第一章6 『お屋敷の邂逅』
焦燥、驚嘆、そして歓喜。
それらの心情を織り交ぜアキラは茫然と立っていた。
「でっか……」
メルザに連れられてやってきた屋敷の正門前。
「俺ん家何個分だ……?」
「ほらアキラ、中に入りましょ」
アキラとは正反対にメルザはなんてことなく落ち着いている。
庭を抜けるアキラとメルザ。
「すげえ、すげえよ」
アキラの呟きは止まらない。
その光景に幾度と足を止めそうになる。
それをメルザは不思議そうに見ながらアキラの前を歩く。
アキラはメルザの背に隠れるかのように歩いている。
雰囲気に呑まれ、消極的になっていた。
「ただいま」
「お、お邪魔します」
「おかえりなさいませメルザさま」
「おわあ!?」
アキラは左側からの突然の声に驚き、胸に手をやる。女の子がお辞儀している。
「こちらの方は?」
お辞儀から直立になり冷徹な眼差しでアキラを見る女の子。
身長はおおよそ百五十センチ真ん中ぐらい。ショートカットの青髪。
彫の浅い顔立ちは幼さと愛らしさを感じさせる。
黒を基調としたエプロンドレスに、頭の上に乗せたホワイトプリム。クラシカルなメイド服に身を包む美少女。
「メイドキター!」
心の声が漏れだすアキラ。
美少女の瞳に軽蔑が混じったような気がした。
「この人はアキラ。私を助けてくれたの。旅をしていて泊まる宿が無いみたいで、助けてくれたお礼に今日は泊まっていってもらおうと思って。マリン、部屋を用意してあげて」
「はい。わかりましたメルザさま」
「じゃあ私はエルにアキラのことを話してくるわ。アキラ、先にお風呂入りたかったらどうぞ」
メルザは屋敷の奥へと消えていった。
「ええと、風呂場ってどこにあるの……かな?」
マリンと二人きりになり静まり返る空気に圧され、アキラはメルザに言われたことを実行しようとする。
「こちらです。お客さま」
マリンというメイドは、アキラを一瞥もせず歩き始める。
もしかして俺、歓迎されてない? あまりの愛想の無さに物怖じするアキラ。マリンの後ろをついていく。
長い廊下だ。歩いているうちにこのまま牢屋に連れていかれて幽閉されるのではと、ありもしない展開の恐怖に身震いするアキラ。
「こちらでございます」
マリンがドアを開けた先に広がる更衣室。広い。客人がくることを想定しているような造りだ。
「どうぞ」
アキラは更衣室の中に入る。
「タオルはあちらのものをお使いください。バスローブもよろしければ」
マリンが手を向けた先にはタオルが積まれている。横にバスローブ。
「それでは失礼します」
マリンがドアを静かに閉める。
「よし、入るか。下着の替えが無いのがキツいが、風呂にありつけただけラッキーだ。バスローブはいいや、またジャージを着よう」
アキラは裸になり、風呂場のドアを開けた。
「温泉じゃんもうこれ!」
一般家庭の風呂場とはかけ離れた広い風呂場。アキラは今日の出来事の疲れと屋敷に着いてからの驚きの連続で、腕をだらりと垂らす。
「はー、良い湯だった」
ジャージを着なおし、更衣室を出るアキラ。ぎょっとする。
「ご満足されたようで幸いです。応接間でエル様がお待ちです。お連れいたします」
ずっといたのか!? 怖い怖い怖い。
機械的に応対するそのメイド服姿の美少女は、疲れている様子も見せず歩き出す。
アキラとマリンは二階に来た。
「こちらです」
廊下の真ん中付近で、マリンがドアを開ける。アキラは部屋の中に入る。遅れてマリンも入室する。
「やあ、きみがアキラくんか」
部屋の奥のソファに腰かけている男が立ち上がり、口を開く。
身長は百八十センチに届きそうなほどで細身、年齢は四十歳くらい、白髪。顔には右目を縦断するように傷跡がある。
「は、はじめまして。お風呂いただきました、ありがとうございます」
「そんな畏まらなくていいよ。私はエル・フェルダー。メルザを助けてくれてありがとう。さあ座って」
エルと名乗る男が座っている手前のソファにメルザを見つける。
「あ、はい」
