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自分至上主義のカナコさん  作者: 大木戸 いずみ
1/10

1 はじまり

 カナコさんと皆が呼ぶから、僕は彼女のことをカナコさんと呼ぶようになった。

 彼女の本名が金田真子だということを知ったのはごく最近だ。


 8月の席替えで彼女が僕の隣の席になるまで、彼女の名が「かなこ」だと思っていた。

 静かで、賢く、誰もが彼女のことを優等生だと認識していた。もちろん僕もそう思っていた大勢の中の一員だった。

 ……今、この時までは。


 掃除の時間中に校庭の裏にゴミを捨てにいかなければならなかった。ゴミ捨て場に思いもやらぬ人物が立っていた。

 それがカナコさんだった。


「あ」


 思わずゴミを放り投げたのと同時に声が漏れた。

 僕の言葉に反応して、カナコさんは振り向く。切長の神秘的な瞳が僕を捕らえた。

 彼女と目が合い、何故か身震いをしてしまう。


「何してるの?」


 僕が先に口を開いた。

 このまま沈黙が続くと彼女の瞳に魂を吸い取られそうな気がしたからだ。

 カナコさんは少しだけ黙り込んだ後、「さがしもの」と短く答えた。

 もしかしたら、これが彼女と出会ってから初めてした会話かもしれない。


「どんなやつ?」

「美月のシャーペン」


 あ、自分のものじゃなかったんだ。

 いつも他人のことを思いやっているカナコさん。

 きっと他人主義で、なんでも自分のことを後回しにするんだろうな。

 こんなに一生懸命になって人のものを探せるって素敵なことだ。しかも、美月本人がここにいない状況で。


「一緒に探そうか?」

「いいの?」

「うん、掃除サボりたいし」

「へぇ、坂崎くんってそういうタイプなんだ。まぁ、私も掃除サボりたくてシャーペン探ししてるんだけどね」


 え、と心の声が漏れてしまった。

 親切心じゃなくて、掃除をサボりたいからだったんだ。

 なんだが意外だ。


「意外?」

「え、いや、う〜ん、うん」

「坂崎くんって顔に出やすいね」


 そう言って楽しそうに笑うカナコさんを見てると、今まで僕は彼女のことをちゃんと知らなかったのだなと思った。

 勝手に優等生フィルターがかかっていたけど、実際は全然違う。

 実際頭も良いし、授業中は静かだけど、本性は僕の想像と大いに違うかもしれない。


「シャーペンってどんなシャーペン?」

「さあ? 美月のだから、実用性より可愛さ重視だと思うけど」


 こりゃおったまげた。

 シャーペン探しにあまりにも適当すぎだろう。


「シャーペンの特徴さえ知らないの?」

「うん、そりゃね。かたちだけのシャーペン探しなんだから」


 彼女はそう言い終えた後、「あ、でも言っちゃだめか」と小さな声で呟いた。

 もう遅い。全て聞いてしまった。

 カナコさんにとって美月のシャーペンなどどうでといいことなのだろう。


「けど、これが私だから別にいっか」


 開き直ったのか、彼女は明るい声でそう言った。


「探すって言った手前さ、シャーペン見つけないとやばくない?」


 僕がそんなことを言うと思っていなかったのか、カナコさんはキョトンとした顔を浮かべる。

 ……僕の言っていること別におかしくないよな?


「全然やばくなくない?」


 わお、急にギャル味が増した。

 僕の中のカナコさんがどんどん崩れていく。

 勝手に理想を押し付けられても、向こうからしたら迷惑な話だ。


「見つかっても見つからなくてもどっちでもいい。見つからなくても探したことで好感度は上がるし、見つかったら見たかったで感謝されて、良い人になれる。私は私のためにしか動かない史上最強の自分主義だと思ってるから」


 あら。あらあらあら……。

 想像以上の言葉がカナコさんの口からたくさん出てきた。

 強いなぁ、と思わず感心してしまう。

 僕もそのマインドで生きていきたい。

 僕が隣の席で感じていたカナコさん像と現実は随分と違ったが、今目の前にいるカナコさんの方が魅力的に感じた。


「引いた?」

「ううん、むしろ好きになった」

「坂崎くん、変だね」


 その言葉に思わず鼻で笑ってしまった。


「カナコさんに言われてもね」

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