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第四十三話「『リガリア王国』」

 ──人の別れには、いくつもの形がある。

 突然の別れ、穏やかな別れ、感謝を込めた別れ、惜しみながらの別れ……。


 どれも、終わりと始まりの境界にあるもの。


 そして今、私と彼の間にも、一つの別れが訪れようとしていた。


「では、僕もこれで失礼します、お嬢様」


 ユウが静かに告げる。

 まるで何も特別なことではない、日常の挨拶のように。


 だけど、違う。


 今ここで彼と別れたら、次に会うのはいつになるか分からない。

 それが分かるからこそ──私は、ずっと気になっていたことを聞くことにした。


「ねぇ、ずっと気になっていたんだけど、ユウはなんでわたしの事”お嬢様”って呼ぶの?」


 ずっと引っかかっていた疑問。

 いや、疑問というよりも、期待だったのかもしれない。

 もしかして、私は彼にとって特別なのではないか?──そんな、淡い期待。


 今しかない。この瞬間を逃したら、もう聞くことはない気がしたから。


「……女性の事はお嬢様と呼べと、”育ての親”からそう言われて育ってきましたから」


 ユウは微笑みながら、そう言った。


「あら、そうなの?」


 心のどこかで"特別"を期待していた自分が、あまりに浅はかだったと苦笑する。

 だって彼にとって、私は単なる"お嬢様"の一人に過ぎなかったのだから。


「なんだ、てっきりわたしだけが特別かと思っていたのになぁ、残念」


 私は冗談めかして笑う。

 でも、それは少しだけ、名残惜しさを隠すためだったのかもしれない。


 すると──


「あはははっ!……本当にお嬢様は素敵な方ですね」


 ユウが、優しく微笑む。


「……っ」


 その笑顔に、一瞬言葉を失う。

 まるで絵画のように、完璧な微笑み。

 太陽のような温かさを持ちながらも、どこか儚さを孕んだ笑み。


 (……本当に王子様みたいだわ、この人)


 口に出しそうになった言葉を飲み込む。

 そんなこと、言えるはずがない。


「では皆様、お元気で」


「ええ、今までありがとう、助かったわっ!」


 精一杯の感謝を込める。

 本当ならもっと伝えたい言葉があったのに、どうしても簡単なものしか出てこなかった。


「お嬢様を助けて頂きありがとうございました。お嬢様に仕える者として深く感謝申し上げます」


 ミレーヌが深く頭を下げる。


 ユウはただ、それを静かに受け止め──


「僕がしたかった事ですから」


 それだけを残し、背を向けた。


 そして、彼は宿を後にした。


 もう二度と、会えないかもしれない。

 そんな覚悟を持って、私は彼の背中を見送った。


 ──それでも。


 ほんの少しの希望が胸に残ったのは、きっと私の勝手な感傷なのだろう。


 ──彼の姿が完全に見えなくなってから、私はふと周囲を見渡した。


 そこに広がっていたのは、もはや"宿"とは呼べない無惨な光景だった。


 壁は砕け、天井は崩れ、床には焦げ跡と血の染みが散らばっている。

 まるで戦場の遺跡。


「やはり、そこから出ていくのね……」


 瓦礫の隙間から、ユウが去った。それを今は無き扉をぼんやりと見つめながら呟く。


 だが、この状況では当然のことだった。


 私はミレーヌと顔を見合わせ、ふっと笑う。


「……わたし達は階段から降りよっか」


「そうですね……」


 二人で肩をすくめる。


 あまりにも壮絶な一夜を過ごしたというのに、不思議と穏やかな気持ちだった。

 "終わった"という安堵が、そうさせたのかもしれない。


「んじゃ、行こっか、ミレーヌ」


「その前にお嬢様」


「ん?どうしたの?」


 階段へと向かいかけた私を、ミレーヌが制止する。


「せめて(おおやけ)の前に出る時は、口調を戻したほうがよろしいかと……」


「あっ」


 完全に忘れていた。


 私はまだ、公爵令嬢リリアナ・フォン・エルフェルト。

 冒険者とはいえ、その肩書きが消えたわけではないのだった。


「そうでしたわね……ありがとうですわ、ミレーヌ」


「何故かぎこちない感じがしますが、でもその方がいいと思います」


 ──ぎこちないって言われた……。


 苦笑しながら、私は背筋を伸ばし、改めて階段へ向かう。


「じゃあ、行こっかっ!ミレーヌ」


「行くって……どこにでしょう?」


「アスフィさんを探す……前に、この状態をお姉さんに報告……しないとね」


「あぁ……なるほど」


 ギルドの受付嬢に何も言わず、部屋をこの有様にしてしまったのだ。

 さすがに、それはまずい。


(お姉さん、怒るかな?……怒るだろうなぁ。もう"部屋が倒壊"なんてレベルじゃないもの)


