第五十二話「新たなる王」
──静寂が、競技場を支配していた。
ダイルが敗れた。
最後に笑いながら"楽しかった"と呟き、倒れた男の姿は、まるで戦士の最期のようだった。
私は剣を納め、ゆっくりと息を整える。
(終わった……のよね?)
だが、まだ完全には気を抜けなかった。
私は即座に、倒れている父の元へと駆け寄る。
「お父様!!」
競技場の中心には、レオンが膝をつき、剣を杖代わりにして立っていた。
その表情には、安堵と、そして"確信"が混じっているように見えた。
「……リリアナか」
「お怪我は!?お父様、大丈夫ですの!?」
私は彼の肩に手を伸ばそうとする。
だが、レオンはその手をゆっくりと振り払った。
「俺の心配より……お前こそ、本当に"無事"なのか?」
「え?」
思わず、自分の体を見る。
痛みは……ない。
あれだけの戦いを繰り広げたというのに、私の体には"何の傷跡も残っていなかった"。
(……そんなはず、ない)
ダイルの攻撃を何度も受けた。
殴られ、吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。
それなのに、私の体は無傷だった。
「……この戦い、俺は一部始終を見ていた」
レオンが、ゆっくりと立ち上がる。
彼の目には、疑問と確信が浮かんでいた。
「リリアナ……お前、俺との戦い……"手を抜いていた"んだな?」
「……っ!?」
その言葉に、私は息を飲む。
(や、やば……バレた!?)
今さら否定できるわけもない。
父はこの戦いを見ていた。
私がどれだけの力を秘めていたのかも、その一端を目の当たりにしてしまった。
(どうしよう……誤魔化せる?いや、無理よね……)
「お前の"本気"を、俺は初めて見た」
レオンは、深く息を吐く。
「つまり、俺との戦いは……茶番だったわけだ」
「え、ええと……」
(やばいやばいやばい!!誤魔化せない!!)
「……まぁいい」
意外にも、レオンはそれ以上追求しなかった。
「それよりも、今は"王"の話に戻すべきだな」
「……!!」
私は観客席に意識を向ける。
怒気で感情が不安定になっていた人々も、どうやら影響が消えたようだった。
今は混乱の中でも、互いに無事を確かめ合っている。
子供を抱きしめる親、仲間と共に肩を支え合う騎士たち、呆然としながらも安堵の表情を浮かべる貴族たち──。
(……本当によかった)
だが、彼らの表情には、まだ恐怖の余韻が残っている。
それも当然だ。
さっきまで、王国最強の騎士ですら膝をつくような圧倒的な敵が、この競技場にいたのだから。
沈黙が続く。
誰もが、次に何が起こるのかを待っている。
この戦いが、本当に終わったのかどうかを。
「……民よ!!」
その静寂を破ったのは、父の声だった。
「すべての者に告げる!!この戦いは、"俺たちの勝利"だ!!」
その一言に、競技場がざわめいた。
人々は、お互いを見つめ合い、次第に歓声が広がる。
安堵の空気が、会場全体に満ちていく。
「敵はすでに倒れた!この国に危機はない!!皆、安心して家へ帰るがいい!!」
「おおおおおおおおおおお!!!」
歓声が巻き起こる。
戦いの終わりを確信した民衆の喜びが、波のように広がっていく。
(……良かった。本当に、これで)
私は心の底から、安堵の息を吐いた。
この戦いは、本当に終わったのだ。
だが、そんな中で──
「リリアナ」
父の声が、私を呼び止めた。
私は、ピクリと肩を震わせる。
「……何ですの?」
父は真っ直ぐに私を見据え、低く言い放つ。
「後で、屋敷へ来い。話がある」
「っ……!」
(ま、まさか……)
心臓が跳ねる。
父の言葉の意味が、分からないはずがなかった。
(これ、絶対"アレ"ですわよね……!?)
戦いは終わった。
ダイルも倒した。
王として、父が即位することも決まった。
そして、その先に待つものは──
「……さて、そろそろ"王の話"を決めるとしよう」
(は、はい!?もうそこに戻るんですの!?)
私は顔を引きつらせながら、父の背を見つめた。
(ああ……自由が……!!)
こうして、戦いの終焉と共に、"新たなる王の物語"が動き出す──。




