第一章8 『運命的仕事』
「――全滅ね」
街を歩く二人の男女。その足取りは重い。
街に出たアキラとメルザはまず求人の貼り紙に目を通した。
といっても、アキラは文字が読めない。眺めているだけだった。
メルザがここは飲食店、ここは服屋、などアキラに教えていた。
どこも履歴書は必要とされていなかったので、文字が書けないアキラはラッキーだと思ったが、面接でことごとく落とされた。
例えば飲食店ではメニューの文字が読めない。文字が読めないというのが致命的だった。ほぼ全ての面接先でその理由により落とされた。ほぼ、というのは文字の読み書きが出来るかとは関係無しに不合格になった面接先もあるからだ。
服屋。アキラのジャージ姿を見るなり、採用できないと即答されたのだった。珍妙な恰好にみえたのだろう、お洒落とはかけ離れているもんなとアキラも即不採用に納得した。
「文字が書けない、読めない、ていうのはちょっと難儀ね」
メルザは顎に手をやり呟く。
何故か通じる言葉と文字。その前者しか適用されなかったことにアキラは不満を抱く。神様、異世界転移者への設定間違ってますよ、と存在するか明らかでない相手に対して考えを投げかける。
「あとは、騎士団くらいかしら」
「騎士団……俺、剣術なんてからっきしだぞ」
「ビギナーズラックってあるじゃない。もしかしたらうまくいくかも。年中募集してるから行ってみましょ」
ビギナーズラックの使い方合ってるのか? と思いながらメルザのあとをついていくアキラ。
やっぱり戦闘能力を量る試験があるのだろうか。
剣なんて高校の授業で習った剣道しか経験がない。魔法もまだ使えない。合格できるか俺。筆記試験もあったらそれこそ絶望的だ。
アキラがそんな思いを巡らしていると、建物についた。
「ここよ。受付行ってきてアキラ。ファイト!」
メルザに背を押される。うう、緊張する。だがもうここしか望みは無い。意を決して受付の女性に話しかける。
「あの、騎士団に入りたいんですけど」
「はい、ではこちらの用紙にお名前の記入をお願いします」
うっ、名前、なんて書けばいいんだ。ええい、どうにでもなれ!
アキラは日本語で名前を記入した。
「これは……何と読むのでしょうか?」
用紙を受け取った受付嬢は微かに困惑の色を見せる。
「アサメアキラです」
ん?この受付嬢の顔、見覚えがある。
「あ! ティオじゃないか!」
アキラは意表を突く再開に笑みがこぼれる。
「なんだ、騎士団の人だったんだなティオ」
アキラの態度とは裏腹にティオは顔色一つ変えない。
「私は、ティナですが」
「へ?」
鋭い視線でアキラを見るティナと名乗る受付嬢。よくよく考えてみれば、黒ではなく白を基調とした服、ショートカットの金髪は同じだが、前髪を上げていない。
「す、すいません。知り合いと間違えました」
アキラを睨むかのように見つめる受付嬢。目を閉じ立ち上がる。身長はティオと同程度。
「……それでは、こちらへどうぞ」
アキラは奥へと案内される。メルザの方を見ると、頑張れ! と、胸の辺りで拳をグッとしている。かわいい。
地面が土の、開けた闘技場のような場所に出てきた。
ティナからアキラの前に木剣が投げられる。
「時間は無制限。先に剣を相手の身体に当てた方の勝ちです。勝てば、合格です」
「え、きみが相手?」
「そうです」
ティナは木剣を構える。
その構えの圧で、アキラは受付嬢だと舐めてかかったらやられると総身で感じる。
アキラも木剣を構える。剣道スタイルだ。
開始の合図もないままに、二人は剣を構えながら距離を詰めていく。
お互いの距離が二メートル程になったところで、アキラが先に動く。
「メエエエン!」
アキラは木剣を振りかぶりティナの頭へめがけて突っ込む。
それをティナは軽やかにかわし、アキラの胴へ木剣を打ち込む。
「がはっ!」
