第五十一話「決着」
──世界が"ひっくり返る"。
地面が遠のく。
私は何が起きたのか分からないまま、空中を舞っていた。
視界が揺れ、鼓膜を突き破るような轟音が響く。
「がっ……ぁ!!」
瞬間、壁に叩きつけられる。
肺が圧迫され、まともに息ができない。
身体の芯まで衝撃が響き、全身が痺れる。
(な、何……!?)
今の一撃は何だったの?
確かに私はダイルを追い詰めていた。
私の攻撃は届いていた。
なのに、次の瞬間、私は"吹き飛ばされていた"。
「……くっ」
私は何とか立ち上がろうとする。
けれど、足に力が入らない。
視界の向こうで、ダイルが"変わり果てた姿"で立っていた。
「お嬢ちゃんよ……やっぱてめぇ、ヤベェな。俺がこの姿を見せたのはお前が初めてだぜ?」
ダイルの周囲に、"影"のようなドス黒いオーラが渦巻いていた。
彼の肌は髪同様に赤く染まり、血管が浮き出ている。
そして、その目には"狂気"しか宿っていなかった。
その姿はまさしく”赤鬼”。
「だがよぉ……俺はまだ終わっちゃいねぇ……!」
(こいつ……まだ戦えるの……!?)
私は恐怖を押し殺しながら、剣を握りしめる。
だが、さっきまでとは違う。
明らかに"何か"が変わった。
「……さてよぉ、お嬢ちゃん」
ダイルが、不気味に口角を上げる。
「てめぇのその力、自分を強化するタイプと言った感じかぁ?」
(……っ!?)
彼が、私のスキルの本質に気付いた?
それとも、ただの勘?
だが、何よりも恐ろしいのは──
「だったらよ……"てめぇより速けりゃ"、問題ねぇよな?」
次の瞬間、ダイルの姿が"消えた"。
「な──!?」
衝撃。
視界が揺れる。
気付けば、私は再び空中を舞っていた。
(何が……起きたの……!?)
私のスキルが通じない?
それどころか、"私の動きよりも速い"……!?
「悪ぃな……これが、俺の”超本気"だぜ?」
ダイルが、獰猛に嗤う。
私が支配していた筈の戦場が崩壊する。
──理不尽な絶望が、再び牙を剥いた。
私は地面に叩きつけられた。
肺が潰れる。意識が揺らぐ。
体が言うことを聞かない。
痛みが遅れて襲いかかる。
(な、何が起きたの……?)
私の《戦乙女の咆哮》が通じない?
時間を支配するはずの私よりも速く、強く──
ダイルの拳は、私の防御を"完全に"上回っていた。
「おいおい、どうしたよ、お嬢ちゃん」
ダイルの声が響く。
私は息を整えようとするが、体が言うことを聞かない。
だが、そんな私を嘲るように、ダイルはゆっくりと歩み寄る。
「さっきまでの威勢はどこ行っちまったんだ?お前、さっきは"俺の攻撃が見える"みてぇな顔してただろ?」
「っ……!」
「だったら、今の俺の動きはどうだ?見えてたか?」
(……見えなかった)
答えられない。
今の一撃──私は何も見えなかった。
ただ一瞬の間に、彼の姿が消えて、私は吹き飛ばされていた。
(どういうこと……!?)
「なぁ、最後に一つ教えてやるよ」
ダイルが、ゆっくりと拳を握る。
「俺のスキルは"加速"だ」
(……なに……?)
「《怒髪天》──"俺の怒りが昂るほど、加速する"ってわけだ」
彼の周囲に、さらに赤黒いオーラが膨れ上がる。
それは、まるで燃え盛る炎のように揺らめいていた。
(加速……?)
「お前との戦闘なかなかに楽しかったぜ」
ダイルが、一歩踏み出す。
その瞬間、彼の姿が"ブレ"た。
「だがよ──それもここまでだ」
「──ッ!!」
次の瞬間、彼の拳が私の視界を覆った。
衝撃が走る。
私は、再び地面に転がされた。
肺が押しつぶされる。
視界が暗転する。
(ダメ……このままじゃ……)
私は、最後の力を振り絞って、剣を握った。
(まだ……負けられない……!!)
