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わたし魔女やめたので!  作者: 梅肉アエオ
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黒の囁き その3

 謎の黒歴史暴露現象について、まず第一に怪しいのは、やっぱり例の座席だ。

 一番窓に近くて、そこそこ後ろの方だからホワイトボードからも遠い。教授の目は届きづらいし、窓からの日差しがあたたかなひだまりを作る。絶好のお昼寝スポットであると言っていいだろう。講義をまともに受ける気のない不真面目な学生にとっては、まっさきに確保しておきたいポジション。なかなか人気のある座席のはずだ。

「普通に調べてみても、もうこれ以上のことはわからないかな…。変な装置が仕掛けられてるわけじゃないみたいだし」

「スピーカーとかを使ってるわけでもないんだな」

 久瀬くんも首を捻る。

「だから、きっとなにかの魔法がかけられてるんですってば!!!」

 ニコが何度も言ってるじゃないですかとふくれた。う~ん、認めたくはないけれど、わたしもなんだかそんな気がしてきたぞ…。

「しょうがないな…」

 わたしはカバンから眼鏡を取り出し、つるを開いてそれをかけた。

「あれ?? 知世先輩って目が悪かったんですか???」

 さすがに長くわたしの後輩をしているだけあって、ニコはわたしの眼鏡姿に違和感を抱く。その違和感は正しいのだ。わたしの視力は良好なので、いつもなら眼鏡のお世話になることなんてない。久瀬くんも小さく反応した。メガネ仲間が増えて嬉しいのかも。

「違うよ、目は悪くない。この眼鏡はそういうのじゃなくて、本当なら見えないはずのものを見るための、特別な道具」

 大学ではほとんど使うことはなかったが、高校の時からの癖で、いつでも持ち歩いている。本来人の目には映らない、存在するはずのないものを映しだすレンズ。そのレンズを通して例の座席を見てみると、見間違えることもないくらいにハッキリと、犯行の痕跡を捉えることができた。

「…本当だ、魔法の術式がベッタリついてる」

 まじまじ見てみると、なんだかとても雑な術式のようだった。ひしゃげた円と誤字だらけのルーン。動作するのが不思議なくらいに歪な魔法陣が、座席に直書きされている。どうも、ズブの素人の犯行のようだった。わたしの人生ではじめての術式だって、ここまでひどくはなかったはず。

「この眼鏡で見ることができるのは第六境界までなんだけど、この痕跡を見た感じ、術式は第二境界だけで仕掛けられているみたいだよ。正直言ってずさんな仕事だね…。わたしがわざわざ調べなくても、勘とか霊感的なものが鋭い人なら誰でも気づいちゃうんじゃないかな?」

 わたしがぶつぶつ言いながら観察していると、一瞬だけニコの眉がピクッと動いた気がした。

「その、第二境界ってなに?」

 久瀬くんが質問をする。わたしは、急に専門用語を使いすぎたかと一瞬だけ反省した。そして簡単に説明をしようとすると、

「わたしがお答えします!!!」

 片手に『マンガでわかる!魔法基礎』を開きながら、ニコが割り込んできた。魔法使いのドキュメンタリーを撮ろうというだけあって、魔法について勉強中らしい。たぶんその参考書を入手するのはめちゃくちゃ大変だっただろうに、なかなかちゃんとしてるじゃないか。うんうん。わたしはなぜだかちょっと嬉しくなって、ニコに説明を任せた。

「通常、わたしたち人間が生きる世界は、物理法則に従ってその秩序を保っています。しかし、私たちの世界と重なり合って、この世界の物理法則とはまったく異なる秩序を持つ世界も同時に存在するんです。便宜上、その重なり合った世界を層に分けて、層を分ける境い目を境界と呼んでいます!!! 人間が住む物理法則の世界の境界を第一境界、そこから、よりかけ離れた秩序を持つ世界ごとの境界に、番号をつけて呼んでいるんですね!!!」

