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第五十六話「心を繋ぐもの」

──シエラが語り終えた。


 その瞬間、空間に満ちていた緊張がゆっくりと解けていく。

 けれど、そこに残ったのは"気まずさ"ではなく、"何かが変わった"という確かな実感だった。

 部屋の空気が、先ほどまでとは違う。

 重苦しさとともに、妙に心が落ち着かない違和感もあった。


 私は、その場の雰囲気を感じながらも、自分の胸の内に広がる"感覚"に戸惑っていた。


(……これは、何?)


 胸の奥が、温かいような、締め付けられるような、複雑な感覚。

 それは、単なる感傷ではなかった。


 ──"受付のお姉さん"とばかり思っていた彼女が、かつての"私"を育ててくれていた。

 シエラが、母のような存在だったなんて。


 私は、今世では彼女を"初対面の受付嬢"としてしか認識していなかった。

 けれど、転生前のリリアナにとって、彼女は間違いなく"家族"だったのだろう。


 そう、"家族"。


(……そう、だったんだ)


 中身は前世の私、叶であっても。

 それでも、この心が、それを"懐かしい"と感じている。


「……あ」


 頬を伝うものがあった。

 私は、それに気づくのが遅れた。

 指先で触れたそれは──涙だった。


(……なんで?)


 私は泣いていた。

 何が悲しいわけでもない。

 何かに傷ついたわけでもない。

 なのに、心が震えていた。


 これは、"私の心"が泣いているのではない。

 私の体が、魂が──

 本来の"リリアナ"が、シエラの存在を"覚えていた"のだ。


「……リリアナ様」


 シエラの声が、そっと響く。

 私は、涙を拭うこともせず、彼女を見つめた。


 彼女は、申し訳なさそうに微笑み、私の手を優しく握った。


「……ごめんなさい」


「え……?」


「私は……あの時、リリアナ様を置いていってしまいました」


 静かに、しかし確かに伝えられる言葉。

 それは、ずっと彼女が抱えていたものなのだろう。


「あの時のリリアナ様は……本当に、辛かったでしょうに」


 私は息をのむ。

 胸がぎゅっと締め付けられる。


「それなのに、私は……」


「……」


「本当に、ごめんなさい」


 そう言って、シエラは深く頭を下げた。


(……そんな)


 言葉にならない。

 だって、シエラは何も悪くない。

 悪いのは──あの時の"環境"だ。


「シエラ……」


 私は、小さく呟く。

 胸の奥が、苦しくなる。


 そして、ふとある事に気づく。


(……あれ?)


 私たちは、今まで"二対一"だった。

 けれど、今──シエラが私の隣にいる。


(これで……二対二)


 状況が変わった。

 しかし、それが"有利になった"わけではない。


 そして──

 そんなことを思っていた私の横で、"意外な変化"が起こっていた。


「……シエラ」


 そう呟いたのは、父レオンだった。


 私は、驚いて彼の表情を見た。

 彼は、まるで何かを考えているような表情で、シエラを見つめていた。


(お父様……?)


 次の瞬間、私は気づいた。


(まさか、お父様も……)


 シエラは、リリアナを育ててくれた存在だった。

 そして、レオンもそれを知っている。

 おそらく、ずっと。


(……謝りたかったんだ)


 私は確信する。

 レオンは、シエラに謝りたかったのだ。

 そして"感謝"も伝えたかったのだろう。


 けれど、それが言えなかった。


(お父様……多分この人不器用だから……)


私はどこか他人事のように思っていた。だって中身は他人だから……。


 自分の代わりに、娘を育ててくれたシエラに、"ありがとう"と言いたかったのに。

 そして、"あの時のことを謝りたかった"のに。


 けれど、プライドが邪魔をした。

 だから、ずっと"言えないまま"だった。


多分そんな風に思っているのだろう。


 一方、シエラは──


「……何か言いたいことでも?」


 完全にレオンを睨み散らしていた。


 ものすごく、ものすごく険しい顔をしていた。


 さっきまでの優しい雰囲気はどこへやら、雷を落とす寸前のような空気を纏っている。


 そして、部屋の中には"何とも言えない気まずい沈黙"が流れる。


(……やばい)


 私は、本能的にそう感じた。


(このままだと、お父様とシエラが"戦争"を始める……!!)


 そんな緊迫した空気の中、

 場を割ったのは──


「その……」


 ミレーヌだった。


 彼女は、ぎこちなく手を上げながら、控えめに口を開く。


「あの、ですね……私は、どちらにも感謝しているのです」


「……?」


 全員が彼女を見つめる。


「私は、リリアナ様の専属メイドとして雇ってくださったレオン様にはとても感謝しています」


 彼女は真剣な表情でそう言った。


「そして、その道を作ってくださったシエラさんにも、感謝しています」


 静かに、けれど確かな声で。


「だから……私は、どちらか一方につくことはできません」


(ミレーヌ……)


 彼女の真剣な思いに、私は少し目を丸くする。


 すると──


「……ふん」


 レオンが腕を組んだ。


「ならば、この話は一度、保留だな。シエラ、お前がリリアナの味方についたなら、俺も考えねばならん」


レオンは座り込んだまま腕を組み、俯いていた。


「……会議は終わり、ですか?もしかして私のせいでしょうか……?」


 ミレーヌが、少し困ったように微笑む。


「いいえ、ありがとうミレーヌ」


 こうして、会議は一旦"保留"となった。


 私は、静かに息を吐く。


(……はぁ……なんとか、なった……?)


 そう思っていた時だった──


「リリアナ様」


 シエラが立ち上がり、再び私の名前を呼んだ。


「……?」


 私は、彼女を見つめる。


「本当に、すみませんでした。あの時のこと……」


 シエラは深く頭を下げた。


 私は、ゆっくりと彼女の手を握った。


「……大丈夫です、シエラ」


 そして、私は答えた。


「何事も、全ては積み重ね……ですわ」


 何を言いたかったのか自分でもわからない。


 私がこうしていられるのも、剣を振れるのも、

 シエラがリリアナという少女を育ててくれたことも、

 レオンが、"不器用ながらも"道を作ってくれたことも──


 全部、積み重なった"結果"なのだから。


 そう思った私は、自然とシエラを抱きしめていた。


 そして──


「私もですっ!」


 何故かミレーヌも、その輪に加わり、三人が抱き合う形となる。


(……あ、なんかいい感じの空気になった)


 そんな中、一人取り残されたレオンは──


「……」


 とても居づらそうにしていた。


(お父様、今どういう気持ちなんですの?)


 私は、少しだけ口元を緩めながら、

 久しぶりに、心の奥が"温かく"なるのを感じていた。

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