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学園ミステリ 空き机の祥子さん  作者: 長曽禰ロボ子
空き机の祥子さん
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空き机の祥子さん 3

「私は左利きだったんだ」

 祥子(しょうこ)が言った。

聖子(しょうこ)は右利き。そっくりそのままの奇跡のふたりじゃない。それこそ鏡を挟んだふたりだったのさ。イタズラで服を取り替えて、表情や口調を真似て入れ替わっても、どちらかが左利きかわかれば、そこで『あっはっは』で終わり」

 でも聖子が言ったんだ。

「祥子、あなた、右手を使えるようになりなさい」

 冗談だろうと思った。

「私も左手を使えるようにする。次はあなたの家で会うのよね。その時まで、あなたも練習しなさい」

 たかがイタズラで、どうしてそこまで真剣になるんだ。

「だけど1ヶ月後に東京に遊びに来た聖子は、本当に完璧に左利きを演じてみせたんだ」

 うちの両親は完全に騙された。

 怖いって思った。

 でも、すごいとも思った。

 小学5年生であんなゲームを設計しちゃう聖子は、そのまえからずっとゲームの達人だった。そして完璧主義者で負けず嫌いだった。

「この鏡屋敷もそうさ。この家は、ばあさんの感傷のための家だったんだ。その日によってどちらかで過ごし、もしかしたらこっちの人生だったかもしれない、でもこちらの人生にも悔いはないと思い耽るための家だったんだ。だから片方には母親が住んでいた頃の家具を残していたんだ。だけどゲームマスターの聖子は、鏡屋敷を完璧にするためにリビングを同じ家具で揃えさせた。ばあさんも悩んだろうな」

 もちろんその完璧主義は自分にも向けられる。

 あの夏休み、私と入れ替わって東京で過ごしていたはずの聖子は、途中で民間の林間学校に参加すると森岡(もりおか)の家を出てひとりで長野に行ってしまった。こっちは神経すり減らして聖子を演じているのにずるいって思った。あのゲームが聖子の主宰だと知った時には、私を馬鹿にして楽しんでいるのだと思った。

 そうじゃないんだ。

 そもそも私がこのゲームに参加してきたのは想定外だったらしいんだ。

 聖子はばあさんのために作ったこのゲームを自分の手でコントロールするために戻ってきたんだ。私や森岡家向けに、林間学校の日程と行事を精緻にシミュレーションしてシナリオを組んだ上で。

「さらっと言ってますけど」

 裕美(ゆみ)が言った。

「夏休み、ですか。夏休みずっと入れ替わっていたのですか」

「そう。休みのはじめに聖子が東京に遊びに来て、休みの終わりに今度は『私』が新潟にお返しのお泊まりに行く。その間入れ替わるわけだ。私は聖子に激怒してたから、休みの終わりのお泊まりはピリピリしてたけどな」

「できるのか、そんなこと……」

 陽向(ひなた)が言った。

「入れ替わりかい? もうとっくにだれにも見破られないレベルになっていたさ。学校を入れ替わって過ごしたことだってある。あれはさすがに準備に時間がかかったな。クラスの全員、学校の有名人、教師――まあ、私も聖子も友達が少なかったから助かったけどな」

 いつ入れ替わっても大丈夫なように、毎日、情報のやりとりは欠かさなかった。

 思い出と経験の共有。

 聖子になって去年を語れと言われれば、すぐにできた。

「私の左利きだって、その頃には完全に右利きを演じられるようになってたさ」

「もしかして、()()は――」

 裕美の言葉に、祥子はにやりと笑った。

「そう、()()は聖子に教えて貰った。利き腕じゃない方を鍛える練習法のひとつさ。やっぱり裕美には見られていたんだな」


 あの日、野球帽の子は、リビングをのぞく少女に気づき、そして円卓の天板の裏になにかを書き込んだ。二の腕は動かさずに。


「二の腕を動かさないってのは私オリジナルだけどな」

「それも真似っこしました。四阿(あずまや)でスマホを使って撮影していたでしょう。それも真似っこしましたよ」

 陽向は呆然としている。

 ふたりはなんの話をしているんだ?

 冒険仲間としてそれなりにやれるようになったと思っていたのに、あの夏のままに、おれはまだこのふたりの会話についていけないのか?

「ふたりとも、いったい――」

 すうっと祥子の手が伸びた。

 その手は陽向の襟元を掴んで引き寄せ、「あっ!」と思わず陽向は握った手の甲を口に当てた。だけどそれはキスではなく、祥子はただ耳元にささやいただけだった。

「おまえがほんの数日の練習で書いた文字なんか、だれが読めると思っているんだ。私も裕美も、何ヶ月も練習してやっと書けるようになったんだ。なめるなよ」

「――」

「なんの話ですか?」

 裕美はにこにこ笑っている。

 祥子も笑顔を見せ、陽向を放した。

「聖子は完璧主義だった」

 祥子が言った。

「私だって、あいつほどじゃないけど負けず嫌いだったし、完璧に聖子を演じてみせたかった。そうやって何年か過ごしてさ」

 ある日、気づいたんだ。

「私には記憶がない。私だけの思い出がない」



 浴衣でおめかしをして、母に手を引かれて夏祭りを歩いたのはだれ?

 隅田川の花火を見たのは聖子?

 長岡の花火を見たのは祥子?


 蜘蛛が怖くて大泣きしたのはだれ?

 キスを迫ってきた男の子に頭突きを食らわせてノックアウトしたのはどっち?


 あれは聖子?

 あれは祥子?


 あれは入れ替わっていた聖子?