「ほとんど教科書そのままの文章だね、ほんとにわかってるの~?」

「ちゃんと理解してますよ!!!」

 ニコがふくれ面をしてみせる。わたしは後輩が魔法を知ろうとしてくれていることがなんだかんだ嬉しくて、ついニヤけてしまった。

「まあ、簡単にいうとそういう境界で分けられる重なりあった世界があるの。魔法っていうのは基本的に第二以上の境界に仕掛けをして、この世界に影響を与えるということなんだ。この世界、つまり第一境界で何やったって、それは物理現象で魔法じゃない。境界の数字が上になるほど、高度で難しい魔法なんだよ」

 久瀬くんは合点がいったように頷いてみせる。

「なるほど、つまりこの黒歴史暴露の魔法は第二境界でみれちゃうから、ギリギリ魔法と言えるってだけのへっぽこ魔法ってことなのか」

「そういうこと~!」

 わたしは理解の早い久瀬くんに笑顔で相槌を打ちながら、優秀な生徒の解答に満足する教師みたいないい気分を味わっていたので、なぜだか急にテンションがダダ下がりしたニコが、「へっぽこ…」なんて呟きながらうなだれているのに気が付かなかった。

「それじゃあ、これがどんな魔法で、どうやって解除できるかもわかったの?」

 久瀬くんが続けて質問する。

「まあ、もうだいたいわかったよ」

 ニコと久瀬くんが同時に感嘆の声を漏らした。わたしはなかなか気分がいい。

「じゃあ、パパッとこの場で術式を解除しちゃって、この事件はそれで解決ですね!!? やっぱり本物の魔女はすごい!!! 早速お願いします!!!」

 ニコは素早く『マンガでわかる!魔法基礎』をカメラに持ち替えて、わたしをフレームにとらえる。

「俺、実際に魔法を見るのはじめてだ。なんだかドキドキするな」

 なんてことを言いながら、久瀬くんも期待するような眼差しでこっちを見ている。

「ちょっと待って、今すぐには解除しないよ」

 二人分の期待の眼差しにめげず、わたしはそう言い放った。

「ちょっとだけ手間がかかるけど、一度わたしのアトリエにこの痕跡を持ち帰って逆探知の術式にかけよう。解除はそのあとにする」

「逆探知の術式? それってどんな魔法なの?」

 久瀬くんがまた質問をした。何度もいい質問をしてくれるなあ。探偵役の冥利に尽きるぜ。わたしはフッフッフと不敵に笑ってみせる。自分でも気づいてなかったけれど、最初の方で渋っていたわりには、すでに結構ノリノリだった。

「この嫌がらせにしかならない悪質なテロを仕掛けた犯人を探すための魔法だよ。この術式にはそういう対策が一切施されていないみたいだし、こんなのわたしには朝飯前だね」

「ええっ!!?」

 なぜかニコが慌てたような声を漏らす。

「そ、そこまでしなくたって、この魔法を解除するだけで充分じゃないですか~!!!」

「いや、たしかに犯人を野放しにしたままだと、また同じことが起こるかもしれないからな。それは不安かも」

「それは…、そうですけど…!!」

 久瀬くんの意見に、わたしは深く頷いた。ニコもこれには言い返せない。

「それに、こんな嫌がらせにしかならないような悪質なテロに魔法を使うなんて、個人的にはかなり気に入らないからね…!」

 わたしはちょっとあらぬ方向に火がついてしまっていた。わたしが愛した魔法をこんなふうに悪用するなんて、許せん! という感じで。もはや犯人をとっちめてやるまで気分がおさまらない。たぶん、ひさしぶりに魔法に触れてハイになってたんだろうと思う。


 ともかく、そういうわけでわたしの家に戻ってアトリエを使うことになりました。久瀬くんも魔法をぜひ見たいというので、一緒にご招待。もちろん事の発端であるニコにも、終わりまで見届けてもらうぞ!


「逆探なんてやめときましょうよ~………、犯人がかわいそうですよ~………」


 ニコはなぜだか、最後までそんなふうにうだうだとゴネていた。


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