第一章4 『魔銃』
その光線はまさに闇を照らす光だった。
絶対絶命の闇から手を差し伸べる光。
「な、なんだ。まだ誰かいるのか?」
魔獣使いの男は不意を突かれた困惑の色を見せる。
「エスレイ!」
光線が魔獣使いの男の横っ腹に直撃する。
「ぐわあ!」
男は吹っ飛ぶ。気を失ったようだ。
魔獣は散り散りに逃げ去っていく。
「た、助かったのか?」
アキラは安堵の息を漏らす。
「アキラ、大丈夫!?」
聞き覚えのある声の主はアキラの元に駆け寄ってくる。
「ありがとうメルザ。今のは、魔法?」
「そうよ。アキラもしかして魔法使えないの?」
「うっ……実はそうなんだ」
「そうなの。恰好といい、アキラはいろいろと珍しいわね。それで、あの子……」
メルザの視線の先は気絶している銀髪の女の子。
「アキラが失神させたの? 何か変なことしたんじゃないでしょうね?」
「ち、違うよ。あの魔獣使いのせいだよ。俺は何もしていない」
慌ててあらぬ疑いを晴らそうとするアキラ。
この子だけには変態扱いされたくない。
「冗談よ。さあペンダントを返してもらわなきゃ」
女の子の服をまさぐるメルザ。
「あった。良かった……」
メルザは大事そうにペンダントを持ち、首にかける。
「首から下げてたのに、どうやって盗んだのかしら。見つかって良かった。それにしてもこの銀髪、まさか……ね。アキラ、早く森をでましょ。また今みたいなのが出てくるかもしれないわ」
「あ、ああ。この子は俺がおぶっていくか」
おぶっていくと決めていたのに、メルザの前で決意表明かのようにもう一度声に出すアキラ。
女の子をおぶる。
「行きましょ」
女の子をおぶっているアキラの歩調に合わせてゆっくり歩いてくれるメルザ。優しい。
「なあ、魔法ってどうやって出すんだ?」
「え? うんとね、頭の中でイメージするの。私のエスレイの場合は、なんて言ったらいいんだろう、光が集まって光線になるのをイメージ。無詠唱や名前を言わなくても発現出来るけど、名前を言って出した方が効果が上がるの。詠唱ではもっと効果が上がるわ」
「なるほど。俺でも出来るかな」
「魔力が無い人なんて聞いたことないからアキラも練習すれば出来ると思うわよ」
魔法が使えるかもしれないと分かって、気分が高揚するアキラ。どことなく足取りも軽くなる。
「俺、魔力あるかな……?」
異世界転移者の自分には魔力が無いのでは、とふいに考えたアキラは疑問をそのまま口に漏らす。
「あるわよ。測ってもらったら――」
ビュン!
何かがアキラの前から後ろを通り過ぎていった。遅れて風を顔に感じる。
「なんだ今の。なあメルザ」
いない。
横にいたメルザがいない。
胃の辺りが冷やりとするアキラ。辺りを見回す。
と、そこで目にした光景に顔から血の気が引いていく。
「メルザ!」
メルザが後方で地面に転がっている。
アキラは女の子をおぶったまま急いで駆け寄る。
「うう」
頭から血を流しているが、死んではいない。良かった。だが行動不能に陥ったのは間違いない。
「どうする、二人おぶっていくなんて無理だ」
アキラが困惑していると、足音。
道の先から人が現れる。
「あ、そこのあんた! この子をおぶって街まで連れて行ってくれないか!?」
背中の女の子に目線を送るアキラ。
より安全に。アキラはメルザをおぶっていこうとしていた。
「天教聖者団。重責の聖者、グラブ・バラン。過酷ナ運命に押しつぶサレル前にその命散らしてヤルが私の責務」
「は?」
何言ってんだこいつ。ネットの掲示板ならそう突っ込むところだが、いまこの状況ではそんなことは言ってられない。
この男、明らかに敵意がある。
外国人のようなカタコトの喋り。
緑髪に目の下のクマ、戦士のような布の服に白いマント。
一見すると善人か悪人かわからない風貌だが、この度はっきりしていることは善人ではない、ということだ。
アキラは背の女の子を地面にそっと下ろし、バッグから銃を取り出す。
「こっちくんな!」
銃口から青いエネルギー弾のようなものが、グラブと名乗る男に向かって飛んでいく。
弾はグラブの目の前で、見えない壁に当たったかのように霧散した。
「な、なんで」
アキラは次の弾を撃つ。
だがそれもグラブの目前で霧散する。
「見えないバリアでも張ってるのか!?」
「グルルル……」
アキラの疑問に誰も答えてくれはしない。
それどころか反応は森から出てくる狼魔獣の群れだった。
「げ! またこいつらかよ……!」
「そのマドウルフたちはお前ヲ食い殺ス責務がアルようダ」
魔獣は唸り声をあげながらアキラを取り囲む。
「あいつも魔獣使いか、ヤバい」
魔獣はゆっくりとアキラへの距離を詰める。
「ヤバいヤバいヤバい」
魔獣使い本体を撃退しようにも見えない壁に弾かれる。
魔獣を撃退しようにも数が多くて手に負えない。
アキラは死がすぐそこにあることを総身で感じる。
「なあ、俺は死んでもいいからこの子たちは見逃してやってくれよ」
