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撃ちぬかれたい  作者: 七草太一
第一章 『開幕、異世界生活』
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第一章1  『シャドウボクシング』

 ――マズい。




 人々に好奇の目に晒されている少年がいた。

 街中で屋台の前の建物を背もたれに、彼はしゃがみ込んでうなだれている。

 目の前の屋台の店主は人型のトカゲマン。行き交う人々は鎧、ローブ、猫耳etc……。

 日常風景とは明らかに異質だ。

 しかし、この場において異質なのは彼の方だった。

 

 黒髪短髪に平均的な身長、上下白のジャージ、ショルダーバッグ。ここがいつもの世界なら特別誰も気に留めることもないだろう。

 だがここは


 「異世界かあ……」


 明らかに自分の恰好が異質なのを肌に感じつつ、彼、亜鮫彰(あさめあきら)は力無く呟いた。

 目の前を馬車が通り過ぎていく。




 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




 亜鮫彰。十七歳。高校はそこそこの進学校。三年生である。

 休み時間はブックカバーを付けた小説を読んで過ごしている。

 中1の時に、ライトノベルを読んでいてからかわれ――苛められたかけたことがある。 

 かけた、とは苛めが始まりそうな気配を感じ未然に防ぐため一年間不登校を選んだ故である。

 学校に行かなくなってから苛め対策も含め、健康のために家から二駅分隣にあるボクシングジムに通い始めた。

 スジが良いとジムの先生に言われてなんだかんだで学校に復帰してからも十七歳の今まで通っている。

 アマチュアの試合戦績は7戦5勝2敗。

 得意な技は右ストレート。

 来週にはプロテスト、というところまで修練していた。

 

 プロテストを控え、ジムで軽い練習をして電車に乗って帰った……はずが駅の街へと開け放たれる出口を出た瞬間、この異世界に立っていた。

 昼夜逆転。

 夜から昼だ。

 

「舞台は典型的な中世風。言葉は通じる、が文字と貨幣は違う。異世界通例の冒険、亜人の存在アリ。命の危険、食料確保出来なければアリ。ってところだな……」


 状況を頭の中でなんとかこうにか整理するアキラ。

 異世界物のライトノベルで得た知識を盛り合わせて状況を把握しようと努める。

 異世界召喚されてまず目に映ったのは果物?屋台だった。

 アキラはそこの店主に、ここはどこですかと開口一番に聞いた。

 店主は片眉を寄せながら、トライ王国だろ何言ってんだと教えてくれた。

 そしてリンゴ……じゃなくてリンゲ買ってけと勧められた。

 幾らですか?と聞くと銅貨二枚と言われて固まってしまう。

 貨幣が違う。見たこともない文字で商品名が読めない。

 アキラはこの出来事で、ここが異世界だと身体の芯から身震いした。


「それにしても、異世界転生……じゃなくて転移か。異世界転移したわりにイベントが起きないな。俺を召喚した主がいたりしないのか?あとチートスキルが使えるようになるとか」


 しゃがみ込んで1時間くらい経ったころ、喉が渇いたカラカラだと感じたアキラはショルダーバッグからスポーツドリンクを出して飲む。

 喉の渇きも忘れるほどアキラは考え込んでいたのだった。

 その際に所持品を確認する。

 スマホ、サイフ、バンテージ、スポーツドリンク、タオル、ジムのロゴ入りスポーツウェア上下、以上六点。


「どうすればいいんだよ……異世界の神様さん……」 


 と、そこで彼を見る好奇の目の多数の存在にアキラは気づく。


「身なりもあるけど、こんな露店街に座り込んでると迷惑か……」


 アキラは立ち上がり、人がなるべくいない方に歩きだす。

 目下、なんとしても手に入れるべきは食料と寝床だ。だが、この世界の通貨を持っていないアキラには超ハードな案件だった。

 寝床は最悪野宿、食料も1日くらいは何とかなるかと消極的な考えに陥るアキラ。

 ボクシングの試合では積極的にパンチを撃つ彼だが、日常はわりあい消極的な思考の少年だ。


「唐突過ぎるな……何か出来事があって転移するならまだしも、駅から出ただけだぜ?実は異世界転移って俺が知らないだけで日常茶飯事だったりするのか?」


 息をするように自然に異世界転移したことに未だ驚きを隠せないまま、証明しようのない疑問を口にする。


「冒険者ギルドみたいなのあったりするのだろうか。あったとしたら拳闘士で冒険者登録だな。魔王とかいるのかな」


 魔王を倒す冒険者になって魔物と戦う。

 いや無理だろ平凡な高校生が魔物退治とか。

 魔法も使えないし。

 アキラ、気づく。


「そうだ魔法だ!異世界ってことは俺、魔法使えるようになってるんじゃね!?」


「ものは試しだ! 行くぜ! フリーズ!」


 腕を前に伸ばし手を拡げて叫ぶ、が何も出ない。

 

