表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/82

第四十八話「怒気」

 私と父、そして、圧倒的な力を持つ“影の名を冠する者”《影鰐》ダイル。


(……この戦い、勝てる気がしない)


 その思考が、頭を過ぎること自体が異常だった。

 私は剣を握る。血が滲むほどに握りしめる。

 それでも、手の震えは止まらない。


(なんなの、この感覚……?)


 目の前の男は、まだ何もしていない。

 なのに、私は……ただ彼の存在に、心が折れかけている。


 これが“怒気”の力?

 ただいるだけで、相手の戦意を喰らい尽くす、そんな化け物じみた能力?


(そんなの……そんなの、ありえない……!)


「さぁ、そろそろ始めようぜ?お二人さん」


 ダイルが不敵に笑う。

 その赤髪が揺れ、視線が私に突き刺さる。


「なぁ、お嬢ちゃん。お前、強ぇよなぁ?俺を前に立っていられる者はそういる者じゃねぇ。だったら、試してみるか?」


「試す……?」


「どっちが先に、殺されるかっ話に決まってんだろ?」


(っ……!!)


 全身の毛が逆立つ。

 悪意に満ちた声音が、私の鼓膜を震わせる。

 冗談でも、挑発でもない。

 この男は、本気で私を"殺す"つもりでいる。


「……ふざけないでくださる?」


 私は、相棒を構えた。

 体の震えは止まらない。

 だけど、ここで怯えるわけにはいかない。


(負けたら、終わる……!)


 私は、意識を集中させる。

 “怒気”がどういう能力なのか分からない以上、今できることはひとつ。


「スキル──《剣聖》発動」


 視界が広がる。

 反応速度が加速し、ダイルの動きが“見える”ようになる。

 この能力があれば、少なくとも一方的にやられることは──


「なんだそれ、遅ぇ」


「……なっ!?」


 瞬間、視界が赤に染まった。


 理解する前に、体が宙を舞う。

 地面が遠のく。

 視界が回転し、次の瞬間──壁に叩きつけられた。


「が……っ!!」


 肺が潰れる。

 意識が跳ねる。

 体が痺れる。


(な……に……?今の……!?)


「おいおい、何してんだよ嬢ちゃん。今なんか使ったんだろ?」


 ダイルが目の前に立っていた。

 私は何も見えなかった。

 反応速度を引き上げたはずなのに、彼の動きが見えなかった。


(そんな……そんなの……!)


「おい、立てよ」


 次の瞬間、ダイルの拳が私の髪を掴む。

 無理やり持ち上げられ、視線が合う。

 男の目には、ただ純粋な"興味"が浮かんでいた。


「お前がどこまで耐えられるか、おらぁはちょっと試してみたいんだよなぁ?」


 その言葉とともに、私の腹に拳が叩き込まれた。


「がはっ……!!」


 意識が跳ねる。

 痛みが遅れて襲う。

 私は呻きを漏らしながら、必死に地に足をつける。


(まずい……まずい……!このままじゃ……!)


「リリアナッ!!」


 父の叫びが響く。

 私は意識を引き戻し、ダイルを睨みつけた。


「……まだ、終わりじゃありませんわ」


 私は、剣を握り直す。

 この男に、"勝てる道"はあるのか?

 そんなの、分からない。

 だけど、戦わなければ、本当に終わる。


(……まだ死ぬわけには)


 私は、足を踏み込んだ。


 私は足を踏み込み、剣を握りしめる。

 だが、全身を襲うこの感覚は何だ?

 心臓を握り潰されるような圧迫感。

 吐き気すら覚えるほどの恐怖。


(……こんなの、今まで感じたことがない)


 いくら強敵と戦ったことがあるとはいえ、ここまで"勝ち筋"が見えない戦いは初めてだった。

 《剣聖》を発動しても、ダイルの動きが見えない。

 反応速度が向上しているはずなのに、彼の拳が"いつの間にか"私に叩き込まれていた。


(……私のスキルが通用してない?)


「……へぇ、まだやるか?」


 ダイルがニヤリと笑う。

 私の震える手を見て、心底楽しそうに嗤っている。

 私がこのまま無様に膝をつくのを待っているかのように。


「うるさいですわ……!」


 私は剣を構え直す。

 全力でスキルを使って、この男の"隙"を探る。

 どこかに、攻略できる糸口があるはず──!


「……いいぜ、お嬢ちゃん。こっちも少し本気を出してやる」


 瞬間、空気が歪んだ。


 ダイルの周囲が"黒"に塗りつぶされる。

 それは影?いや、違う……

 まるで、大地そのものが"怒り"によって蝕まれたかのような、禍々しい気配。


「……っ!?」


 体が動かない。

 いや、動けない──!!


「リリアナ、下がれ!!」


 父の叫びが聞こえた瞬間、ダイルが拳を振るった。

 その一撃が、"音"を置き去りにしながら私へと迫る。


(避けなきゃ──!!)


 私は直感で横へ飛ぶ。

 だが、それでも間に合わなかった。


「がぁっ……!!」


 衝撃。

 殴られた瞬間、全身の骨が軋む音がした。

 次の瞬間、私は競技場の端まで吹き飛ばされ、地面を転がった。


(……っ、痛……ッ!)


 息が詰まる。

 肺に空気が入らない。

 全身が焼けるように熱い。


「……おいおい、お嬢ちゃん。もうボロボロじゃねぇか。期待させんじゃねぇよ」


 ダイルの声が聞こえる。首を鳴らしながら。

 視界がぐらつく中、彼の姿だけがくっきりと映っている。


(……嘘でしょ……?)


 私は気づく。

 ダイルは、一切ダメージを受けていない。

 私の攻撃はまだ何も通っていない。

 なのに、私はもう──立ち上がることさえ辛い状態に追い込まれている。


「くっ……!」


 それでも、私は剣を杖代わりにしながら立ち上がる。

 諦めるわけにはいかない。

 ここで倒れたら、"終わる"んだから……!


「……しぶてぇな。まぁ、そっちの方が"楽しめる"がよ」


 ダイルが、不気味に笑う。


(まだ……終わらせない……!)


 私は、最後の力を振り絞り、剣を構えた──。


──だが、その瞬間、私は見てしまった。


 目の前で、父が"膝をつく"のを。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

★ 面白かったら応援を! ★

『転生令嬢、淑女の嗜みよりも筋肉と剣を極めます』
〜チートレベルアップで最強貴族令嬢になった件〜

面白かったら、★★★★★評価をお願いします!
ブックマークで続きをお楽しみに!


あなたの応援が、物語を加速させます!
コメントやレビューも大歓迎です!

カクヨム版はこちらから!

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