"が足りない。
私は寝室を見回したが、屋敷のどこにもその姿がない。
「……お父様がいない?」
父の姿が見えない。
朝食の席にも、廊下にも、いつもいる場所にも、影すらなかった。
私は執事やメイドたちに尋ねたが、誰も父の行方を知らなかった。
「ミレーヌ、シエラ。お父様がどこへ行ったか知らない?」
「いいえ、存じません」
「私もミレーヌ同様です、お嬢様」
(あれ? おっかしーなぁ)
父が屋敷にいないなんて珍しい。
いつもなら朝から稽古場で騎士たちと鍛錬しているか、王政に関わる仕事をこなしているはず。
それが、今朝に限って姿が見えないなんて──。
私は少し考えた後、ふと庭へ向かうことにした。
父がいるとしたら、あそこだろう。
リリアナとしての体が直感した。
---
──庭に出た瞬間、その予感は的中した。
「ハッ!!」
鋭い掛け声と共に、空気を切り裂く音が響いた。
──父が、素振りをしていた。
日の光が、汗に濡れた父の肌を照らしている。
その姿には、昨日の敗北の悔しさがにじみ出ていた。
(……相当悔しかったのね)
無理もない。
昨日の戦いで、父は"初めて"負けを認めたのだから。
しかも、相手は自分の娘──私と、あのカゲロウのダイルとかいう男。
父は生涯を剣に費やしてきた男。
その誇りが打ち砕かれたのだから、立ち直るのに時間がかかるのも当然だろう。
「お父様、私もお付き合いしましょうか?」
私は軽い調子で声をかけた。
すると、父は振り向き、少し考えるような顔をした。
「……リリアナか。……俺は、まだ強くなれると思うか?」
突然の問いかけ。
(そんなこと言われても……)
私は言葉に詰まった。
戦いにおいて、限界は存在しない。
努力すれば誰でも強くなれる、そんな単純なものではない。
だけど、父の問いは"強さ"の意味を問うているような気がした。
「……もちろんですわ」
私は迷わず答えた。
すると、父は微かに笑った。
「……そうか」
それ以上、何も言わない。
だけど、何かを考えている顔だった。
(……変な空気になった)
気まずい。
私は慣れない雰囲気に、そっと視線をそらした。
すると──
「リリアナよ、この国の王の話だが……」
「……はい」
そうきたか。
私は内心で息をつく。
どうせまた、「王になれ」と言われるのだろう。
だけど、次の父の言葉は、予想外のものだった。
「俺がなる」
「え」
「やはりお前にはまだ王になるには早い」
「そうですわお父様!!」
即答した。
父の決断が、これほどまでに嬉しく思えたのは初めてかもしれない。
(よかった……! これでようやく自由が……)
しかし──
「……というのはまぁ嘘だ」
「……今そんな嘘必要ありませんわ」
思わず冷たい目を向ける。
何なの? 私の期待を返せ。
父は軽く咳払いをして、静かに続けた。
「まぁなんだ……そろそろ本音を言おう。王の座はお前に託したい」
……やっぱりそうなるのね。
「国を守れるのは強者だ。俺はこの国の民を守りたい。だが、お前は自由を選んだ。俺はそれを尊重することに決めた」
そして、父は剣を地面に突き刺し、目を閉じた。
「俺はまだ幼いお前を、剣という鎖で縛り続けた。今の俺にとやかく言う資格など無かったのだ。シエラの言う通りだった……だからもう、お前は自由にしていい。これが罪滅ぼしになるかどうかは分からんがな」
そう呟く父の姿は、いつもの王国最強の騎士ではなかった。
ただ、娘の未来を考える"父親"の姿だった。
だけど、だからといって──
(だからって、「じゃあ自由に生きますわぁ!」なんて言えるわけない!)
私はため息をつきながら、少し考える。
父の言葉は素直に嬉しい。だけど、完全に自由にするわけにもいかない。
この国は私が転生した国だ。飲み食いばかりするギルドの頼りない冒険者達。
国の名前もつい最近知ったばかり。でも、だからといって放っては置けない。
「では、こうしましょう」
私は口を開く。
「王なんて断じてお断りですが、その代わり──私が国を守る"用心棒"的なものになりますわ」
父が目を細める。
「用心棒、だと?」
「昨日のような敵が現れた時、私がすぐに駆けつけます」
昨日、父は負けた。
だからこそ、彼も分かっているはずだ。
今の国には、王以上に"戦力"が必要だということを。
父は少し考えたあと、言葉を絞り出した。
「……それは、お前の思う理想の自由なのか?」
本音を言えば違う。
私は、この国だけではなく、この広い世界をもっと見たい。
この国の中だけに縛られるのは、私が思う本当の意味での自由ではない。
でも、私は父の言いたい事も分かる。
だから──
「少なくとも、お父様が寿命で亡くなるまではここにいて差し上げますわ」
私は冗談まじりでそう言った。
すると、父は鼻で笑う。
「フンッ。俺はまだまだ死なんぞ?」
「ええ、そうでしょうね」
私は小さく笑った。
この光景は、まるで"普通の親子"の会話だった。
こんな日が来るなんて、思ってもいなかった。
だけど、その穏やかな空気は──次の瞬間に破られた。
「リリアナ様!レオン……いえ、国王陛下!大変です!」
駆け込んできたのは、シエラ。
彼女の表情には焦燥の色が濃く浮かんでいる。
(シエラがこんなに慌てるなんて……)
ただ事ではない。
私も父も、一瞬で空気が変わるのを感じ取った。
「……何があった?」
父が低く問うと、シエラは荒い息を整えながら答えた。
「王都に"異変"が起きています!」
王都に、異変?
それはどういうこと?
「具体的に何が起きたのですか?」
「……説明するより、見ていただいた方が早いです。すでに城の中にも報告が届いているはずですが、事態は思っているよりも深刻です」
シエラの顔は真剣だった。
そんな彼女の様子を見て、父はわずかに目を細めると、無言で剣を掴んだ。
「……行くぞ、リリアナ」
「ええ、もちろんですわ」
私は、迷うことなく父の隣に並んだ。
「ごきげんよう、お嬢様方、旦那様方。ミレーヌでございます」
今回の物語、いかがでしたでしょうか?
リリアナ様とレオン様の"親子の時間"、とても微笑ましかったですわね。
しかし、それも束の間。王都で何かが起こるようです……!
"お嬢様をお守りする"ことが私の役目。
次回も、リリアナ様の傍でしっかりとお支えいたします。
それでは、次回もぜひお楽しみに。
ブックマークや評価をしてくださると、リリアナ様もきっとお喜びになりますわ。