「ファイア! サンダー! エアカッター!」


 不発、不発、不発。


「ステータス確認!」


 何も出ない。


「スキルボード表示!」


 出ない。


「だああ……! 何でだちくしょう。本当に、生身の元の世界の能力のまんま放り込まれたのかこの異世界に。俺は」


 とそこでアキラは周りを気にする。

 思い切り変人ムーブを決めたことに気づいたアキラは誰かに見られていれば末代までの恥だと照れ臭くなっていた。

 幸いにも周囲に人はいない。


「わりと俺が末代の可能性あるよな。この状況だと」


 立ち尽くした状態から、拳を握って左腕を前に出す。

 左腕を引くと同時に右腕を前に出す。

 ワンツーだ。

 次は左腕を九十度曲げ、横から空を撃ち抜く。

 フック。

 重心を僅かにさげ、下から上へと拳を振り上げる。

 アッパー。

 その後もパンチを空に向かって繰り出す。

 ステップを踏む。

 リズミカルに。

 ワンツー。

 ワンツースリー。

 ワンツースリーフォー。

 三分くらい経っただろうか。


「くよくよ考えてても始まらない! 言葉は通じる。意思疎通は出来るんだ。親切そうな人に事情を話して……話して信じるかな。……いや信じてもらえるまで話せばいいんだ。取り敢えず人が集まりそうな場所に行ってみよう。酒場とかあるのかな。この世界のことも知りたいし、情報収集なら酒場が鉄則だろ!」


 頭をスッキリさせるには身体を動かすのが効果的、というのを考えるまでもなくアキラは身体に覚えこませている動きを実践していた。

 そのおかげで、脳内物質は見事に作用し、多少なりとも前向きな思考を手に入れることができた。


「じゃあ早速行くか。いや、もう少しシャドウするか」


 一歩踏み出せないでいた。

 前向きになったのは多少だ。

 日常でも能動的に動くことといえばジムに行く、本を読む、くらいで大半を消極的、受動して過ごしている彼には先ほどの言動を行動に起こすハードルは奇跡の大ジャンプをしてやっと飛び越えられるといったくらい高い。


「うーん。インターネットがあってチャットが出来たら楽なんだけどなあ」


 弱音を呟きながらサイドステップからフックを繰り出すと声が聞こえてきた。


「あなた、こんな場所で一人でいると危ないわよ」


 透き通るような声だった。


 女性!?アキラは硬直した。

 ゆっくりと腕を下ろす。


 声の方に目を向けると、女の子がこちらを見ていた。

 身長は160センチ手前程だろうか。

 腰まで届く赤茶色の長髪、薄紫色の瞳。

 赤茶色を基調とした白い服。

 灰色のコート。

 儚さと貴さが同居するかのごとき美しい雰囲気。

 アキラは完全に固まって――見惚れてしまっていた。


「悪い人に襲われるかも」


 女の子の二言目ではっと我に返る。


「あ、うん。ありがとう。移動するよ」


 精一杯の返しだった。女の子と喋る機会など皆無のアキラは、今の発した言葉に粗相は無かったか刹那的に脳味噌フル回転で振り返る。

 言われて気づいたが、アキラのいるここは路地裏だ。人通りを避けて歩いていたら自然と辿り着いていた。

 そして路地裏に一人でいる男に道の入口から話しかけるこの女の子は、気丈な心の持ち主なのだろう。

 

「ところで、藍色のペンダント見なかった?」


 焦りと哀しみの面持ち、希望を抱くような声で女の子はアキラに問いかける。

 

「え、さあ、見てないよ……」


 え、さあ、は余計だろ。見てないよだけで良いだろと、反芻する。


「そう……ありがとう。私は忠告したからね。何が起きても自己責任よ。気をつけてね。じゃあ」


「あ、うん」

 

 女の子はあっさりと去っていった。

 これは異世界物におけるヒロインとの出会いなんじゃないかとアキラは心が少し震えた。合格!花丸合格!!

 でもその割にはあっさりだった、俺の返事は酷過ぎたとむず痒い思いに駆られるアキラ。

 そしてざわつく心を押し止めるためか、シャドウボクシングをまた始めた。

 忠告を無視して。

 その代償は直ぐにやってきた。 

  

「なんだあ? 踊ってんのかお前?」


 俺?俺に言ってるよな?先ほどとは趣の違う男性であろう声質に鳥肌が立ち、動きを止める。

 声のした方を向くと、いかにも悪そうな三人の男たちがにやけている。

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