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学園ミステリ 空き机の祥子さん  作者: 長曽禰ロボ子
空き机の祥子さん
39/42

空き机の祥子さん 2

「あなた、だれ?」

「私は()()()()

「私も()()()()

 何年も前の家族同伴のパーティ。

 ざわめきは笑顔となり、広い会場を包み込んだ。着ているドレス以外では両親でも区別がつかない2人の少女が、その夜の主役となった。

「女の子なんて、子供だって自分の顔の隅から隅まで知っている」

 そうなのか?と陽向(ひなた)は思ったが、話の腰を折っていいところではないようなので黙っている。

「私から見てもその子は鏡の中の私だった」


 森岡(もりおか)祥子(しょうこ)

 上遠野(かみとおの)聖子(しょうこ)


「この冗談のような偶然に、はじめは無邪気に喜んでいた両家もすぐに不気味になったらしくてね。私たちはDNA検査まで受けさせられたよ。結局のところ不貞でも事件でもなく、私は森岡家の子供だったし、聖子は上遠野家の子供だった。私と聖子は他人だったんだ」

 双子のように同じ顔。同じ声。同じ背格好。

 名前まで同じ「しょうこ」。

「たとえば英国のジョージ5世とロシアのニコライ3世は、家族でも区別がつかないほど似ていたというね。でも、その2人はいとこ同士だ。私と聖子はそうじゃない。遡ればどこかで一緒になるのかもしれないが、とりあえず近くでは血の繋がりはない」

 それなのに嘘のように似ている私たち。

「DNA検査も済んで、安心した森岡家と上遠野家の交流が始まった。東京の私と新潟の聖子は、時にはひとりで互いの家を訪問するようにもなった。ひとつのベッドで私たちは空想を語り合った」


 こんな偶然ってあると思う?

 奇跡なんだわ。

 2人のロッテって知っている? 私たちは本当は双子だったのよ。

 違うよ。遠い世界で2人はひとりだったの。時と空間を超えてこの世界で2人に分かれてしまっただけ。あのパーティで会わなくても、きっとどこかで会えたんだわ。

 わあ、それがいちばんすてき。

 あなたは私。

 あなたは私。

 うふふ……。

 うふふ……。


 DNA検査の意味もわからず、ふたり眠りに落ちるまで。



「聞いていいか?」

 陽向が言った。

「その上遠野さんはどこにいるんだ? どうしておまえが彼女の後を継いで2代目ゲームマスターなんだ?」

「聖子は死んだ」

 祥子が言った。

「外に黄色い車がなかっただろう? ばあさんと聖子が乗っていたあの車に信号無視の車が突っ込んだんだ」

「それは――あの、ごめん。その」

 まだ高校1年生だ。弔辞を言うには慣れていない。

「あの、お悔やみを」

 裕美(ゆみ)も言った。

「構わない。聖子はどうせおまえたちとは縁もゆかりもない子だ。ちらっと顔を見た事があるだけの子さ。むしろ、ばあさんのほうが縁があるよな。ばあさんも一緒に死んだんだ」

 祥子が言った。

「聖子とばあさんが一緒に死んだというのはけっこうなニュースでね。私は知らなかったが、私と聖子が出会ったパーティもばあさんの主催だったらしい。大物なんだ。なんで彼女が新潟で、それも上遠野家の娘と交通事故で死んでしまったのか。上遠野家は娘を失った悲しみばかりじゃなく、いらない憶測とも戦わなくちゃならなくなったそうさ。事実としては、聖子とばあさんはただの友達だったらしい。引退して新潟に住んでいたばあさんが私たちのことを覚えていて、たまたま見かけた聖子に声をかけたんだそうだ」

 そうなのだろうか。

 ただそれなのだろうか。

 聖子は頭がいい子だったから……。

「この家も、ここら辺一帯の住宅街も、全部ばあさんの会社のものなんだ。もちろん、大昔の賃貸し住宅の頃からね。老朽化が進み空き家が目立ち、再開発しようと社長自ら新潟に乗り込んできて、この家を見つけてあとは急転直下。ばあさんは息子にすべての事業を譲り、この家に住み着いて引退してしまった。まあ、世間知らずでなにかを期待されているわけでもない私がそんな事情を知っているわけがない。これらは全部、聖子の日記に書いてあったことさ」



「ここがその事故物件?」

 その小さなリビング。

 ある程度の掃除は済んでいても匂いは残っている。

「はい、社長。1月前にひとり暮らしの女性が孤独死しまして、その、床の張り替えが必要です。それもありまして、もはやこの地域は再開発をした方がよろしいかと」

「親族に連絡は?」

「それが、だれひとり」

「かわいそうね」

 部下は社長の言葉におやと思った。

 豪腕と言われた社長の口から、そんな感傷的(センチメンタル)な感想が?

