第一章5 『熱いのか冷たいのか』
銀髪の女の子が笑みを含んだ口元、ジト目でアキラを見ていた。
「あ、目が覚めたんだ」
アキラは率直に感想を口にする。
「ここまで運んでくれたのはあなたね。そして多分、ピンチから救ってくれたのも。ありがとね」
「いやいやそんな。無事でよかったよ」
アキラは女の子からお礼を言われたのが照れくさくて謙遜する。
「かっこいいヒト型精霊だったわね。やるじゃない」
腰に手を当て女の子はウィンクしながら称賛を述べる。
「ああ、ありがとう」
ルシは精霊なのだろうか。
確かめる術もないし、この子が精霊と言っているならおそらくそうなのであろうと、アキラは納得する。
「盗ったものは返したし、私のこと衛兵に突き出したりしないでよね」
返した、という表現は正しいのか、取り返されたではないかと惑ったがそんなことは気にしなくていいかと、先の戦闘で気疲れしているアキラは女の子の言葉を流す。
「とにかく街へ戻りましょう。ほら、あの子を背負ってあげて」
女の子はメルザの方を指さす。
「あ、ああそうだな。えっと――」
「名前? 私は、サニー・ドライ。あなたは?」
「アキラだ」
熱いのか冷たいのかどっちなんだその名前。と、心中で思いながらアキラはメルザをおぶる。
「街に出たら、さよならだから。アキラ」
サニーはフードを被って顔を隠す。綺麗な銀髪なんだから、もっと大衆に見せつけるかのような恰好をすればいいのにと、アキラは思いを巡らした。
「サニー、何で盗みなんてしてるんだ?」
ふと湧いた疑問をサニーにぶつけるアキラ。
「喜んでる顔が、見たいから」
サニーは即答する。
アキラとは目を合わせない。
「私個人の力で、あの子たちを笑顔に出来る。その体感が楽しいのよ」
何か含みのある言い方だなと思うアキラだったがそれは自身の中で飲み込んで、そうかと頷く。
盗みを働いていることを咎めはしない。
もしそれで機嫌を損ね、こちらに敵意を向けられたらたまったものではない。
もう戦闘はこりごりだ。
アキラは連戦に疲れていた。
サニーはアキラの前を歩く。
人をおぶっているアキラの鈍い歩調に心なしか合わせてくれているような気がする。
少し優しい。
アキラは、サニーに色々尋ねた。
金銭はどうやったら手に入れられるのか、この国は治安が良くないのか、冒険者ギルドはあるのか、戦争はあるのか、魔王はいるのか、サニーは貧困層の人間なのか、などだ。
金銭は仕事をするかギャンブル、治安は良い、冒険者ギルドはある、戦争はある、魔王はいない、サニーがどういう人間なのかは秘密、とのことだった。
いやいや、街で路地裏とはいえ物盗りに襲われたし、サニーみたいな盗人はいるし、さっき襲われたとこじゃないか、本当に治安良いのか、とツッコミそうになったがぐっとこらえるアキラ。
サニーを敵に回したくない。
そんな話をしていると、アキラとサニーは森を抜けた。
「じゃあバイバイ、アキラ。そのお姉さんに、今度から大事な物は目に触れない場所に隠すことねって伝えといて。」
サニーは駆け足で去っていった。
「ふう、さてどうするか……あそこに行くか」
気づけば夕方。
メルザを床に寝かしておくわけにはいかないので、アキラはある建物に向かった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「うう、ここは……?」
メルザは辺りを見回す。と、額から濡れタオルが落ちる。
誰かが頭を冷やすために置いてくれていたようだ。
木造のワンルームほどの広さの部屋で、メルザは寝ていた。
壁伝いに喧騒が聞こえる。
「そうだ、ペンダントを取り返して森を抜けようとしてたらいきなり目の前が真っ白になって……何でこんなところにいるんだろう私。」
メルザはふらりと立ち上がり、部屋のドアを開ける。
「か~! また兄ちゃんの勝ちだ!」
「三連勝じゃねえか! 凄いな兄ちゃん!」
「いえいえそれほどでも。運がよかっただけです」
酒場だ。