「駄目だナ」
精一杯のカッコつけも無駄に終わった。
「俺の異世界冒険譚はここで終わりか。あっけないな。ごめん、メルザ」
アキラは銃を頭の横に持っていく。
「魔獣に嚙み殺されるくらいなら、自刃してやる……!」
銃口をこめかみにつけ、引き金に指をかける。
「バイバイ、人生」
引き金を引く。
アキラの目の前は真っ暗になった。
ああ、来週にはプロテストだったのに。
受けてたら俺はプロになれたのかな。
異世界転移、良いことなんて一つもありゃしない。
本で読んだようにはいきやしない。
異世界冒険譚は妄想で楽しむのが一番だな。
いや、一個良いことがあった。
ヒロインのような女の子と出会えたことだ。
……おかしいな。思考がまだ巡る。
「死を乗り越えた者よ」
声が耳に入る。
メルザでもグラブとやらの声でもない。
アキラはいつの間にか閉じていた目をゆっくりと開ける。
「あれ、死んでない……?」
魔獣たちは飛びかかってくる素振りを見せず、ただこちらを睨みつけている。
「なンだ、ソイツは」
グラブが驚嘆を含む声でアキラに問いかける。
「え、そいつって何だ」
アキラは周囲を見回す。
後方から声が聞こえてくる。
「よお、主。こっちだ」
後ろを振り返ると、アキラは驚嘆する。
「誰だお前……!? また敵か!?」
そう言いながら、アキラは後ずさりし、青ざめる。
勝てる気がしない。
グラブとやらにもそうだが、より一層絶望の色が濃くなるその存在感。
紺色の短髪に、髪色と同じ足まで届きそうなロングコート、背中から覗く左右二枚計四枚の翼。
その翼の力なのか、ふわふわと空中を浮いている。ネットサーフィンで得た知識と面影が重なる。
その雰囲気はまるで――
「ルシファー……」
「俺はお前だよ」
「は?」
「その銃で自分の頭を撃っただろ。強い想いを乗せて。そうすると、俺が発現するわけだ」
「は、発現? つまり敵じゃない?」
「敵なもんか。主さん。取り合えずそいつらが邪魔だな」
腕を組み、その存在の、目力が増す。
「フン」
「キャンキャン!」
威が込められたその声を放った瞬間、魔獣たちは怯えるように森の中へと去っていった。
「! すげえ。何をしたんだ?」
「ちょっと脅かしただけだぜ」
この存在、雰囲気こそ厳かだがどこか飄々としている。おかげで、アキラは警戒心を緩めていた。
「オ前、私の邪魔をするナ!」
グラブは苛立ちを隠せない声で、言い放つと同時にこちらへ手をかざす。
バシュ! バシュ!
「うわあ!」
アキラは突然の風船が破裂したような音に襲われ驚く。
「大丈夫だぜ。俺が防いでる」
その存在は腕を組んだまま微動だにしていない。
横目でグラブの方を見る。
「主、あいつを倒したいんだろ。それで勝てるぜ。俺がやるまでもない」
銃を指さすその存在。
「え?」
バシュ! バシュ!
会話の最中にも容赦なく、何かは飛んでくる。
その存在は、気にする様子もなく会話を続ける。
「その魔銃は、所有者の心の有り様を感じ取る。だが殺意は駄目だ、殺意には感応しねえ。だから、こう思え。空気を貫通しろ、気絶しろ、ってな。ほら、主のターンだぜ」
「魔銃……心の有り様を感じ取る、空気を貫通……」
その存在に言われたことを反芻するアキラ。
理解するまで十秒を要した。
「あいつ、空気を操ってるのか」
なるほどメルザを吹っ飛ばしたのもこちらに飛ばしているのも空気を圧縮した弾。
銃弾が当たらず霧散するのも空気を圧縮した壁。
「よし」
アキラは銃をグラブの方へ構え、唾を飲む。
本当に当たるのか? 不安が抑えきれない。
自刃を選んだときといい、今のこれといい消極的思考が止まらない。
仮に、重責のグラブとやらとこの存在がグルだったとしたら、上げて落とすにも程がある。
仕組んだ神様はどれほどまでに意地悪なのだろう。
対策を立てられないままに最悪を想定し、アキラの頬を汗が伝う。
「空気を貫通して、あいつを気絶させろ!」
そう言い放ち、アキラは銃を撃ち放つ。
「無駄ダ。私の恩寵を破ルことは出来ない」
グラブは顔色一つ変えない。が、途端に苦悶の表情に変わる。
エネルギー弾のようなものは、グラブに命中。
グラブは後方へと吹っ飛んだ。
「や、やった」
アキラは銃を構えたまま緊張を緩める。
「そうだ主。それでいい。声に出さなくてもよかったけどな」
「気絶、してるか?」
そろそろと銃を向けたまま近寄り、グラブの状態を確認する。その存在はアキラの背を付いてくる。
「大丈夫みたいだな」
「じゃあ、用も済んだみたいだし俺は消えるぜ。忘れんなよ、俺を発現したかったら強い想いで脳天にショットだ」
輪郭から淡い光を放ち、その存在は消えていった。
「今度出てきたら、ルシファーっぽいからルシって呼ぼう。助かったよルシ」
握っている銃を見つめながら呟くアキラ。
「あなた、精霊使いなのね」
束の間の静寂を破り、後方から女の子の声がした。