第四十五話「王の座を掛けた親剣勝負」
──勝つのも癪、負けるのも癪。
それが、私に課せられた戦いの条件だった。
王国最強の騎士レオン・フォン・エルフェルト。私の父。
その肩書きに恥じぬ男が、今、私の目の前に立っている。
場所は王立競技場。
観客席には貴族から平民まで、ありとあらゆる身分の者たちが押し寄せ、異様な熱気を帯びていた。
「……まったく、どうしてこうなりましたの?」
私は溜息をつく。
ここにいるのは、私の意志ではない。
だが、状況は変えられない。
ならば、やるしかない。
「リリアナ、今さら逃げるとは言わんだろうな?」
目の前の父が、静かに問いかける。
その声には、微かな期待と、揺るぎない自信が滲んでいた。
「逃げませんわ。でも、できればやりたくありませんのよ」
(だって勝ちは見えてるし、その上もれなく王様になってしまうんだもの……)
私がそう答えると、父は満足そうに頷く。
「そうか。ならば、全力で来い」
(……それが一番困るんだけどね)
私が本気を出せば、勝ってしまう。
だが、王国最強の騎士に"完勝"してしまえば、それは父の誇りを傷つけることになる。
それに──
(こんなに大勢の前で、あっけなく勝ってしまったら、誰も面白くないよね……)
観戦者を楽しませ、尚且つ"善戦"しているように見せつつ、最後には"敗者"となる。
それが、私に課せられた役割だった。
「──それでは決闘を開始します!」
審判の宣言と同時に、私と父は剣を構える。
「行くぞ、リリアナ!」
その瞬間──空気が凍りついた。
父が放つ"威圧"に、全身の神経が逆立つ。
手に握った剣が、ほんの僅かに震える。
(これが、王国最強であり私の父……)
まるで、戦場に放り出されたかのような感覚。
ただ立っているだけで、肌が切り裂かれそうな錯覚を覚えるほどの、圧倒的な"殺気"。
(……手加減?なんて許される雰囲気じゃないよねこれ)
私は息を呑み、剣を握り直した。
「……まだまだですわ!」
余裕を見せるため、笑みを浮かべながら、父との距離を詰める。
(この戦い……"演技"のつもりだった)
胸の奥に、微かな不安が芽生えるのを感じながら、私は父の剣を迎え撃った──。
──瞬間、視界が閃いた。
「ッ……!」
金属音が響く。
父の剣が横薙ぎに振るわれた。
単純な斬撃。だが、それを"受ける"という選択肢は、私にはなかった。
(受けられない……!)
直感が告げる。
これは受け止める類の攻撃ではない。
受け止めれば、剣ごと両断される。
そんな悪寒すら覚える一撃だった。
私は咄嗟に跳躍する。
髪が風に舞う。
避けた──そう思った瞬間。
「──遅い」
静かな声とともに、風が切り裂かれた。
目の前に"死"があった。
私の回避を見透かしたように、父の剣が迫ってくる。
(しまっ──)
考えるより先に、体が動いた。
私は全身を強引に捻る。
紙一重で剣閃を避け、地面へ着地する。
次の瞬間──
轟音。
私がいた場所の石畳が、まるで粘土のように削り取られた。
斬られたというより、"消し飛んだ"と表現したほうが適切な光景だ。
(な、なにこれ……!?お、お父様!?本当に娘を殺すつもりじゃないよねっ!?)
全身に嫌な汗が滲む。
たった"一撃"でこれなの?
こんなもの、まともに受けたら──いや、受けるまでもなく、即死する。
観客席がどよめく。
貴族たちがざわつき、平民たちが歓声を上げる。
まるで、見世物を楽しむかのように。
「どうした、リリアナ。まだ様子見か?」
父が言葉を投げかける。
その顔には、余裕と笑みが浮かんでいる。
「……まだまだですわ! 始まったばかりですもの!」
私は明るく笑いながら、剣を構えた。
余裕を見せる。
そう、"善戦"しているフリをしなければならない。
無理に受けず、うまく躱す。
父の斬撃を軽く受け流しながら、攻撃の隙を見せる。
(これなら、それなりの戦いに見えるはず……!)
観客席の歓声も高まる。
よしよし、こうやって適度に盛り上げて──
「──手を抜いているな」
「っ!?」
父の声音が、一気に冷たくなる。
いやな汗が、背筋を伝う。
「リリアナ、お前は本気か?」
「も、もちろんですわお父様!」
「嘘だな。お前の動きが、まるで"演技"をしているかのようだった」
(やばい──バレた!?)
直後、父の気配が一変する。
「……面白い。ならば、俺も本気を出すとしよう」
次の瞬間、空気が張り詰めた。
今までとは違う。
まるで、戦場に降り立った猛将の如き、圧倒的な気配。
(ま、待って、これ以上本気を出されたら──)
私が絶句する間もなく、父は再び剣を振るった。
──その軌道が、さっきまでとは比べ物にならない程違う。
「っ──!!」
私は咄嗟に剣を振るい、防御態勢を取る。
次の瞬間。
鉄と鉄がぶつかり合い、衝撃が私の腕を痺れさせる。
「なっ──!?」
全身が震える。
(重っ!?)
受けた瞬間、全身の骨が軋むような感覚。
まともに受けていたら、腕が砕けていたかもしれない。
王国最強の騎士──父、レオン・フォン・エルフェルト。
この男は娘を相手に本当に"本気"を出し始めた。
「ほう、防いだか。だが、これで済むと思うなよ」
父がニヤリと笑う。
冗談じゃない。
(もう手加減なんて言ってられない!これ以上は本当に死ぬ!!)
リリアナは奥歯を噛みしめ、スキルを解放した。
「……やむを得ませんわね。お父様、行きますわよ」
ここからが、本当の勝負だ──。