聞き覚えのある声。メルザはその方へ、賑わう声、人だかりの輪の中心へ歩く。
「アキラ。どういう状況なのこれ」
アキラの後ろのテーブルには手をつけていない食事。アキラの前のテーブルを挟んで向かいには巨漢の男が立っていた。
「あ、目が覚めたんだなメルザ。えっと、腕相撲大会……になっちゃってるところだよ。後ろの食事食べていいから、待ってて」
「兄ちゃん!次は俺だ!」
巨漢の男がテーブルに腕を置き、ニヤリとする。
「うわ、よろしくお願いします」
アキラと巨漢の男は手をがっしり組む。
「よーい、ドン!」
人だかりの中の誰かが合図を放つ。
ぐぐぐぐ……
少し劣勢気味のアキラ。
メルザはアキラの後ろにある椅子に腰を下ろす。
「何で腕相撲してるのよ……」
ぼそりと呟くメルザ。
真剣勝負中のアキラの耳には届かない。
「ふんっ!」
「ぐっ!」
アキラ、窮地。
「ふううんー!」
アキラの手の甲がテーブルについた。
「おっしゃあ!俺の勝ち。酒一杯おごれや兄ちゃん!」
「えっと、その」
アキラの表情が曇る。
「あん?」
巨漢の男が目を細めてアキラを見る。睨むかのようだ。
「俺、一文無しでして」
「は? なんだと、金が無えのに酒場に来る、賭け勝負するたぁどういうことだ」
男はドスの効いた声でアキラに詰め寄る。
「待って。私がおごるわ、それでいいでしょう?」
メルザは椅子から腰を上げ、諭すように男に話しかける。
「おう。いいぜ。兄ちゃん、姉ちゃんに感謝するんだな。もし次も一文無しで来たら、知らねえぞ」
男は、フンフンと鼻息を鳴らし、席に着く。
「ありがとうメルザ。助かったよ」
アキラはメルザに頭をペコリと下げる。
「いいのよ。私を助けてくれたお礼。助けてくれたんでしょう、私を気絶させた何かから」
微笑みながらそう言うメルザ。
かわいい。
「あ、うん。頭、大丈夫か? ズキズキしない?」
「え、頭? ッつ!」
メルザは頭を触ると同時に苦悶の声を出す。
「大丈夫かメルザ!?」
アキラは手をバタバタさせる。
「そっか、頭に攻撃されたんだ。生きててえらいなあ、私」
メルザは目を閉じ頭に手をやりながらうんうん頷いている。
「血も流してたから、焦ったよ。無事で良かった」
「ひええ」
どこか他人事のようにリアクションをとるメルザ。
「さ、腕相撲でおごってもらった料理、一緒に食べよう」
アキラとメルザは料理が置かれているテーブルを挟んで向かい合わせの椅子に座る。
「いただきます」
アキラはチキン?を、メルザはサラダをフォークに刺して頬張る。
サラダを咀嚼し飲み込んだメルザ。
「ところでアキラ、旅をしてるって言ってたけど今日の宿は決まってる?」
これはもしかして。アキラはチキン?を飲み込み期待に胸を膨らますが、声のトーンは平常に喋る。
「いや、まだ決まってないよ。さっきのでバレちゃったと思うけど一文無しだし、正直どうしようか困ってる」
「じゃあ、私の屋敷に泊まっていく?」
やった。アキラは内心の喜びを隠しきれない声色で返事をする。
「いいのか? ありがとうメルザ! 恩に着るよ」
メルザはいやいやと両手を振った。
「ペンダントを取り返すのを手伝ってもらったし、ピンチからも救ってくれたじゃない。まだお礼し足りないくらいだわ」
なんとか寝床の確保が出来たことに安堵するアキラ。
自然と笑みがこぼれる。
深く息を吸って吐く。
と、ある疑問に料理を運ぶ手が止まる。
「ん、屋敷って? メルザっていいところのお嬢さんだったりするのか?」
メルザはキョトンとした顔をしたあと、フォークを皿に置いて質問に答える。
「あああ、行けばわかるわ。ごちそうさまでした」
メルザが食べたのはサラダと小切れのチキン?二つ。食が細いな、とアキラは感じる。
「え、急がねば」
メルザの屋敷の入館に時間の制約があるわけではないだろうが、待たせては悪いと食事を早めるアキラ。
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