 今では重厚な家具で統一されているリビングも、その時には質素だった。どこにでもあるようなテーブル。ソファにチェスト。チェストの上には写真立て。社長は写真立てを何気なく手に取り「あっ」と固まった。

 幸せそうな母親と幼い少女の写真。

 あふれたのは涙だ。

 ブルドーザー、豪腕、さまざまに言われた社長が泣いている。東京から随行してきた部下たちは、だれひとり声をかけることができなかった。



「ばあさんは、お妾さんの子供だったんだ」

 祥子が言った。

「日本有数のデベロッパーの社長でも、子供に恵まれないことはあるんだ。その社長は自分には子を作れないらしいとあきらめて養子を貰ったんだが、その直後にお妾さんに子供ができた。女の子だけどDNA鑑定でも証明された自分の血が流れた子だ。養子がいる。それでも育っていく我が子がどうしようもなくかわいい。そしてその子は頭がいい。ある日、社長は奪うようにしてその娘を連れて行ってしまった」


「かんにんしてください。もしあなたがいなくなってしまったら私はひとりです。その子を奪われたら私は生きていけない」

「一生不自由はさせない」

「かんにんしてください」

「一生不自由はさせない」


「どうやってばあさんが養子と争い、どうやって社長の座を掴んだのか、どうやって先代より会社を大きくできたのか。そんなことは知らない。聖子もそこまで書いてない。ただ、死んだと聞かされていたばあさんの母親は、つい最近まで新潟で暮らしていて孤独に死んだ。ばあさんはそれを知ってしまった」


 鏡のような家。

 片側には、ブルドーザーとまで言われた私。

 片側には、母と慎ましく暮らしていたかもしれない私。


 どちらがほんとうの私なのかしら。


「そんな重い質問を小学生に答えさせようとしていたのか?」

 陽向が言った。

「ひとひとりの人生を、どちらが正解だと小学生に言わせたかったのか?」

「だから正答はないんだ」

 祥子が言った。

「どんな答でもよかったんだ。聖子がそう決めたのか、ばあさんと話しあって決めたのかはわからない。でも、おまえたちだって、どっちでも正答だって推定したんだろう?」

 そうだ。

 物理現象として捉えるなら鏡像は光の反射だ。

 この場合、両方のおばあさんとも実体だ。鏡像ではない。

 文学的表現としての鏡像なら、どちらかを実像とし鏡像とするかは設定次第だ。その設定を知らなければ答えられない。設定、世界観の提示はあったのか。ヒントはあったのか。たとえばカレンダーが鏡文字だったとか、お菓子の包みが鏡文字だったとか。

「どちらが実像でどちらが鏡像なのかしら。当ててごらんなさい」

 そう言われて必死にヒントを探したのだ。

 結論として、ゲームマスターが謎解きとしてのルール(ノックスの十戒)を守っていたのなら、合理的な解答は存在しない。

 きっと。

 たぶん。陽向は思った。

「おばあさんはふたりとも右利きでした」

 裕美が言った。

「少なくともふたりとも、右手でカルピスのグラスを扱っていました。どちらかが確かに鏡像だという設定なら、そんな杜撰なことをするわけがありません」

「そのとおり」

 にやりと祥子が笑った。

 陽向はぽかんと口を開けている。

「なんだ、陽向。断定しておきながら論拠はなかったのか? やっぱり観察力や推理力は裕美のほうが上のようだな。ちなみに私も気づいていたぞ。私の場合は、まだばあさんのことなんか知らなかったし、聖子にしては安い役者を選んだなって感想が勝っていたけどな」

「あ――後出しジャンケンだ!」

「ちがいまーす。私は右利きか左利きかには敏感なんだよー。知ってるだろ?」

「うっ」

「そうさ。陽向の言うとおり、どっちが正解だなんてばあさん自身にだって決めることができないクエスチョンだ。ただ、ばあさんの背景もなにも知らない子供がどちらを選ぶのか、その理由をどう答えるのか聞いてみたかっただけなんだ」


 どちらが実像でどちらが鏡像なのかしら。


「そしてそれは、たぶん上遠野聖子もそうだったんだ」

 このゲームは、ばあさんの構想で、上遠野聖子が作ったものだ。

 森岡祥子としてあの夏、長野の林間学校に行っているはずだった聖子が設計したものだ。

「当時の私にはわからなかった。今の――聖子が死んだあとの私にならやっとわかる。それはきっと、聖子もだれかに答えてほしかったクエスチョンなんだ」


 聖子と祥子。


 ねえ、どちらが実像でどちらが鏡像なのかしら。


■登場人物

佐々木裕美 (ささき ゆみ)

県立五十嵐浜高校一年三組。小動物。安楽椅子探偵。


南野陽向 (みなみの ひなた)

県立五十嵐浜高校一年三組。態度はふてぶてしいがかわいいものが好き。裕美の保護者。


森岡祥子 (もりおか しょうこ)

裕美や陽向のクラスメートなのだが、一度も登校してこない。そして裕美と陽向にとっては知っている名前でもあるらしい。謎の存在。


林原詩織 (はやしばら しおり)

一年三組暫定委員長。裕美や陽向と同じ中学出身。中学時代には成績トップだった。


高橋菜々緖 (たかはし ななお)

裕美や陽向と同じ中学出身。本を読むのが好きでおとなしかったのだが…。


笈川真咲 (おいかわ まさき)

裕美や陽向と同じ中学出身。華やかで美人で、ヒエラルキーのトップに君臨した女王。


太刀川琴絵 (たちかわ ことえ)

五十嵐浜高二年生。中学生の頃から県大会常連の剣士。生徒会副会長だが立候補した覚えはない。


小宮山睦美 (こみやま むつみ)

上遠野という少女を知る生徒。


藤森真実先生 (ふじもり まさみ)

県立五十嵐浜高校教師。二八歳独身。



南野太陽 (みなみの たいよう)

陽向の兄。ハンサムだが変人。


林原伊織 (はやしばら いおり)

林原詩織の兄。ハンサムだが変人でシスコン。


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