アキラはメルザの横にゆっくりと座る。
「今日は大変だったようだね。メルザから聞いたよ。ありがとうアキラくん、メルザを助けてくれて」
深々と頭を下げるエル。
「いえいえ、頭を上げてください」
「時に、メルザを襲ったのは、どんな人物だったのかな?」
空気が一瞬ピリつく。その空気を感じ取りアキラは硬直する。エルは目を細めアキラを見ている。
「あ、えっと天教聖者団重責のグラブって名乗ってました」
「天教聖者団……。それを君が倒したのかな?」
エルは目を見開く。アキラは面接でもしてるかのように緊張の色を濃くする。
「は、はい。でも運が良かっただけです。精霊が出てきて俺を助けてくれました。」
「信じられない。いや失敬、驚きだよ」
エルは机に置かれたコーヒーカップを手に取り、コーヒー?を飲む。
「右手を出して、アキラくん」
「こうですか?」
アキラは言われるがままに右手を前に出す。
エルはアキラの手を握る。と、体内を何かが駆け巡るかのような感覚に襲われる。
「魔力量は平均の僅かに上。異質なマナの持ち主でもない。ふむ」
エルは手を放す。アキラは今の事態に混乱し間髪入れずに声を出す。
「な、なんですか?」
「失礼。きみの魔力を量らせてもらったよ。精霊に助けられたね。メルザが無事で良かったよ」
エルはニコリとしてメルザの方を見る。
「エル、失礼は魔力を量る前に言わなきゃ」
メルザは眉を斜めにし、儚げな声で言う。
「おっとそうだね。アキラくん、失礼した。許してくれ」
「別に大丈夫です……」
アキラは先の感覚に若干困惑の色を見せながら、手を身体の横に戻す。
「その重責のグラブは、何か言ってなかったかな、メルザを襲った理由、とか」
アキラはうーんと頭を捻る。
「あ、過酷な運命に潰される前に命を散らしてやるのが責務とか言ってました」
「ほう。ありがとうアキラくん。ところで、お金を持っていないそうだね? 旅をしているのに」
「うっ、はい、そうなんです」
「どうやって二ホンという国からここまで来たのか存ずるところではないが、お金が無いのはマズいだろう。明日、お金を得る手段を探して来たらどうだい」
「私も一緒に探すよ」
両拳を握って胸の前でグッとするメルザ。かわいい。
やはり一文無しはマズいのか。この屋敷で養ってもらえるかもという淡い希望は塵と砕けた。
「はい。そうします」
「では、今日は疲れただろう。ゆっくり休んでくれたまえ」
エルはソファを離れ部屋から出る。
「じゃあおやすみアキラ」
「ああ、おやすみメルザ」
メルザも部屋から退出する。
「お客さま、部屋はこちらです」
相変わらず無愛想を貫くメイドに連れられ、寝室に案内されるアキラ。
「では、おやすみなさいませ」
「だだっ広いな~」
驚きの連続に多少慣れたアキラはバッグを机に置き、ベッドへと勢いよくダイブする。
「はあ、つっかれた~~。エルって人、天教聖者団って言ったとき顔色が変わった気がしたけど何か訳ありなのかな。それにしても、異世界初日から色々とハード過ぎだろ。未だに転移ボーナスみたいなものもないし。この先どうなることやら……。そうだ、あの拾った銃、ルシは魔銃って言ってたな。魔銃がチート武器ってところなのかな。でも手に入れたのは偶然だし。うーん。」
アキラはベッドから飛び起きて椅子に座り、バッグから魔銃を取り出す。
「なんなんだろこれ」
ずっしり、とまではいかない重さ。リボルバータイプで装弾する穴のない、青みがかったシルバーの三十センチほどの銃。
魔銃を手に持ちながらもの思いに耽っていたら、一時間くらい経っただろうか。
刹那、静寂に爆音が轟く。
ドオオオオン!
「な、何だ!?」
アキラは咄嗟に叫ぶ。目をやると、天井に穴が空いているではないか。
「え?うええ!?」
アキラは軽いパニックに陥る。
「いたたた……あ、どうもこんばんは」
埃が舞い散り、見えたのは背中に翼を生やした女の子。
「親方、空から女の子が!」
そう言わずにはいられなかった。