 溜息混じりに、ミレーヌと共に階段を下りる。


 ──そして。


 ギルドの一階に足を踏み入れた瞬間、異様な空気に気付いた。


 ギルドの中央。

 そこに立っている一人の女性。


「……」


 圧倒的な"無言の圧力"を放つ、その姿。


 受付嬢──リリアナが"お姉さん"と呼ぶ彼女だった。


(何この状況……)


 周囲の冒険者たちは完全に萎縮し、彼女の様子を伺っていた。

 そして、その視線の先にいたのは──


「……貴方達の仕事はなんですか?」


 低く、抑えた声で問う。


 しかし、その言葉には"怒り"が含まれていた。


「……魔獣を狩ること──」


「違いますっ!」


 その声がギルド内に響き渡る。


 思わず、私は背筋を伸ばした。


「……いえ、違いませんが、それだけじゃありません。この国の治安を守るのも、冒険者の仕事の一つです。貴方達に助けを求めた時、何をしていましたか?」


(……そういえば、お姉さん、案内した後どこかに行ったと思ったら、一応助けを呼んでくれてたんだ)


 私は驚きながら、お姉さんの顔を見つめる。


 しかし、ここにいる冒険者たちは、彼女の助けに応じなかった。


「俺たちだって行ったさ!」


「で、帰ってきましたよね?」


 静かに、しかし鋭く言い返すお姉さん。


「姉ちゃんよ、あの中の戦闘を見たか?戦闘だけじゃねぇ!化け物みてぇな奴らが集結していたんだよ!?分かるか!?魔獣なんかよりも何倍も怖ぇ……あっああああ化け物だああああああああっ!!!?!?!」


 突然、冒険者の一人が絶叫する。


 指を震わせながら、何かを指差す。


「えっ!?」


 お姉さんは驚いて振り返る。


 ──しかし。


「……え?化け物って私のことを言っていますの?」


 そこにいたのは、紛れもなく私だった。


「リリアナ様、ご無事でしたか!」


 お姉さんが、安堵の表情で駆け寄る。


「ええ、問題ございませんわ」


 優雅に微笑み、背筋を正す。


「はぁ……良かった。本当にご無事で何よりです」


「あ、ありがとうございますわ、お姉さん。それより何をしていますの?」


「頼りない冒険者達の皆さんにお説教です」


「そ、そうですの」


 私は苦笑しながら頷いた。


(多分仕方ないと思うけどなぁ……)


「お嬢様を化け物と言ったのはどなたですか?私、今腹が立っています」


 ──即座に憤慨するミレーヌ。


「ミレーヌ抑えて、ね?私は気にしていないから」


「お嬢様が寛大な方で良かったですね、おじさん」


「おじ──っ!?」


 冒険者のおじさんが、顔を真っ赤にする。


 私は、それを見ながら肩をすくめた。


 ──こうして、ギルドの宿の一件は終わりを迎えた。


 ただし、ギルドの宿は改修が必要とのことで、私とミレーヌは街の宿を借りることになったのだった。


 新たな宿に向かう道中。


「……お嬢様、私、お嬢様が王位に着くのがいいかと思います」


「…………はい?」


 唐突に放たれた言葉に、思わず足を止める。


「この国の王はもう居ないと、あの執事の方が仰っていました。であれば、リリアナ様が適任だと私は思います」


「いやよ。わたしは自由がいいもの」


「お嬢様なら、そう言うかと思っていました。ふふっ」


 ミレーヌが、くすっと笑う。


(王、か……)


 そういえば、この国の名前も、私はまだ知らなかった。


「ねぇミレーヌ。この国って、なんて名前なの?」


「え?……えっと、『リガリア王国』ですが、お嬢様、知らなかったのですか?」


「う、うん……」


(だって、知る機会なんてなかったし……)


 ──こうして、私はようやく、自分が滞在している国の名前を知ったのだった。

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