私は、再び立ち上がる。
──"この力を、本当の意味で使いこなすまでは"。
膝をつきながらも、私は剣を支えに立ち上がる。
視界が揺れる。
肺はまだ空気を欲している。
足元がふらつく。
だけど、今ここで倒れるわけにはいかない。
(……こんなの、"戦乙女"の名が泣きますわね)
私は、奥歯を噛みしめる。
ダイルのスキル《怒髪天》は、"加速"の力。
彼の怒りが昂れば昂るほど、彼の動きは速くなる。
つまり、単純に"戦えば戦うほど"、私のスキルすら追いつかなくなる。
(なら、どうすればいい?)
私のスキル、《戦乙女の咆哮》は多分、自己強化系。
今の私では"彼の加速に追いつけない"。
私の攻撃が届く前に、彼の拳が私を捉えてしまう。
このままでは──負ける。
「おいおい、そんな顔すんなよ、お嬢ちゃん」
ダイルが、笑っていた。
この状況を楽しむように。
私が打ちのめされるのを待っているかのように。
「どうした?もう終わりか?」
「……終わりではありませんわ」
私は、剣を握り直す。
まだ、終わらせるつもりはない。
今、この瞬間、"何か"を掴めなければ──本当に終わる。
(この力の"本質"……私が使いこなせていない部分……)
私は、スキルの核心に触れようとする。
時間を支配する?違う。
未来を予測する?それも違う。
("戦乙女"……戦いを極めし者……)
その名が示すのは、ただの加速や反応速度の向上ではない。
この力は"戦場そのものを制圧する力"。
相手が"加速"で上回るのなら、私は"制圧"で上回るしかない。
「……ならば、私は"支配"しますわ」
私は、スキルを"解放"する。
今までとは違う、新しい感覚が私を包む。
「──スキル《戦乙女の咆哮・極》発動」
瞬間、世界が"塗り替えられた"。
「……っ!?な、んだ、こりゃ……」
ダイルが、一瞬、動きを止めた。
彼の顔に、ほんの僅かな"動揺"が浮かぶ。
(見えた……!)
彼の動きが、"視える"。
次の一手、次の動き、次の一撃……
すべてが、"私の手のひらの上"にある。
「さぁ……ここからが本当の戦いですわ」
私は、次の瞬間、彼の懐に"瞬間移動するように"入り込んだ。
「──なっ……!?」
ダイルが目を見開く。
私の動きが、彼の加速を"凌駕した"瞬間だった。
そして、私は剣を振るった──!!
──私の剣が、彼の胴を裂く。
「がっ……!!」
ダイルの体が二つに分かれ、弾け飛ぶ。
彼の加速を"上回る"速度で繰り出した一撃。
彼の防御を"無意味"にするほどの精密な軌道。
それら全てを兼ね備えた、"戦場を支配する者"の斬撃。
(……これが、"極"……!!)
私は、自分の中に"流れ込んでくる感覚"を実感する。
ただ速くなるだけじゃない。
ただ攻撃を予測するだけじゃない。
私は、"相手の戦意そのものを支配する"力を手に入れた。
「お前……何だよ、マジで……!」
「あら、まだ話せますの?」
私は、冷静に彼を見つめ、一歩、また一歩と前へ進む。
「貴方が"影"なら、私は"光"ですわ」
これが、"戦乙女の咆哮・極"。
"敵が攻撃するよりも先に、全てを終わらせる"。
「……ハァ、ハァ……!」
ダイルが膝をつく。
その全身には無数の切り傷が刻まれていた。
「くそが……これが……"戦乙女"とかいう力かよ……いや、それより何だお前」
ダイルが私を上半身のみで体で見つめる。
「何かしら」
「お前、俺の攻撃の傷はどうした……」
「傷?」
私は自分の体の異常さにようやく気付いた。
「……あら、何ともないですわね」
「冗談じゃねぇ……俺の攻撃は全て無駄だったってわけかよ」
私は、息を整えながら彼を見下ろす。
「ええ……そうみたいですわね」
私は剣を突きつける。
これで終わり。
これで、この戦いは私の勝ち──
「……いや、まだ終わらねぇぜ」
ダイルが、にやりと笑う。
「いいえ終わりですわ」
「俺たち"カゲロウ"が、そう簡単に終わると思うなよ……!」
「"カゲロウ"。貴方方の狙いは何ですの」
「……目的はそれぞれだ。俺はただ強い奴がいると聞いてここに戦いに来た。だが、本当に強いのはまさかテメェの方だったとはな。ハッ、だがまぁ悪くねぇ。楽しかった……ぜ」
その言葉を最後にダイルは静かに目を閉じた。