 あれは入れ替わっていた祥子?



「聖子と記憶を共有するうちに、私は、私の記憶が私のものなのか聖子のものなのか区別できなくなっていたんだ。私たちはDNA検査でしか自分を証明することができくなっていたんだ」



 私は、だれ?



「そんな時に見つけたのが、『あなたへの挑戦状』さ」

 祥子が言った。

「こいつを解いてやる。聖子には内緒にしてやる。私だけの思い出にしてやる」

 久々にわくわくしたんだ。

「そしておまえたちに出会ったんだ。陽向に裕美」

上遠野(かみとおの)家さんは五十嵐浜(いからしはま)にあるのですね」

 裕美が言った。

「それで、あの冒険の五十嵐浜高校のクエストの時には変だったのか、上遠野家の人や知ってる子に見つかるかもって」

 陽向が言った。

「楽しかった」

 祥子が言った。

「うん」

「はい」

 祥子はランタンとポテトチップスの袋とペットボトルを持ち上げ、陽向と裕美にもそうするように促し、椅子から立ち上がった。

「椅子も」

 椅子を壁の近くまで離して手のものをその上に置き、陽向と裕美も同じように椅子とともに離れたのを確認すると、祥子は「ごめんよ」と円卓を両手で掴んでぐるりと回してひっくり返した。

 どおん!

 すごい音が響き、埃が舞い上がった。

「危ないな!」

 陽向の非難を無視し、祥子はランタンを円卓の天板の裏に近づけた。なにか書かれている。


 しょうこなんか きえてなくなれ!


「裕美は知ってたね。だから、この円卓があるリビングを裕美は選んだんだ」

 裕美がうなずいた。

「ずっとどういう意味なのか考えていたんです。でも、しょうこさんの話でわかりました。しょうこさんは2人いたのですね」

「あの日、私がこれを書いたのを聖子だって気づいていたはずだ。これはあいつから教わったことなんだから」

 祥子は背を伸ばし、振り返った。

 そこには壁に掛けられた鏡がある。裕美もその鏡を見た。あの日、野球帽の子にそっくりな子がそこに映っていたのだ。リビングを覗き込む少女の姿が。

「あの時の私は、ただ怒っていただけなんだ。なんでも共有するって約束を破ったのは私なのに。陽向や裕美との冒険を台無しにしてくれたと聖子に怒っていたんだ。でも、こうしてこの書き込みが消されもせずに残っているのを見てさ。聖子だってこれを見たはずなのに消さずにそのまま残しているのを見るとさ、思うんだ」

 聖子には、私が怒った理由がわかったんじゃないかなって。

 私の悲しさも理解できたんじゃないかって。


 どちらが実像でどちらが鏡像なのかしら。


 最後のクエスチョンは、きっと聖子自身のクエスチョンでもあったんだ。聖子もまた、私と同じ痛みを感じていたんだろう。あれはばあさんだけじゃなく、聖子の叫びでもあったんだ。

「私は五十嵐浜高校をやめる」

 祥子が言った。

「えっ!」

「えっ!」

「はじめから決まっていたことなんだ。学校側だって知っている。私は1学期だけの生徒だ。聖子の望みだったんだ。桜が咲く五十嵐浜に通いたい。だから私が代わりに体験してあげただけなんだ」

「ちょっと待てよ、高笑い!」

「おまえ、ほんとに懲りないな、陽向。おまえには最後にもう1回、濃厚なのしてやるからな」

「せっかく、同じ高校になったのに!」

「ごめんよ、裕美」

「私を五十嵐浜に誘ったのはしょうこさんですよ!」

「すまない、裕美。でも、裕美には陽向がいるし、あの頭の良さそうな子もいるし、オカメインコだっているだろう?」

 遂に、祥子にまでオカメインコそのものにされてしまった高橋さんである。


「さあ、諸君(folks!)

 森岡祥子が言った。

「今夜、5年越しのこのゲームを終わらせるにあたり、2代目ゲームマスターのこの私の独断によって、本当にこれが最後の謎を君たちに提出する」


 解いてくれるかい。

 あの夏の私の冒険仲間。


■登場人物

佐々木裕美 (ささき ゆみ)

県立五十嵐浜高校一年三組。小動物。安楽椅子探偵。


南野陽向 (みなみの ひなた)

県立五十嵐浜高校一年三組。態度はふてぶてしいがかわいいものが好き。裕美の保護者。


森岡祥子 (もりおか しょうこ)

裕美や陽向のクラスメートなのだが、一度も登校してこない。そして裕美と陽向にとっては知っている名前でもあるらしい。謎の存在。


林原詩織 (はやしばら しおり)

一年三組暫定委員長。裕美や陽向と同じ中学出身。中学時代には成績トップだった。


高橋菜々緖 (たかはし ななお)

裕美や陽向と同じ中学出身。本を読むのが好きでおとなしかったのだが…。


笈川真咲 (おいかわ まさき)

裕美や陽向と同じ中学出身。華やかで美人で、ヒエラルキーのトップに君臨した女王。


太刀川琴絵 (たちかわ ことえ)

五十嵐浜高二年生。中学生の頃から県大会常連の剣士。生徒会副会長だが立候補した覚えはない。


小宮山睦美 (こみやま むつみ)

上遠野という少女を知る生徒。


藤森真実先生 (ふじもり まさみ)

県立五十嵐浜高校教師。二八歳独身。



南野太陽 (みなみの たいよう)

陽向の兄。ハンサムだが変人。


林原伊織 (はやしばら いおり)

林原詩織の兄。ハンサムだが変人でシスコン。


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