第五十三話「王の座を巡る攻防」
──私は、屋敷へと戻っていた。
ダイルとの激闘が終わり、王都は平穏を取り戻した。
そして、父・レオンの即位が正式に決まり、戦いは本当の意味で"終わった"。
私は、ようやく屋敷へと帰還し、まず最初にすべきことを考える。
(……ミレーヌ!!)
私の頭に浮かんだのは、ただ一人のメイドの姿だった。
彼女は私の専属メイドであり、何より"私にとっての最も大切な存在"だ。
あの戦いの最中、きっと会場のどこかで見守っていたはず……
だからこそ、無事を確かめる必要があった。
「ミレーヌ……!!」
私は、屋敷の廊下を駆け抜け、彼女の姿を探す。
そして──扉を開けた瞬間、そこにいたのは。
「リリアナ様……?」
「ミレーヌ!!!」
私は何も考えず、彼女に抱きついた。
「え、ええっ!?リリアナ様!?!?」
「無事でよかった……!本当によかった……!!」
ミレーヌの小柄な体を抱きしめながら、私は心の底から安堵する。
もし彼女が傷ついていたら、もしあの場で何かあったら──
そんな考えが頭をよぎるだけで、胸が苦しくなった。
「リリアナ様……?わ、私は大丈夫です。 それより、リリアナ様こそ……」
ミレーヌは私の肩をぎゅっと掴み、心配そうに顔を覗き込む。
「だって、あの戦い……私はずっと見ていました……」
「……やっぱり、会場にいたのね」
私はミレーヌの肩を掴みながら、少しだけ微笑む。
(まぁ、当然よね。私の専属メイドだもの)
「ええ。でも……怖かったです……」
ミレーヌが、私の胸に顔を埋めるように呟く。
「リリアナ様が戦っている間、ずっと手を握りしめて見ていました……お怪我がないように、ただただ祈って……」
「……バカね、私が簡単にやられるわけないでしょう?」
「でも……!!」
ミレーヌが顔を上げる。
その瞳には、涙が滲んでいた。
私は、そっと彼女の頬に手を添えた。
「……大丈夫よ、ミレーヌ」
「リリアナ様……」
「私は、ちゃんと生きて帰ってきたわ」
私は、彼女の頭を優しく撫でる。
それを感じて、ミレーヌはようやく少し落ち着いたようだった。
(……ふぅ。とりあえず、無事を確認できてよかった)
だが、そんな束の間の安堵も、一瞬で吹き飛ばされることになる。
「──リリアナ」
背後から響く、低く重い声。
振り向くと、そこには父・レオンの姿があった。
「……何ですの?」
私は、嫌な予感を覚えながら聞き返す。
父は、私をじっと見据えながら──
「王室に来い。話がある」
「っ……!!」
(ま、まさか……!?)
私の心臓が跳ねる。
だって、こんなの絶対"アレ"じゃない!?
──逃げ場は、どこにもなかった。
私はミレーヌの手をぎゅっと握りしめながら、王宮の一室へと連れて行かれた。
広々とした部屋の中、正面には父・レオン。
そして、何故か私の横にはミレーヌが座っている。
(……え?なんでミレーヌもいるの?)
混乱する。
王室に呼ばれるのは分かる。
でも、なぜ専属メイドであるミレーヌまで?
「さて……」
レオンが椅子に深く腰掛け、私をじっと見つめた。
「単刀直入に言おう。リリアナ、お前が王になれ」
「──は?」
一瞬、脳が理解を拒んだ。
(え、ええええええええ!?)
いや、分かってた。
この流れは察していた。
でも、改めて口にされると拒否反応しかない!!
「お断りしますわ!!」
私は即答した。
即答というより、叫びに近い勢いだった。
「ほう、即答か」
「ええ即答ですわ!何度言われようと変わりません!!私は王になんてなりませんわ!!」
断固拒否。
きっぱりはっきり言い切った。
(さぁ、これで諦め──)
「私はリリアナ様が王になるのは素晴らしいことだと思います」
「──え?」
隣から飛び込んできた"まさかの援護射撃"。
私はゆっくりと振り向く。
そこには、満面の笑みを浮かべたミレーヌの姿があった。
「ミレーヌ……?何を言ってますの……?」
「リリアナ様は誰よりも強く、賢く、美しいです。こんな方が王になれば、国民も安心できます」
「ま、待ってミレーヌ!?あなたまでそんなことを!?」
私はミレーヌの肩を掴んで揺さぶる。
だが、彼女はにこにこと笑顔を崩さない。
(う、嘘でしょ!?なんで味方が敵になってるの!?)
「……ふっ、どうやらミレーヌも同意見のようだな」
レオンが腕を組みながら満足げに頷く。
「お前が王になれば、この国は安泰だ」
「安泰とか知りませんわ!!私は自由に生きたいんですの!!」
「王の自由とは、この国を自由にできることだ」
「そっちの自由じゃありませんの!!!」
私は頭を抱えた。
気付けば、この部屋の中は"二対一"の構図になっていた。
(どういうこと!?なんでミレーヌまで王派なの!?)
私は、彼女がここに呼ばれた理由を考える。
専属メイドだから?いや、違う。
何かもっと……明確な理由があるはず。
(……待って。まさか……)
私は、ゆっくりとレオンを見る。
その顔には、何の迷いもない。
「お前が王になるべきだと、俺は本気で思っている」
(やっぱり、そういうことね……!)
そして、決定的だったのは──
「他のメイドたちは王室には入れないよう、俺が命じた」
「え?」
「ミレーヌだけは許可した。リリアナ、お前を王にするためにな」
「なっ──!!?」
(詰んだ……!!)
まさかの"多数決という名の罠"。
気付けば、私は完全に追い込まれていた。
「さぁリリアナ、王になる決意を──」
「いやですわ!!!」
私は、扉へと走る。
もうダメだ!この場にいたら本当に王にされてしまう!!
「リリアナ様!?」
「おい待て!まだ話は終わってないぞ!」
「待ちません!!私は自由ですわーーー!!」
私は勢いよく扉を開ける。
そして、その瞬間──
「……え?」
扉の前に、"誰か"が立っていた。
私の足が止まる。
視線がぶつかる。
目の前にいるのは──
「っ……!!?」
ビクッと肩を震わせる。
そこに立っていたのは、"何度も見たことのある顔"の女性だった。
(な、何で……ここに……!?)
私は、息を呑みながら、彼女を見つめる。
そして、次の瞬間、私の心は大混乱に陥る。
「──あら?リリアナ様、ご無事で何よりです」
「ええええええええええええ!!!???」
こうして、私の"王位回避作戦"は、またしても困難な局面を迎えることになった──。