鳩尾にめり込んだそれは、横隔膜を瞬間的に硬直させアキラを呼吸困難に陥れた。アキラは膝をついて鳩尾を押さえる。
「う、ぐぅ」
呻き声が漏れる。寸止めしてくれるほど甘くは無かった。こっちは寸止めしようと思っていたのに。
無意味な弁明を頭の中で思い巡らしながらアキラは呼吸を整える。
と、目の前に木剣の切っ先が映る。
「ここまでが試験。ここからは私用」
冷たい声。
「何故姉さんのことを知ってるの」
ティナが冷徹な眼差しでこちらを見ている。これはやばいのではないかと脳内で逡巡する。
「昨日の夜、会ったんだ! 妹を探してるって言ってた! もしかしてきみがその妹なのか?」
「嘘。姉さんがひとりで王都まで来るはずない。……痛めつける必要がありそうね」
ティナは木剣を振り上げる。
「う、うわあ!」
アキラは顔の前に腕を持ってきて頭部を守る体勢をとる。
すると、ティナの木剣を後方から止める手。
「そこまでだ、ティナ」
柔らかだが凛とした声色。
アキラとティナは声の方を見る。
「マナ様。どうしてこちらに」
年齢は二十台半ばだろう。身長は、百七十センチ後半。銀髪の、騎士団員という雰囲気のしないラフな服装の男。だが、着やせしているだけで体幹のしっかりとしたその立ち姿は只者ではないと感じさせる。
「入団志望者には優しくしないとね。きみ、大丈夫かい」
「は、はい。あなたは……?」
「私は」
「トライ王国王子にして、トライ王国騎士団第三部隊隊長、マナ・トライ様だ」
マナの声を遮りティナが木剣を下げて言う。
「私を知らないとは珍しいね。その恰好、異国の人かい?」
「そんなところです」
マナが手をアキラに差し伸べる。アキラはその手をとり立ち上がる。
「このアキラという男、どうも怪しいのです」
ティナはマナに投げかける。マズい、この男まで敵に回すのは。
「確かに恰好は怪しいけど、大丈夫だよ。真っ直ぐで素直な目をしている。悪い奴じゃないように私は思うよ」
「そ、そうですか」
ティオから戦意が消える。なんとか助かったと安堵するアキラ。隊長っていうくらいだから凄まじく強いんだろうな、それこそティナが全然及ばないくらい。と、そこでアキラの頭にある考えがよぎる。
「俺に剣を教えてくれませんか」
アキラは思いを口に出していた。女の子に負けたというのもアキラに火を点けた一端かもしれない。アキラは、強くなりたいという心の奥の声に従った。
「私にかい。はは、そうだな、ティナに勝てたら教えるというか練習相手になってもいいよ」
「う、素手同士ならなんとか」
負けたばかりのティナにまた剣で再戦する気力はアキラになかった。こちらに分があるかもしれない、素手での闘いを一縷の望みを懸けて提案した。
「駄目だよ。剣術を教わるためなのに素手で勝っても意味がないじゃないか。それに、騎士団に入るなら剣術をある程度習得していないとね」
アキラの望み、砕け散る。
「そうですか……。失礼しました」
「試験はいつでも受け付けているからまた挑戦してくれよ。次の相手がティナとは限らないけどね」
「はい」
アキラは試験場を後にした。
「アキラ! どうだった?」
「ああ、落ちたよ」
アキラは失意の顔でメルザに報告する。
「そう、残念だったね」
メルザの同情するような声。心が痛い。
「帰りましょうか」
気づけば夕方。
アキラは失意に顔を曇らせながら、メルザとともに屋敷に戻った。
「エルに会わせてくれ」
「執務室にいると思うけれど……」
屋敷に戻り、一息つこうとする素振りも無くアキラはエルに会いにいった。メルザはアキラの後についていく。
「エル!」
「ん、なんだいアキラくん。仕事は見つかったかい」
エルは椅子に座っていた。机を挟んで前に立ちアキラは頭を下げる。
「俺に剣術を教えてください! あと文字の読み書きも!」
「ふむ。私が教えることによるメリットは何かな」
「ここで、使用人として働きます!」